少女は人形になりたかった
街の灯りも既に消え、全てが闇に染まる頃。
一人の少女の目が光る。
それは、人としては珍しい色の瞳だった。闇夜に光る、獣と同じ色の目だった。
ゴミが散乱し、家具もボロボロになっている部屋と言うには酷すぎる部屋の真ん中で、少女は蹲っていた。
闇に溶け込むような黒いパーカーを着て、ただ俯いていた。
ふと、少女は顔を上げる。
その時、白い光がこぼれるように真っ白な髪と肌が顔をみせる。死人のように真っ白で、だが透き通っていた。
少女はおもむろに立ち上がり、踏み場のない部屋の中を暗闇の中でも慣れたように進んでいく。
向かった先にあったのは机の上の1台のPC。机の前に椅子はなく、少女は立ったままPCを起動させる。
情報渦巻く世界の扉が開くと同時に、部屋中に青白い光が広がる。
青白い光に照らされたその顔はとても整っていて、だがそこに表情はなく人形のように思えた。
そして、少女は今日も青い世界へと足を進める。
ーーー少女は恵まれていた
食べるものは与えられ、学校には行ける。暴力をふるわれることはなく、ただ人形として暮らしていればそれで良かった。
ーーーだが、少女は愛されていなかった
名前も持たず、自分の意思を持つことは許されず、他人の顔色を伺いながら過ごしている。
人間離れしたその容姿のせいで、疎まれ、嫌われていた。
友人達だけではなく、大人、そして両親さえも少女を愛する者はいなかった。
皆一様に偽りの仮面を張りつけ、申し訳程度に少女に接する。
露骨に敵意を向けられたことは無いが、それでも感じる悪意や敵意。
どんなに好まれようとして、相手の望む人形を演じても本当の自分を殺しきれず、自分の容姿を変えることは叶わず、どんどん心に穴を開ける。
そうすることで、友人のような者も現れることもあった。
だが、ほんの少しボロを出しただけでその友人は姿を消す。
自分のこの顔が、髪が、目が、声が、存在が。
私を孤独にする。
私のこの感情が。
私を人形にさせてくれない。
少女はそうして、自分を孤立させる少女自身を嫌っていく。
そして、少女は全てを黒く染めあげる、夜を愛した。
自分の性格を、容姿を、自分の色を消してくれる夜の色を、少女は愛した。
いつだったか、いくら繕っても、いくら笑っても、自分の発言で相手は微妙な表情を浮かべる。それを見ては自分を責め続け、その繰り返しに耐えきれなくなった。
少女はそこから逃げ出し、感情の赴くままに歩き回った。そんな少女の様子を見ても誰も何も言わず、嫌そうな顔をして少女を見つめる。
体力があまりない少女は、そう時間が経つことも無く立ち止まる。そんな時、少女がふと顔を上げると
ーーー目の前に緑色の光が踊った。
その光は少女を導くようにチラチラと舞い、何処かへと飛んでいく。
少女はその光について行く。
そして行き着いたのは図書室だった。あの光はどこにもなく、ただ少女は1度も入ったことの無いその部屋へと足を踏み入れた。
そこで少女は物語と出会う。自分を、自分ではない何かにしてくれる、そんな物語たちと。
そして少女は、そんな物語たちに憧れた。
自分らしく、自分の意思で進んでいく主人公に、憧れた。
いつしか、少女にとって本はかけがえのないものになり、その本たちの種類を広げる。
ある日気まぐれに訪れた電子世界の隅っこに、ゴミのように存在していたそれは、今まで読んだどんな物語よりも鮮烈で儚く、心を動かした。
自分も、こんな世界を創りたいと思った。
そして毎晩ゴミの真ん中で、青い世界へ物語を知るために旅立っていく。
その世界では、自分らしくいることが出来た。自分の意思を持つことが出来た。
人形になるために穴を開けてしまった心を埋めるかのように、少女はその世界で遊び続けた。
だが、いくら心に何かを詰めても、開いてしまった穴からポロポロと落ちていく。
その世界にいる時は満たされ、世界から出た瞬間、穴から全てが抜け落ちていく。
以前より、少女は感情を抑えやすくなった気がした。
そのおかげで、仮面をつけるのは簡単になった。自分を消すことに慣れてきた。自分を表現出来る世界がある事で、どこか心に余裕が出来た気がした。
だが、いつまでもそれが続くことは無く、最初は上手くいっていてもだんだんとボロが出るようになり、仮面をつけ続けることに疲れてきた。
1度満たされることを知った心は、満たされない状態が続くのが耐えられなくなっていた。
いつしか少女は少女自身を見失い、より電子世界に依存していく。
その世界は夜が1番動く。夜の好きな彼女にはまさに楽園だった。
その頃から、不思議な夢を見る。
大きな木のある丘の上で、たくさんの物語を識る夢だ。
少女はそこで自らの物語を紡いだ。
ーーー少女は夢見た。自分が物語の登場人物になることを。
そしてある日、少女は見知らぬ青年に声を掛けられる。
それは少女にとって、初めてのことで少し取り乱した。
青年はそんな少女の様子を、まるで愛しい人を見つけたかのように眺めながらこう言った。
「ーーーーーその願い、叶えてみないかい?」
少女はその青年を不審に思った。その願いは少女の心の奥底に眠っていて、誰も知っているはずはなかった。そもそもいきなりそんなことを話しかけるなんて、不審者以外の何物でもない。
自分が死のうが誘拐されようが、周りは気にもとめないだろう。だが、見知らぬ男について行くことには少し抵抗があった。
少女は青年に尋ねた。私の願いは、本当に叶えられるのかと。もし本当に叶えられるのなら、こんな世界に居場所は元々無い。だから、青年について行こうと思った。
すると青年はふっと笑って少女に目線を合わせる。
「もちろんさ、君の憧れた主人公達のような力を、君は手に入れることが出来る。」
少女の望みを理解して言っている様子の青年に、少女は少し目を見張り、ほんの少しの希望を、見つけた。
まだ続きます。多分。




