思いを込めて【2】
七人と言うのは、結構人数が多い。アサギは一人離れて痴漢騒ぎに駆け付けた係員の相手をしていたので、取り残されている状態である。普通車に見せかけた装甲車に乗り込み、アサギは尋ねた。
「ローレンが追っかけてた人は?」
「私が捕まるわけにはいかなかったからねぇ」
「取り逃がしたんだね。なるほど」
アサギとハリソンの間に座ったローレンは肩をすくめた。自身の身の安全を優先したため、ローレンが変態に仕立て上げた男は取り逃がしたらしい。
「どう見た?」
「軍人上がりだね。正面からやりあったら、危なかったかも」
「ローレンでも勝てないと思うことがあるのか?」
最後部のロデリックが身を乗り出してローレンに尋ねた。
「いや、私のことなんだと思ってんの。訓練を受けた男と肉弾戦をして勝てるわけないじゃん」
「相手が俺とかハリソンだったら?」
「勝てる」
アサギとオスカーは論外だ。アサギとは違い、オスカーは護身術程度は身に着けているがその程度ではローレンやクリスティーナの相手にはならない。この二人は別格だ。
アサギはローレンともクリスティーナともそれなりに付き合いが長い。この二人が、いわゆる『殺し』に特化していることもわかっている。特にローレンはその傾向が強い。
まあそれは置いておいて。
「で、スパイは?」
「それは捕まえたぜ。クリスが。ネット上は?」
オスカーがアサギに尋ね返す。アサギも「大丈夫」と返す。
「とりあえず情報漏洩とかはなかったね。まあ正直、何がしたいのかわからない感じではあったよね」
そう。全体的に中途半端。とりあえず、全ての情報漏洩行為は防ぐことはできたが、何となく中途半端な気がした。
「なんかただプールに遊びに来たみたいだったわね」
助手席で伸びをしたのはフェイである。言い忘れたが、運転手はオスカーだ。
「ま、たまにはいいんじゃないの、こういうのも」
などとオスカーは言ったが、それはとんでもない間違いであったと後にわかることになった。
△
アサギは壁に背をくっつけ、膝を立てて座り込み、そこに頬杖をついて揺れる金髪を眺めていた。ここは道場で、揺れている金髪はローレンのポニーテールだ。彼女が真剣な様子で稽古をしているのは、結構珍しい。いや、いつも手を抜いていると言うわけではないが。
稽古をつけているのは七十歳前後の男性だ。中背の男で、この国の出身ではなく、東の島国、東亜連合日本の出身。まあ、アサギの祖父だけど。
アサギは日本人のクォーターである。祖父は父方の祖父で、マサユキ・ノースブルックと言う。旧姓はカトーで、東亜連合日本では加藤政幸と言う名だったらしい。つまり祖父は、祖母の家に婿入りしたのだ。
話をアサギ本人のものに戻す。彼は、今から五年弱ほど前、今まで絶対に精錬できないと言われたものの精錬方法を発見してしまった。実験好きの彼がいろいろ試したその副産物であるが、その結果、彼は機密情報局に連れてこられることになった。そして、半年ほど先に保護されていたローレンと、保護されて四年目に突入していたハリソンと共にフランクの元で世話になり始めたのである。
正直、アサギの話は他の第三班のメンバーの話比べたら、インパクトが薄い。最新加入のロデリックでさえ、車を大破させたのに、アサギの話はそこまでの話題性がない。それでも彼が保護されたのは、彼の力が予知能力に近いからだ。と言っても、実際に予知能力があるわけではない。さらに、彼の家系にも問題がある。
まず、彼の両親はそれぞれ念動力などの超能力を所有する、連邦合衆国のエージェントだ。世界各国を飛び回っており、アサギと他の兄弟たちは、父方の祖父母の元で養育された。
で、その祖父母であるが、祖父はただの直感の優れた剣の強い人であるが、祖母が素晴らしいまでの真偽眼の持ち主だった。オスカーもそれに近い力を持っているが、彼の場合は絶対記憶能力に付随する能力であるので、祖母の場合と少し違うだろう。
仕事で東亜連合日本から連邦合衆国に赴任し、そこで祖父は祖母に一目ぼれしたらしい。まあ、祖母のお眼鏡にかなったのだから、祖父はいい男なのだろう。たぶん。
で、祖父はそのまま連邦合衆国に移住。いろいろあって、今では機密情報局の局員に剣術を教えている。
この祖母のことがあるから、アサギは少しの才能を見せただけで保護された。ローレンはアサギを『本物の天才』と言うが、そんなことはない。彼は第三班の中では最も平凡だ。
ちなみに、母方の祖父は魔法学者であり、第一班所属の魔法学者シャーリーは彼の教えを受けたとのことだ。それは変人になるわ、と何となく納得してしまったアサギである。それくらいには、母方の祖父は変わった人なのだ。
そんなわけで、アサギはいわゆるサラブレットなのである。七光りで機密情報局にいると言われてもおかしくはない立場であるが、一応、それなりに頑張ってはいるつもりだ。戦闘面では役に立てないが、後方支援ではそれなりに役に立てていると思う。おそらく。
アサギはローレンのひょこひょこ動く金髪を眺める。彼女のような力があればいいのに、と思わないではない。だが、アサギの運動能力では難しいし、適材適所。できる奴に任せておけばいいとも思う。それに、怖いし。
「ちぇすとぉっ!」
「あだっ!」
どうでもよいが……いや、よくないが、ローレンはことただの剣術になるとさほど強くない。プロテクターをつけた部分を思いっきり木刀でたたかれ、ローレンが身悶えた。
「うおぉぉおおっ。いってぇ」
ローレンがたたかれた部分をさする。ちなみに、彼女はフェンシングもかじっているが、フェンシングより剣道や剣術、居合の方が性に合うらしい。よいせ、とアサギは立ち上がる。
「ガードが甘いぞ、ローレン」
「ガード云々の問題じゃないと思うんだよ」
「ああ、まあ、ただの殺し合いなら、もうわしはお前に勝てんだろう」
「別にさぁ。私も殺しのプロになりたいわけではなくてだね」
微妙に話がかみ合っていない二人の間に乱入する。
「お疲れ、じいちゃん、ローレン」
「おう、アサギ。お前も参加すればどうだ」
「遠慮しとくよ」
昔、しばらくやってみたことがあるのだが、全くついて行けなかった。なので、一年で見切りをつけたのである。一応何も身を守るすべがないのはどうかと思い、射撃訓練は受けたけど。
「まあいいんじゃないの、師匠。人には向き不向きがあるし、アサギのことは私が護るし」
「ローレン、僕を守る前に死にそうな気がするよね」
「相変わらずの毒舌ね、あんたは」
そう言いながらローレンはカラカラ笑う。いや、笑いごとではないのだが。本気なのだが。
「仲が良くて何よりだ。ローレン、孫と仲良くしてくれてありがとう」
「いえ。こちらこそ、ありがとう。私と友達してくれる人なんて、めったにいないもの」
ローレンが反応に困ることを言う。彼女の犯罪歴を知れば確かに、友達になってくれる人は少なそう。しかしそれより、性格に問題がある気がしてならない。
「ローレン、そろそろ機密情報局に戻ろう」
「そうねぇ。師匠、手合わせ、ありがとうございました」
「ああ、無理せず頑張れよ」
「はは。善処します」
武道は礼儀も叩き込まれるので、この性格でローレンはわりと礼儀正しかったりもする。アサギはローレンが着替えてくるのを待ちながら、もう少し、祖父の稽古現場を眺めていることにした。
「お待たせ」
シャワーも浴びてきたのか、髪が少し湿ったままのローレンが駆け寄ってきた。まあ、日差しが当たれば暑いし、すぐに乾くだろう。たぶん大丈夫。
「じいちゃーん! 僕らもういくね!」
試合中の祖父に声をかける。反応を期待していなかったのだが、祖父は軽く手をあげた。相手はその隙に打ち掛かる。が、撃退された。
「あはは。容赦ないわね。アサギは、意外と師匠とも似てるわよね~」
「……すごく心外」
ちょっとむくれながらアサギがいうと、ローレンは彼と手をつないでいった。
「ほら、行こう」
二人は機密情報局に戻るべく、道場を出た。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




