思いを込めて【3】
いつものようにアサギは機密情報局で改良武器の設計図を描いていた。何事もなければ、第三班はこうして穏やかに過ごすことが多い。相変わらずロデリックとクリスティーナは勉強しているし、ハリソンとオスカーは本を読んでいる。フェイとローレンはアサギと同じようにPCに向かっていた。
最初に声をあげたのは、当たり前と言うか、ローレンであった。
「ん?」
頬杖をついてモニターを見ていたローレンが疑問の声を上げ、姿勢を正す。やる気なさ気だったその指が勢いよくキーボードをたたく。アサギはそちらに目を向ける。
「どうしたの?」
「いや、なんかハッキングが……」
「されてるの? ローレンに?」
しかけているのではなく? 誰だそんな命知らずな、と思っていると、アサギのPCも妙な動きを見せ始めた。
「あ、僕のもだ」
「え、ちょ、じゃ、あたしも!?」
あわあわとフェイも声を上げる。彼女はそこまで機械に強いわけではない。アサギは自分のPCをハッキングから護りつつ、フェイに「強制シャットダウンしなよ」と言った。
「ええっ!? 論文書いてたのに!」
「私も論文書いてたわよー。そのままじゃ、その論文の内容も盗まれちゃうからね」
のんびりした声でローレンが言った。基本的に、機密情報局のPCにはカウンターシステムを搭載しているのだが、このハッカーはうまくすり抜けてきた。背後からフェイの声が聞こえる。
「落とせないんだけど!」
他四人が誰も助けに行かないところを見ると、自信がないらしい。まあ、確かに電子系に関してはローレンとアサギがほぼ担っているけど。
強制的に自分のPCからハッカーを撤退させ、ネットから切断したローレンは立ち上がると、フェイの元に向かった。これで大丈夫だろう。アサギは自分のことに集中する。アサギがPCからハッカーの排除、強制シャットダウンを成功させたのとほぼ同じくして、ローレンはフェイのPCも強制的に落とすことに成功した。
『緊急放送、緊急放送! 本庁舎内にいる局員は、インターネットに接続している機器の電源をすべて落としてください! また、ローレン・リドリー、アサギ・ノースブルックの両名は、今すぐ中央制御室まで来て下さい』
呼び出し放送がかかり、呼び出されたアサギとローレンは互いに目を見合わせる。オスカーが二人に向かって手を振る。
「がんばってこい」
「……まあ、行ってくるわ」
機械に関しては、本当にみんな戦力外なのである。アサギとローレンは連れだって中央制御室へ向かう。管制室も兼ねているそこは、機密情報局本部の中でも最も厳重に守られているところであるが、ローレンはちょくちょく出入りしている。アサギも、たまに。そして、そこは今、半分パニック状態であった。
「侵入経路を確認!」
「作戦ファイルにアクセスを確認! ああっ。情報抜かれてるっ!」
「ファイアーウォールに修復不可能の損壊が!」
「ウイルスの侵攻、止まりません!」
悪い情報ばかりが飛び込んでくる。一応、機密情報局の情報はトップシークレットであり、ここにいるのも腕の良い技術者ばかりなのだが、相手のハッカーはそれを上回ると言うのだろうか。
「室長、呼ばれてきたんだけど」
指揮所に座っている制御・管制室長にローレンは声をかけた。室長は「うん」とうなずいた。
「悪いが、サポートに入ってくれ。ローレンは必要に応じて指示をくれると助かる」
「了解」
アサギとローレンはうなずき、それぞれ空いている席に座り、システムや情報の防御を開始した。
「室長~! 侵入が押さえきれません! データが抜かれます!」
アサギはちらっとローレンを見る。室長が良いと言ったので、ローレンが判断するだろうと思ったのだ。
「すべての回線を切断して。ファイアーウォール等セキュリティーシステムは一から組み直す。ハッカーを撃退したら、取られた情報、行き先の確認と復旧を試みるからね」
「えっと、追跡は?」
「アサギ、よろしく」
「了解」
ローレンに指名され、アサギは侵入してきたハッカーのログを調べ、追跡する。その間にもローレンは本当に回線切断を試みるようだった。
「えーっ! でも、切断したら連絡取れなくなっちゃうよ」
「ここの管理棟が、他の支局の制御も担ってるんだぜ」
「切断中に向こうに何かあったらどうすんの?」
もっともなツッコミが飛んでいる。だが、ローレンも冷静だった。
「回線がすべてつながったままでは、ハッカーが別のところに逃げるだけだわ。私としてもあまりとりたくない策なのだけれど、仕方がないわ。何しろ、この中央制御室が最も多くの情報が詰まっているのだから」
だから、他を見捨てると言うことか。ローレンらしい冷酷な判断であると思う。
「……まあ、確かに、そうするしか方法はなさそうだけど」
と、制御室の技術者たちもため息をつく。一通り議論を交わしたので納得することにしたらしい。アサギも回線切断はやめた方がいいと思うのだが、本当に、他に方法がないのである。強制シャットダウンなんかしたら、本部機能がすべて停止するし。
では、いざ、と思ったとき、突然多数のモニターに男の顔が映った。ローレンとアサギが「あ」と口を開く。何やら見覚えのある顔だった。
『ふっふっふ。久しぶりだね、ローレン・リドリー。アサギ・ノースブルック』
「……誰だっけ」
アサギは本気でつぶやいた。ローレンが答える。
「ほら、あれだよ。私たちの前任者の……ダレン!」
『ダレルだぁあっ!』
惜しかった。いや、だって、ダレンの方が一般的だし。しかし、そうだ。ダレル・スコットニー。ローレンが言ったように、二人の前任者である。つまり、五年ほど前まで機密情報局で保護され、働いていたのだが、面白半分に人命にかかわる事件を引き起こしたので、今度は収監されてしまったのだ。当時二十歳前ぐらいだったと思う。今、二十代前半くらいになっているだろうか。
『ふん。お前たち、さすがに手も足も出ないか。ふっ。機密情報局本部は、この私が乗っ取った!』
「……」
アサギとローレンは何か宣言し始めたダレルを無言で見つめた。休まず仕事をしていたアサギのPCが結果を出す。
「あ、追跡結果。知能犯用刑務所から」
「つまり脱獄したってことね……回線切断、ちょっと待って」
「りょ、了解」
ローレンが先ほどの自分の言葉を撤回する。ダレルの話をほとんど誰も聞いていない。
『おい! 聞いているのか!』
「はいはい。あんたの犯行目的は、あんたを再逮捕してからよぉく聞いてあげるわ。アサギ。通信切断」
「はーい」
アサギは言われたとおり、ダレルの通信を切断した。『ちょ!』とか言っているが無視である。ハッキングは収まっていない。
「受信回線だけオフにして。私が新しいファイアーウォールを構築するから、システムや情報を、一つ一つハッキングから引きはがして」
「はいよ」
やることが決まれば仕事は早い。たぶん、一番大変なのがファイアーウォールを構築するローレンであるが、簡易のものなら彼女は簡単に作ってしまうことはわかっている。
黙々と行われる作業。各エリアからハッカーが追い出されていく。それを聞きながら、ローレンはそこに対する保護システムを追加していく。彼女の頭の中身はどうなっているのだろう。ちょっと怖いアサギだ。
「なんかあっけないね」
「派手にやったわりには、簡単に退去願えるしな」
「見せ掛けだけかぁ」
などと緩んだ雰囲気すらある。アサギも、何を奪おうとしたんだろう、と考えた。
すると突然、ファイアーウォールを構築していたローレンがばん! とキーボードをたたいた。みんなが慄いて彼女を見た。
「……そうか。主目的はこちらではなかったんだ」
「……え?」
技術者どころか室長すらビビっているのでアサギが尋ね返した。ローレンが叫ぶように言う。
「ダレルの狙いは本部のメインコンピューターではなかったんだ。こちらにハッキングを仕掛けたのはおそらく、本当の目的へのカモフラージュ。あいつの狙いは、こちらを手一杯にして刑務所のシステムを乗っ取ること……」
機密情報局にも刑務所はあるが、そこのシステムはそれぞれ独立している者の、メインの管理はこの中央制御室で行っていた。つまり、こちらがハッキング対応している間は、刑務所のシステムはがら空きだと言うことで。
「……そうか。前のプールのよくわからないスパイたちの情報交換。あれも確か、刑務所に関する情報交換だったって」
アサギも察するところがあって言った。あの時は何がしたいんだろうと思ったが、こんなところにつながってくるとは。たぶん、あの時、何かの情報を手に入れることに成功していたのだろう。ネット上の情報交換はおとりか。メインはハリソンたちが追っていた、生身での情報交換の方。
「うまいこと、私たちは引き離されたってことだ。重要な方から……こちらの動きを読んでる。さすがは前任者ってことかしら」
ローレンはそう言って皮肉気に笑う。あの時、ダレルにわたったであろうデータ。それに、ローレンが急遽調べた派手なハッキングの裏に隠れたハッキングがたどった痕。それらをかんがみるに、狙いは。
「最重要犯罪者牢……」
ローレンの父が収監されている刑務所だった。
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