願い事【7】
フェイは機密情報局の寮で暮らしている。機密情報局に連れてこられた彼女らは、家族と引き離されるのだ。双方の安全を考えてというのもあるが、能力を持つ彼女らを囲い込みたいという政府の考えが透けて見えるようである。
ちなみに、クリスティーナがフェイと同じ寮にいるが、ローレンはこの寮で暮らしていない。官舎であるマンションで、ハリソン、アサギと共に暮らしている。完全に、この二人がローレンのストッパー役である。
「あ……フェイ」
小さめのビルのような寮の入り口で、クリスティーナが待っていた。駆け寄ってこようとした彼女だが、ローレンを見て「ひっ」と悲鳴を上げる。どれだけローレンが怖いのか。
「ただいま、クリス。待っていてくれたのね」
フェイは愛想よくクリスティーナに話しかける。ちなみに、女子寮の裏手に男子寮があり、そちらにはオスカーとロデリックがいるはずだ。
「あ、あの、オスカーが待っていてあげてって言ってたので……」
「うんうん。そうね。ありがとう」
よしよし、とフェイはクリスティーナの頭を撫でた。そこに、ローレンが声をかけてくる。
「クリスが一緒ならもう大丈夫ね。私たちも帰るわ」
「ええ。送ってくれてありがとう。アサギもね」
「僕はただの添え物だから気にしないで」
などと可愛くないことを言うアサギである。彼はツンデレであるが、どう考えてもツンの方が多い。
「一応、送ってくれてありがとう。お休み」
「うん。お休み」
「お休み」
フェイが手を振ると、ローレンとアサギも振り返した。そのまま二人は、仲よく手をつないで帰路についた。
「仲いいねぇ、あの二人」
「うん……」
フェイの後ろに隠れるようにしていたクリスティーナが同意するような声をあげた。フェイは彼女の頭を軽く撫でる。
「さて、中に入ろ。明日の朝、出勤したらわかったことを教えてね」
「わかりました」
軽く背中をたたくと、クリスティーナはその手に逆らわずに寮の中に入っていった。外食でもしたい気分だが、そんなことをすれば各方面からおしかりを食らうだろう。
「クリス、私の部屋にアイスの買い置きあるんだけど、食べる?」
「食べます」
うむ。素直で可愛い。ローレンとアサギに対抗するように、フェイもクリスティーナと手をつないだ。
△
翌日。フェイがクリスティーナと共に寮の玄関を出ると、オスカーとロデリックが待ち構えていた。
「おう、おはよー」
「おはよう……二人も一緒なのね……」
フェイは軽い挨拶をしたオスカーを見上げてため息をついた。昨日は送ってくれたが、ローレンとアサギが暮らす官舎は少し離れているので、あの二人を回収するのはやめておく。面倒くさいし。
「それにしても、すごい警戒っぷりね」
「ん? ああ、まあな。昨日も出たみたいだし」
「出た?」
妙な言い方にフェイが首をかしげると、「お前のストーカー」とオスカーはやっぱり妙な言い方をした。
「……ストーカー?」
「ま、お前を狙ってたんだろ。ローレンとアサギが襲撃を受けたらしいけど、あのコンビで不意を突かれるはずがないからな」
「……まあ、そうね」
その点は心配ない。確かに。アサギの未来予知ともいうべき第六感と、ローレンの戦闘力と判断力があれば、たいていの相手は撃退できる。
「んで、撃退したんだ」
「と、ローレンからは聞いている。まあ、そのまま相手の目がローレンに向いてくれればいいんだがなぁ」
オスカーがのんきにそんなことを言っている。そうすれば、ローレンに全部丸投げできるのに。彼女が嫌いなわけではなく、彼女ならばうまく解決できるという信頼である。
寮から機密情報局は徒歩圏内である。機密情報局に着くと、ローレンとアサギは既に事務室にいた。
「おはよー」
ひらひらと手を振るローレンは元気そうだ。怪我など見られない。襲撃者を排除したそうだが、そんなそぶりは全く見せない。
「おはよう。ハリソンは?」
「尋問に連れて行かれたわ。まあ、今日中に帰ってくるでしょ」
一人だけ連れて行かれることはよくあるので、誰も気にしない。ローレンなんてちょくちょく地方にとばされているのに誰も気にしていないから、扱いが雑になるのは仕方がない。
「アサギ、昨日は大丈夫だったか?」
オスカーがすでにモニターとにらめっこをしているアサギに声をかけた。アサギは振り返らずに答えた。
「僕とローレンが一緒にいて、襲撃が成功するはずないよね」
うん。本人たちもそう思っていたらしい。逆に奇襲をかけていても不思議ではない。
「殺してないわよね」
「殺してたら尋問できないよね」
どうやら、ハリソンが尋問している相手がローレンが捕らえた人物らしい。ハリソン、頑張れ。
「そっちからも情報が引き出せるといいが……製薬会社と病院は?」
「調べた。表向きは普通だよね。当たり前だけど」
ローレンは端末をテーブルに滑らせて自身は顎に指を当てた。その唇が弧を描く。
「当たり前だけど、その製薬会社が病院に医薬品を提供しているのよね。大規模病院だから、もちろん、治験も行っているわ。そこで新薬も使用されてる。様々な検査を突破して人体への使用段階に移るわけだけど、その許可証が改ざんされていたわ」
「私じゃないぞ」
かつて公文書を偽造したことのあるオスカーの主張だ。誰もそんなことは言っていない。
「わかってるわ。許可証の偽造だけじゃない。所属する医師の医師免許すら偽造してるんだからね。むしろ、この偽物を発行したところを捕まえたほうがいいと思うくらい、よくできてる。オスカー、あとで確認して」
「わかった。だが、お前たちが違うというのなら、そうなんだろうな」
オスカーの真偽眼は偽造した免状だって見抜けるだろう。まあ、オスカーが言うように、ローレンたちが確認したのなら、間違いないだろうけど。
「……医者が偽物だから、フェイを欲しているってことか?」
ロデリックが尋ねた。新人である彼は、ツッコみにくいところをつついてくれるのでありがたい。
「いや、フェイがフェイだからほしいんだろうね」
「っていうか、あたしが狙われてるってことは確定なのね」
「もちろんよ。私が相手方でもほしいわ」
ローレンは断言した。フェイはただの意思であるつもりなのだが。
「フェイの考え方は革新的なのよ。人ってのは旧来のやり方を踏襲することを好むからね。新たな刺激が欲しいってところかしら」
はぐらかしてくれたが、ローレンが言いたいのは、フェイが原因不明の病の治癒方法を見つけたことを言っているのだろう。まあ確かに、普通なら人を生きたまま解剖なんてしないだろう。
「……あたしがただ、猟奇的な人間である可能性もあるわ」
時々、人を切りたいから医者になった、という人はいるのだ。フェイがそういう人たちと同じ可能性だってある。
「あり得ないでしょ。私ならあるかもしれないけど」
あるんだ、というツッコミは誰も入れなかった。彼女の性格をわかっているからだ。
「ま、天才的頭脳と言うのは、えてして狙われやすいものよ」
「それ、自分のことを言ってるの?」
半眼で尋ねると、ローレンは肩をすくめて見せた。
「理由はどうでもいいの。フェイが狙われている、という事実が重要だわ。そして、それを追って行けば、行方不明者たちが見つかるかもしれない」
希望的観測である。だが、それでも何とかしてしまうのが、この第三班のメンバーだった。
「もう少ししたらハリソンも帰ってくるでしょ。それまでにほら、そっちはどうだったの?」
だめだ。ローレンがいると彼女のペースに巻き込まれる。だが、報告は聞きたい。フェイはちらっとオスカーを見た。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
なんか第二章長いですねー。




