願い事【6】
「っ!」
自分の味方の過激な行動を見たフェイは、悲鳴を上げないようにあわてて口をつぐむ。ローレンはフェイをかばうように少し身を引いた。
「弱かったかな。それとも、人間じゃないのかな」
ローレンがにやりと妖しく笑った。そんな狂気に満ちた表情でも美人なのだからむかつく。こいつ、戦闘狂のきらいがあるよなぁといつも思っていた。
だが理性は失わないので何も言わないけど。フェイには戦闘力がないので、ローレンに任せるしかない。ガンバレ、ローレン。
たぶん、カレンを家まで送った時に見たやつと同じだ。ガーゴイル、というのだったか。徒手空拳であるのに、ローレンが五分ほどで叩きのめした。
「……いつも思うんだけど、あんた、一体どうなってんの?」
ばらばらであるガーゴイルを見て、フェイは顔をしかめる。人ではないとわかっていても、人型ではあるので、見ていて気持ちのいいものではない。
「……でも、それ、人体の構造だと考えるとやっぱりおかしいわよね……」
「ははっ。フェイ、私に言わせれば君も似たようなもんよ」
確かにそうかもしれない。職業病だろうか。ローレンがこちらを向いたとき、背後で彼女にばらされたはずのガーゴイルが立ち上がった。フェイはざっと蒼ざめる。
「ローレンっ」
ローレンはすいっと視線を背後に向けた。が、動かなかった。彼女が動くより前に、銃弾がガーゴイルの核となる石を貫いたからだ。
「……へ?」
「ハリソンね」
「いや、それはわかるわ……」
フェイは機密情報局に来てからまだ一年ほど。間近で彼女らの戦闘を見ることは、ほとんどない。特に、ハリソンの狙撃は。いつも残念なところしか見ないので、標的を撃ちぬいて颯爽としているところを想像してしまい、ちょっと笑いそうになった。
ローレンは誰かに電話をかけていた。たぶん、このガーゴイルを回収してもらうのだろう。たぶん、彼女は前面に出て戦うよりも、こういう手配をしたときの方が輝く。腹黒い、とも言う。
「よし。とりあえず行こう。アサギとクリスももう教会を出てるでしょ」
「……そうね」
いろいろと突っ込みたいことはあったが、それは後回しにして、フェイはローレンに続いて教会を出た。
機密情報局の本部にたどり着いたのは、フェイとローレンが最後だった。ローレンがハリソンに向かって手を上げる。
「フォローありがと」
「いや……まあ、お前なら自力で何とかできただろうけど」
「さて、どうかしらね」
ローレンはにこりと微笑むと、自分の定位置に腰かけた。いつも通り、その隣にはアサギがいる。
「ローレン、怪我とかないの?」
オスカーが一応、とばかりに尋ねる。ローレンはけろっと「ないね」と答えた。うん、まあ、そうだろうね。してたら、フェイが治している。
「んで、アサギとクリスは話を聞いてこれたか?」
オスカーの問いかけが年少二人に向いた。クリスティーナはいつも通りびくっとしてうつむいたが、そこはアサギが一緒だったので彼が答える。
「まあ普通に世間話だね。願い事、かなうといいですねって言われたし。話した印象としては、あの教会、関係ないんじゃない?」
相変わらず遠慮のない言葉でアサギが言った。たまにしゃべったと思ったら言葉がきついアサギであるが、空気は読めるのでクリスティーナのような人見知りには強く出たりしない。というか、アサギ自身も人見知りである。
「いや、実は私もそう思ったのよね~」
「ちょっと待て言いだしっぺ」
てへ、とでもやりそうなローレンに、ハリソンがツッコミを入れた。フェイは意味もなくいらっとした。
「ねえローレン。腹立つからまじめにやってよ」
「まじめにやると、一部が怖がるじゃない」
フェイの指摘にローレンはそう言ったが、彼女はにへらっとした笑みをひっこめて口角だけ少しあげた。眼は笑っていない。うん。ちょっと悪寒がした。
「おそらく、あの教会とサイトはいわゆる『獲物の品定め』に使われているだけね。犯人は別にいるのだろうね。少なくとも、フェイを襲ったガーゴイルはあの教会とは関係がない。もしかしたら、信者が隠れ蓑に使っているのかもしれないけど」
「つまり、一緒に考えちゃダメってことだね。あの宗教と、今回の失踪は別問題。……その宗教団体のスポンサーは?」
「そうね。私も同じことを思ったわ。ちょっと調べてみようか」
ハッキングか。このハッキング常習犯め。ローレンは詐欺師ではなくハッキング常習犯を名乗るべきである。
「協賛団体って、病院に多額寄付してるって話じゃなかったか」
記憶力の良いオスカーが尋ねた。いや、彼の場合は記憶力が良いどころの話ではないのだが、ひとまず関係ないので置いておく。今は誘拐事件のことだ。
「そう。その協賛団体自体が製薬会社なのよね……ま、医療も薬も、人体実験と共に発展してきたからね」
「いやな言い方ね」
ローレンの言いざまに反論したフェイであるが、新しい医療行為と言うのは確かに、実験に近い。否定できない……。
「ってことは、その実験に付き合わせるために誘拐されたってこと?」
「その割に、被害が十代にとどまっているのが気になるんだけど」
「まあ、調べても二十代以上の行方不明者は増加してないしね。そう見えているだけかもしれないけど」
「やっぱりローレン、一回攫われてみれば?」
「そうすれば一気に片はつくんだけどね」
フェイの質問から、とんでもない方向に話を持っていくアサギとローレンである。確かに、潜入した方が早そうだけど。
「つーか、普通に病院に行けばいいだろ」
ハリソンの指摘に、ローレンとアサギが「おお」と感心したように手をたたいた。たぶん、この三人はずっとこうしてやってきたのだろうな……。
「じゃあ、俺とクリスとロデリックで病院に行ってくるか。ローレンとアサギは病院と製薬会社の方調べておけ」
「あたしたちは?」
オスカーの指示から抜けているフェイが手を上げる。ハリソンはこの後呼び出されているし、フェイだけやることがない。
「お前はこの馬鹿な天才二人でも監視しておけ」
と、オスカーは座っているハッキング常習犯二人の頭をぐりぐり撫でてそう言った。子守か……と、フェイはため息をついた。まあ、フェイを外に出さないための方便なのだろうが。
フェイはコンピューターをいくつか同時操作しながら情報収集を行う自分より年下の少年少女の背中を眺めることになった。椅子に反対向きに座り、背もたれに腕を乗せてその上にさらに顎を乗せる。
一年前、フェイが機密情報局に連れてこられたとき、迎えに来たのはオスカーとローレンだった。オスカーがフェイに迎えに来たことを告げ、ローレンは目があったフェイに向かってにっこり微笑んだのを覚えている。
この時、フェイは「あ、むかつく」と思ったものだ。直感的にそう思った。
もちろん、ローレンが基本的には優しく面倒見の良い少女だとわかっている。だが、それとこれとは別の話。
当時のフェイは医師免許を取得したばかりだった。そして、ちょうどそのころ、原因不明の病が大流行していた。そう、原因不明だ。
体中に発疹ができ、高熱が出て、最終的に青黒い痣が浮かんで死に至る。医学のすすんだ連邦合衆国ですら原因を突き止められなかった。その病で亡くなったご遺体を解剖しても、原因がつかめなかったのだ。
だが、生きている間は何かの病原菌に苦しめられている。それは確かだ。そう思ったフェイは――――。
その病にかかった恋人を、生きたまま解剖した。
言い訳させてもらうのなら、彼が望んだことで、フェイは拒絶した。最終的に原因はわかったし、フェイは大きく医療に貢献したと言っていいだろう。ちなみに、その恋人は生きている。別れたけど。
それから、その行為が非人道的であると言われ、機密情報局に連れてこられた。医師免許は剥奪されなかったから、フェイはまだ医師のままだ。非人道的であるとか、わかっている。余計なお世話だ。
「フェイ、フェイ、起きて」
ローレンより幾分抑揚のない声で呼ばれ、揺さぶられたフェイははっと目を覚ました。椅子に座ったまま寝ていた。
「帰ろう。送っていくからさ」
片づけをしていたローレンが言った。フェイは椅子から立ち上がり、乱れた服を直す。
「ほかのみんなは?」
「ハリソンは連れて行かれたまま、帰ってこないわ。他のみんなも直帰するって。私は君を送って行けってさー」
たぶん、オスカーから言われたのだろう。フェイが狙われている可能性がある以上、護衛がいる。それを任されたのがローレンなのだろう。護衛として不足はない。アサギも一緒なので、女子三人で帰宅みたいな。
違うか。
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