3話 挨拶回りに行こう・下
ムシャナ村にある唯一の大衆食堂【化け猫亭】。
創設は今から約40年前。
今の店主の祖父レオン・フォルフェンが適当に付けた名前で開店したのが始まりである。
地産地消に拘り、店裏にある畑から採れる野菜や森に住む動物の肉を使用し、水までもこの地の地下水を使用している。
そんな店に転機が訪れたのは約15年前。
この店の2代目店主と村娘との間に産まれた娘ミオン・フォルフェン。
この娘は【猫人】と呼ばれる忌み子であった。
当時、心無い者などは《化け猫の呪い》や《獣が産まれる飯屋》などと罵っていたが、それも現村長の一喝により次第に無くなっていった。
今ではミオンは化け猫亭の看板娘兼客寄せ猫となり村民の人気を得ている。
そんな化け猫亭に接近する2つの影。
まあ、早い話がテュールとグレイスである。
「あ!テュールさん、いらっしゃーい」
カランコロンと扉に付いた鈴の心地良いな音を耳にグレイス達が入ると、接客をしていた茶髪猫目の美少女ミオンからの声を上げる。
「よう、テュールさん。奇遇だな、あんたも飯かい?」
「誰かと思ったらデネブか」
ミオンが接客していた相手がこちらを振り返り、手を挙げながら話しかけてくる。
この男の名はデネブ・オレファンス。
村長の孫であり、この村の狩人頭でもある。
「今日は飯じゃなくて娘の挨拶回りだ。同じ忌み子であるミオンに会わせてやりたくてな」
「そうだったのか。んで?その娘さんは?」
「また隠れてんのか・・・。あれ?どこ行った?」
さっきまでテュールに付かず離れずの位置にいたハズのグレイスだったが、何故か今回はその場にいなかった。
「キャー可愛い!!何この娘!!」
「けもみみ!さわらせて!」
何処にいるのかと言えば、厨房に引っ込んだミオンの所である。
グレイスの目線の高さに合わせ、屈んだミオンの頭にある猫耳目掛けて手を伸ばすグレイス。
やはりグレイスも初めて見る本物の猫耳に興奮を抑えられないようだ。
「あ、キミも忌み子なんだねぇ。親近感感じちゃうなぁ」
それを無視して感慨に耽るミオン。
やはり猫、マイペースである。
そして、不意にグレイスを抱き上げ・・・。
「ほっぺたスベスベ〜」
「むぅ〜」
自身の頬とグレイスの頬を合わせスリスリし始めた。
それを受けたグレイスも口では不服そうにしてはいるが、実は内心役得だと思っていたのは内緒である。
「何やってんだよ・・・」
そこに現れたグレイスの父テュール。
「ねこみみさわらせてくれなかった・・・」
口を尖らせ答えるグレイス。
「グレイスちゃんって言うんだ〜。良い名前だね〜」
いまだに頬擦りをしているミオン。
完全にカオスであった。
まず、中心人物であるミオンが我関せずの時点でおかしい。
そして、このカオスにより被害を受けている人物が1人。
「何故だ、飯が来ん・・・」
デネブである。
幸か不幸か客はデネブしかいなかったため、暴動が起きるといった事は起きなかったが、気が短い人ならここで怒って帰ってしまう。デネブが寛容な人で良かった。
「こら、ミオン!お客様待たせて何油売ってやがる!とっとと、出来上がった料理持って行きやがれ!!」
「ニャッ!!りょ、了解しましたです!」
そこに野太い男の怒号が飛ぶ。
ミオンの父親で料理人のクオンである。
怒号に驚いたミオンは肩をビクッと震わせ、グレイスの拘束を解いてしまう。
「おっと。むぅ・・・」
拘束が解かれたことにより宙に投げ出されたグレイスであるが、難無く着地を決めると温もりとミオンの甘い香りが無くなったことにテンションを下げる。
「悪いなクオンさん。邪魔しちまったみたいで」
「いやなに、悪いのはあんたの娘にお熱だったうちの娘だ。気にするこたぁ無い」
「そう言ってもらえると助かる。ミオンちゃんも悪かったな。今日はこの娘の挨拶回りに来てたんだ、今後とも仲良くしてやってくれるか?」
「こちらこそですよ〜。よろしくねグレイスちゃん」
「よろしく、ミオンお姉ちゃん」
「お、お姉ちゃん・・・。おお・・・ごっつぁんです!」
グレイスが何となく口にした《お姉ちゃん》という言葉。
しかし1人っ子のミオンからすると言われてみたい言葉ランキングのかなり上位に存在するものであった。
しかも、それが超絶美幼女ならば余計にそそる物がある。
「・・・仕事しろ」
その光景を微笑ましいと思いつつも、お客様を待たせていることを忘れておらず厳しい言葉を掛けるクオンであった。
◇◆◇
「ふひはほほひふほ?」
「あ?ああ、村長宅だよ」
これ以上居ると化け猫亭に迷惑が掛かると思い、店を後にしたグレイスは先刻貰った蜂蜜に突っ込んだ手をしゃぶりながら『次は何処に行くの?』と尋ねた。
そして、その意味不明な言葉をきちんと理解し、答えるテュール。
親子とは時にまるでテレパシーでも使っているかのような以心伝心を成し遂げてしまうほどの強い絆で繋がっているものなのだ。
「わたしのことしってるのにいくの?」
「まあな。挨拶回りをするに当たって、その地のお偉いさんを蔑ろにする事は出来ねぇんだよ。否が応でも行かねぇといけねぇ」
「おとーさまはそんちょーさんのところいくのいやなの?」
「そんな事はねぇよ。ただ、この理論で行くと領主の所にも行かねぇとなって思ってな?」
「りょうしゅさんはきらいなの?」
「まぁな、どうもいけ好かねぇんだよ。何て言うだっけ・・・ほら、自分の力じゃねぇのに威張り散らすこと」
「とらのいをかるきつね?」
「そう、それだ。・・・よく知ってんな」
「ははははは・・・」
人は過ちを繰り返す。
いくら注意を払おうとも、ついやってしまうことが何回かはあるのだ。
この世界には猪や鶏が居るのだから、当然狐や虎も存在する。もっとも、この世界において虎など少し鍛錬を積んだ冒険者ならば軽く倒してしまえるレベルであるのだが。
「そう言えば、お前に会わせたい子が村長宅に居るんだよ」
「そのこもいみごなの?」
「まあそうだな。しかも、お前と同じで固有魔法を使える女の子だ」
「かわいい?」
「そればっかりだな・・・。まあ、かなりの美形だよ。まあ、ラーナやグレイスには叶わんがな!」
「みうちびいきよくない」
「・・・そうは言うが、お前達を越える美人に俺は会った事が無いぞ?」
あくまで個人的な感想ではある。
ただ、ラーナは100人居たら男女問わず99人が振り返る美貌を持っている。
その娘であるグレイスもその例に漏れず、しっかり美貌を遺伝しているのである。
コンコン。
テュールが村長宅の扉を叩き、しばらくすると中から何度も見たことのある、仙人のように長い髭を蓄えた禿頭の好好爺然とした人物が出て来る。
村長ツヴァイ・オレファンスその人である。
「随分と時間が掛かっておったようじゃのう」
「すまねぇな、道中色々あってな」
「そんちょーひさしぶり」
「久しぶりじゃのうグレイス。4歳の誕生日以来かのう?」
実は村長は4歳の誕生日以来めっきり来なくなってしまっていた。
それもこれも、先ほど話題に出ていた固有魔法の女の子に原因があった。
「取り敢えず、上がるがよい。茶くらい出そう」
「じゃあお言葉に甘えて」
「おじゃましまーす」
村長宅と言うだけあり、やはり他の村民宅よりは大きめである。
しかし、屋敷と呼ぶには小さく、まだ一般家屋の域を脱してはいないレベルではある。
「ああ、テュールさん。いらっしゃい。グレイスちゃんも初めましてだね」
「うん、お義父さんが言ってた通り本当に可愛い娘だね」
そう言ってくるのは、村長の息子夫婦キンディとスーザンである。
齢はどちらも50代前半でツヴァイの書類作業や家事を手伝っている。
その2人がグイッと顔をグレイスへと寄せ、覗き込んで来ていた。
「は、はじめまして・・・」
さすがのグレイスでもこれは正直恐ろしい。
「これこれ、あまり詰め寄るでない。グレイスがびっくりしておるじゃろう?」
「おっと、それはすまないね。じゃあ、おじちゃん達は早々に退場するとしようかな」
「そうだね。そうするとしようか」
この家の家族構成としては、家主ツヴァイ、息子キンディ、その嫁スーザン、その息子デネブ、そして例の女の子である。
なお、ツヴァイの妻は既に亡くなっており、ツヴァイの次男三男も村から出ていったためにこの家にはいない。
「この部屋でちょっと待っておってくれんか?じきにあの娘も来るはずじゃから」
「そのおんなのこってどんなこなの?」
「そうじゃなあ・・・1年前に森で保護した娘での。今年で5歳、お主と同い年じゃな。わしはあの娘は親に捨てられたんじゃないかと思うておる。この村ではそんな事は無いが街の方ではその様な事をする親は少なくないと聞く。あの娘もそのクチじゃろうとな」
「親があの森で死んじまって彷徨ってたとか、道に迷ってたとかはねぇのか?」
「無いの。歳の割にはしっかりしておった娘じゃったので、訳を聞いたんじゃが・・・家を追い出されたと言っておったわ」
「そうか。だが、何で産まれてすぐじゃ無かったんだ?わざわざ3歳まで育てて」
「せめてもの親の情けのつもりじゃったんじゃろうな」
正確にはそうでは無い。
捨てられた理由、それは彼女が何の忌み子であるかにあった。
「ねぇ、そのこはなんのいみごなの?」
「【ダンピール】、つまり【吸血鬼】じゃな」
そう、吸血鬼である。
数少ない忌み子であるが、吸血鬼の生存本能である吸血を気味悪がる人は多い。
その娘の両親もそうであった。
赤ん坊の頃は血液と同じ役割を果たす母乳を摂取していたため、問題無かったが大きくなるとそうもいかない。
さらに、避けては通れない道として【幼子の儀式】がある。
ステータスを見られたら最後、自身が吸血鬼だとバレることは必至だ。
その娘は幼いながらにこのまま行けば自分がどうなってしまうか分かってしまったのだった。
そこで考えたのが家出。
遅かれ早かれ家を追い出される運命にあったのだから、それが少し早まっただけ。
そう考えた女の子は家を飛び出し、最終的にツヴァイに保護された。
「お義父さん、連れてきたわよ」
「うむ。通してやってくれ」
「こ、こんにちは!シトリー・オレファンスです」
部屋に入ってくると同時に物凄い勢いで腰を折る銀髪の少女。
顔を上げると、ぱっちりと開かれた赤い目は彼女の愛くるしい顔に拍車を掛けている。
病的なまでに白い肌なのだが緊張しているのか、今では耳まで真っ赤になっていた。
「ふっふふ、畏まらずとも良い。ここに居るグレイス・ヴォルタールはお主の友となる者じゃからな」
「ふぇ!?と、ともだちですか?で、でもわたしいみごだし・・・」
「わたしもいみごだからだいじょうぶだよ。こわくないよー」
まるで怯える小動物を相手にするように優しい声で話しかけるグレイス。
こういう時は下手にスキンシップなどを試みるより、心を開いてくれるのを待っていた方が早いと経験則で分かっているのだ。
「吸血鬼は確か、全てのステータスが高く成長する代わりにレベルアップが遅い大器晩成型だったよな。中でも元々魔力量が多く魔法が強力だと聞いたことがある」
「その上、強力な固有魔法持ちと来ておる、冒険者にでもなって上手くいけば良いところまで行くんじゃないかのう・・・」
村長はそう呟き、最後の方にテュールをチラッと見た。
だが、その行為の意図する所はグレイスには分からず記憶の端へと追いやってしまう。
「ところで、シトリーちゃんの固有魔法ってどんなのなんだ?」
「わたしもきになるぅ〜」
「シトリー、言っても良いか?」
「はいです」
「シトリーの固有魔法は【氷魔法】、【フリージング】と読むらしい。名前からして大まかなことは分かるがやはり固有魔法と言うだけあって実力は未知数じゃ」
「【氷】か・・・。グレイスの【雷】と言い汎用性の高そうな魔法だな。そう言えば、俺の知り合いに【木】の魔法を使うやつが居たが、それも関係あるのかな・・・?」
「む?それは【幻想】殿ですかな?」
「そんな所だ。まあ何にせよ、シトリーちゃんは冒険者にでもなれば頂点まで登り詰める可能を秘めてるって訳だな。そこでだ。グレイスに抜き打ちの質問だ」
「ふぇ?」
「うん、可愛い。じゃなくてだ!お前は将来何になりたい?」
唐突に聞かれた自身の将来設計。
本当はこんな事5歳児に聞くような事じゃない。
だが、敢えてテュールはグレイスに問うた。
そして、グレイスの方もどこか心の隅で思っていたことがあった。
「わたし、ぼうけんしゃになりたい!」
「・・・っ!?」
「ふぉっふぉっふぉっ!まさに蛙の子は蛙。そうとなれば、10歳になり次第冒険者学校に入るのが良いじゃろう。出来ればシトリーも一緒にの?」
シトリーの意見は完全無視なのかと思われるかも知れないが、実際はツヴァイの隣で目を輝かせている女の子が1人。
当然シトリーである。
そもそも、忌み子が就ける職業なんてたかが知れている。
その身体能力などを活かした傭兵か冒険者、国の庇護がある官吏職。
その両極端しか無い。
そして、その限られた将来の内少しでも可能性のある方を。
しかも、親に捨てられる事を理解し、家を飛び出したシトリーに初めて向けられたテュールからの期待の眼差し。
その程度であったが、シトリーの心を動かすには十分過ぎる程の理由であった。
「はぁ・・・。まあ、そんな気がしてたから俺はそこまでショックが大きくないが・・・ラーナに何て言おうか」
口ではそう言ってはいるが、ラーナならば娘の決めた将来にあれこれ文句を言うようなことはしないだろうと、半ば確信めいた物がテュールにはあった。
だが、一人娘の身を案じるのはやはり親心からか。
そして、内心『パパのお嫁さんになる』を期待していたのもやはり親心か。
シトリー 【下級吸血鬼】
Lv.1
HP 27/27
MP 58/58
STR 27
DEF 20
AGL 30
INT 19
DEX 16
EXP 0
NEXT 30
《スキル》
吸血 飛翔Lv1 血脈Lv1
日照耐性Lv5
《魔法》
氷魔法Lv1
《称号》
日の下を歩く者




