2話 挨拶回りに行こう・上
何故かムチャクチャ長くなったので、2部に分けました。
長い眠りから目が覚めたかの様な錯覚を覚える。
身体が思うように動かず、さっき目覚めたばかりだというのにまだ睡魔が襲って来る。
グレイスが産まれてから約1ヶ月、何の前触れもなく彼女は朧気ながらに自身の前世の記憶を思い出した。
とは言っても、それは記憶と呼ぶにはあまりに拙い断片的な物だったが。
思い出したのは、自身が男だったこと、前世に住んでいたであろう地球という星のこと、それに伴うある程度の地球の知識、それくらいだった。
グレイスは最初こそかなり戸惑い知恵熱を出したが、それも1日半で治り精神も安定していった。
しかし、前世の記憶を取り戻したことによる弊害もあった。
「はぁ~い、グレイスちゃんご飯にしましょうねぇ」
そう、食事である。
服をはだけさせ、惜しげも無く胸を露出するラーナに元男であるグレイスは思わず赤面してしまう。
「あれ?熱はもう無いハズなんだけどなぁ」
赤くなった理由を以前出していた熱のせいだと勘違いし、自身の手をグレイスの額にやり体温を計るラーナ。
当然熱などあるハズも無い。
もっとも、グレイスにとってこの世界の言語は全く聞いたことが無いものだったため、ラーナが何を言っているのかさっぱりだったのだが・・・。
「おかしいなぁ。あ、もしかしてご飯が遅いって怒ってるのかな?」
見当違いも甚だしいが、こんなもの理由を見事言い当てられた方が末恐ろしいというものだ。
「・・・その割には飲んでくれないし。ねぇ、どうしちゃったの?」
くうううう・・・。
ラーナの問いに可愛らしいお腹の音で返すグレイス。
腹は減っている。
しかし、どうしても背徳感が拭えないのだ。
ついでに言うと、あと羞恥心。
「ほらぁ、やっぱりお腹空いてるんじゃない」
そう言いながら、胸を口元に押し付けてくる。
元々赤かったグレイスの顔が更に赤くなっていく。
くうううう・・・。
お腹の音もそれに連れ大きくなる。
すると、グレイスの顔がラーナの胸に近付いていき・・・。
(少々お待ち下さい・・・)
「けぷっ・・・」
「ん〜!ゲップまで可愛んだから!」
幼児の身体という物は恐ろしい物だ。
目の前に自身の欲求を満たす物があると全く自制が効かなくなる。
(あれは、生理現象なんだ。仕方ないんだ)
などと、誰に向けてか言い訳を垂れるグレイス。
傍から見たら母親に授乳される赤子である。
まったく、どこに1人身悶えする要素があろうか。
しかし、今のグレイスはそれを理解するほど冷静では無いのだ。
◇◆◇
時は移ろい5年後、グレイスは5歳である。
「おかーさま、おなかすいたー」
グレイスは幼児特有の舌っ足らずな喋り方で自身の空腹を訴える。
思考能力に対して言動が些か幼い気がするがまだ5歳。
年相応であろうというのはグレイスの言である。
この5年間に様々な事があった。
その内最初の2年は食事の度に羞恥に悶えるということを繰り返し、その都度月日よ早く流れろと何回も思っていた。
しかし、グレイスもただ呆然とラーナの胸と惰眠を貪っていた訳では無い。
まずは、言語の理解。
これを行わないためにはこの世界の人とコミュニケーションを図ることなど到底叶わない。
自身のベッドに来るラーナや父のテュールの言葉に耳を傾けいち早く理解しようと努めた。
その結果、またしても知恵熱に魘されることとなったのはご愛嬌である。
そして、1歳になる頃にはある程度言葉を理解出来るようになっていた。
残念ながらまだ筋肉が発達しておらず、喋ることは出来なかったのだが、幸い言葉の意味が分かっているので、次にどんな行動を取れば両親が喜んでくれるか考えて動くことが出来た。
「パパ、ママ」
初めてそう言った時も2人は泣いて喜んでいた。
次に、魔力操作。
魔力とは、この世界に産まれた人間が必ず持っている体内に内包されている力や大気中に存在する地球には存在しなかった力のことだ。
そして自身の内包魔力を認識し、自在に動かす事が出来るようになることを魔力操作と言う。
これが出来ないと魔法を行使することが出来ない。
これにはグレイスもかなり手こずった。
何しろ元の地球には存在しなかった物なのだ。
その後、すったもんだあって結局4歳になりようやく習得に至った。
さらに、絵本を読んで貰いつつ字の勉強もしたため文字の読み書きも問題無くなっており、早すぎる習得から近所の人から神童と謳われていたりもした。
「もう、ママって呼んでっていつも言ってるでしょう?もう少しで出来上がるからちょっと待ってね。あ、パパも呼んできてくれるかしら?」
「おとーさまはおにわ?」
「そうよ。お願いねぇ」
ラーナがそう言うと、グレイスはとてとてと玄関の方へと歩いて行った。
それを見たラーナは頬を紅潮させ・・・。
「いやぁん!可愛いし、賢いしもう完璧ね!これでスカートを穿いてくれれば文句無いんだけどなぁ・・・」
親バカである。
確かにグレイスの容姿は整いすぎていると言っても過言では無い母親譲りの美顔と、母親譲りの美しい金髪に、何故か父親の遺伝子が反映され先端が赤くなった髪がグレイスの可愛さを神秘的なものへと昇華していた。
しかしだ。あくまで根幹は男である。
もう一度言う、身体は女の子だが心の根幹は男である。
故にスカートなど断じて穿けない。
これは元男であるグレイスの最後の矜恃であった。
人はこれを悪足掻きとも言う。
グレイスが庭に出るとそこには片手斧で薪を粉砕するテュールの姿があった。
「おとーさま、それじゃもやせないよ?」
「ん?ああ、ははは見られていたか。何というか力の加減が難しくてな。何回やっても上手くなりゃしない・・」
この男、力が余り過ぎており力の加減がまるで出来ない。
では、普段の薪割りはどうしているのかと言えば・・・。
「てでぱっかーんすれば?」
「まあ、そうなんだがな・・・」
そう、手で引き裂いているのだ。
斧だから駄目という訳では無い。
試しに別の道具で薪割りに挑戦したところ、やはり粉砕。
結局、素手でしかまともに割ることが出来なかったのだ。
しかし、どうも今日のテュールは歯切れが悪い。
「どーしたの?」
「それがよぉ、手で薪を裂いている姿を見た近所の子ども達が俺を見るたびに怖いって言うんだよ・・・。子どもだからと割り切っちゃいるが、やはり心の何処かで堪えているんだろうな・・・」
大の大人が斧も使わずに薪を手で引き裂く。
それはそれは、子ども達にとっては恐怖心を呼び起こすに十分たる理由だったのであろう。
しかし、それを自分の娘に相談するというのもどうかとは思うが・・・。
「おとーさま、おかーさまがごはんだっていってたよ。はやくきてね」
「おい待て!俺の悩みは飯より優先度が低いのか!?待て・・・何で俺は娘に解決策を提示してもらおうとしているんだ?・・・ハア、飯食って頭を冷やすとするか・・・」
その親の相談を華麗にスルーをする娘と言うのもそれはそれでどうかとは思うが・・・。
まあ、ともあれテュールに言うことを言ったグレイスは軽やかな足取りで食卓へと戻り昼飯に思いを馳せるのであった。
今日の昼飯は軽めにサンドイッチであった。
具材としては、レタスのような食感の野菜に近くの森で捕れた猪のハム、村長から貰った卵など様々であった。
「グレイス、そろそろお前にも同年代の友達が必要だろう。この後、俺と一緒に挨拶回りに行こうか」
「おさんぽ?いく!ごあいさつする!」
散歩だとはしゃぐグレイスにほっこりするテュールとラーナ。
しかし、彼らは知らない。
自身が忌み子だと言うことを知ってしまっているグレイスの内に秘めた計り知れない不安を。
昼食後ラーナに見送られ外へと繰り出したテュールとグレイスはまず、隣のクミナ家を訪ねていた。
クミナ家には30代の夫婦と13になる息子が住んでいる。
「じゃあ、ノックするぞ?」
コンコンと木製の扉を叩く軽快な音が鳴る。
すると、程なく「はーい」という女性の声とこちらに向かってくる足音が聞こえた。
思わず緊張で身体が強ばってしまうグレイス。
それもそのハズ、グレイスの会ったことのある大人など両親とたまに訪れる村長ぐらいである。
その誰もが自身に対し嫌悪感を抱かず普通に接してくれるため、不安は無かったが今回はどうか分からない。
気付けばグレイスは自然とテュールの服を掴んでいた。
「緊張してるのか?大丈夫だ。この家の人は優しい人ばかりだから。それに、初めての挨拶で俺がそんな変な人に会わせる訳無いだろう?」
テュールがそう言い終わるのと同時に扉が開き、中から恰幅の良い茶髪の女の人が出て来た。
「おや?テュールさんじゃないかい。どうしたんだい?」
「こんにちはフリュエさん。今日は娘のお外初デビューの日でね。まずはお隣さんにお披露目しておこうと思い連れてきたんだよ」
「ああ、挨拶回りかい。こんにちは、お嬢ちゃん。お父さんから話は聞いてるよ、何でもすごく頭が良い可愛い娘だってね。噂に違わぬ別嬪ぶりだ。さすがアンタらの娘だね!」
ハッハハと豪快に笑いながらグレイスの頭を乱暴に撫でるフリュエに呆気に取られるグレイス。
だが瞬時にハッとなり、慌てて口上を述べる。
「は、はじめましてグレイス・ヴォルタールです。よろしくおねがいします」
「はい、よろしく。聞いてた通り賢い娘だね。この歳でしっかりしてるよ。あ、ちょっと待ってな」
ニカッと笑ったと思えば、何かを思い出したように家の中に戻ってしまうフリュエ。
「な?心配無用だったろ?」
「・・・うん」
「どうした?」
「おとーさまがいつもおせわになっています、っていうのわすれてた」
「・・・余計な事は言わんで良い」
ハァ・・・っと大きなため息と共に声を絞り出すテュール。
だが、その顔はすっかりいつものペースに戻ったグレイスに安堵する父親のそれであった。
「待たせたね。はいグレイスちゃん」
テュールとじゃれ合っていると、戻って来たフリュエに小瓶に詰められた黄金色の液体を渡された。
「・・・蜂蜜?」
「ご名答。家で朝採れたやつだよ。美味いからグレイスちゃんにもあげるよ」
「ありがとうございます!」
「おお!良かったなグレイス。・・・後で俺にも少し分けてくれないか?」
クミナ家はこの蜂蜜で生計を立てており、クミナの蜂蜜と言えば大きな都市でも非常に人気のある一品である。
しかし同時に、作っている場所を知っているのも直接取引をする商人だけという謎めいた養蜂家でもある。
そんなクミナの蜂蜜の朝採れである。
グレイス自身は価値が分かっておらずとも、その価値を知る実は甘党のテュールにしてみれば垂涎級の代物である。
ただやはりその価値を知らないグレイス。
彼女の目には子どもが貰ったお菓子に目をぎらつかせる大人気ない男に映ったのだった。
「・・・おとーさま、おとなげない」
「ぐぅ!だって、クミナの蜂蜜の朝採れだぞ!そりゃ、甘党の奴なら喉から手が出るほど欲しいだろうよ」
「だからってこどものおやつをとっちゃだめだよ?」
「ハッハハ、グレイスちゃんには敵わないねぇ。テュールさんが甘党だったとは初耳だったよ。じゃあ、テュールさんのも用意するとするかね」
またしても豪快に笑いながら奥へと消えていくフリュエ。
そこに新たな人物の声が響く。
「あ、テュールさんじゃないですか!どうしたんですか?家に何か?」
ふと、振り返ると獲物の鳥を槍に突き刺したフリュエと同じ茶髪をした大柄の男が佇んでいた。
それを見たグレイスは萎縮し、またテュールの影に隠れてしまう。
「大丈夫だグレイス、この人はオズ。さっきのフリュエさんの息子さんだ」
「お?可愛い子ですね。娘さんですか?」
「その通り!自慢の娘だぜ」
「・・・むす、こ?」
思わず疑問符混じりに聞き返してしまうグレイス。
まるで息子だと言われても俄に信じられないといったように。いや、実際そう思っていた。
何故ならこのオズという男はかなりの老け顔だったのだ。
年齢にしておよそ30代近く。
フリュエの夫だと言われた方がまだ納得出来る。
「ハッハハ、俺は親父譲りの老け顔でね。初めて会う人にはよくそんな顔をされるよ。君は忌み子の様だけど何て種類の忌み子なんだい?」
「儀式で見た限りでは【鬼】って出てたな」
「鬼?聞いたこと無いですね。オーガの派生系でしょうか?」
「分からん。だが、何であれ俺達の愛娘には変わりないからな。その点は深く考えないようにしているんだ」
「そうですか。良かったねお嬢ちゃん、良い両親に恵まれて」
「うん!」
親を褒められるというのはいくつになっても嬉しいもので、グレイスはそれに満面の笑みをもって返す。
それを見たオズは頬を赤らめ視線を彷徨わせる。
「娘はやらんからな、オズ」
「分かってますよ!」
「こらオズ!何、玄関先で騒いでるんだい!とっとと入って獲物解体しな!」
再び見計らったようにじゃれ合っている所にフリュエが現れ、怒号を飛ばす。
その声にビクッと肩を跳ねさせるオズとグレイス。
・・・とテュール。
「何でテュールさんまでびっくりしてるんですか」
「オズよ、いくつになっても母親の怒号とは怖い物なのだよ」
「おばちゃんこわい」
「ああ、ゴメンよグレイスちゃん。オズ、あんたはとっとと入ってやる事やりな。それと、テュールさんの分の蜂蜜ね。こっちは、ラーナちゃんの。奥さん大事にしなよ」
「どうもすみませんね。わざわざ俺達の分まで取りに行ってもらっちゃって」
「良いんだよ。テュールさん達にはいつもお世話になってるからね」
何のことやらグレイスはよく分かっていないが、テュールは村人が苦戦する魔物の排除をボランティアとしてやっている。
そのため、テュールが来て以来この村では魔物による被害が出ていないのだ。
クミナ家に別れを告げ、次の目的地へと繰り出すヴォルタール父娘。
次は村のお食事処、《化け猫亭》である。
この化け猫亭は【猫人】と呼ばれる忌み子が営む店である。
普通、忌み子が店を出すことは少ない。
出したところで人など来ないのだからだ。
これは、比較的忌み子に対する忌避感が少ないこの村だから出来ることで、これを街などでやろうとすると色んな団体から弾圧されてしまう。
「今から行くのは猫耳の女の子がウェイターを務める村唯一のお食事処だ。俺も捕り過ぎた獲物はそこに卸しているんだ」
「・・・ねこ?かわいい?」
「お前、感想がおっさんのそれだぜ?」
「ねーちゃん、いいしりしてるじゃねーかー」
「おい、どこでそれを聞いた!?」
「わかんない」
悪ノリもほどほどにしなければボロが出るとグレイスが学習した瞬間であった。




