14話 禁断の商品
後1話で決着です。
「ふっ!」
男は一足でシトリーとの距離を詰め、突きを放つ。
その速度を辛うじて捉えたシトリーは攻撃の到達点へと氷のブロックを作り出す。
男の一撃は速度はあれど火力はそこまででは無かったのか、ブロックの中ほどまで貫き勢いを止めた。
「くっ!?術の発動が早い。やはり、固有魔術師か・・・!」
男は自身の必殺の一撃を止められたことに歯噛みし、もう片方の剣で距離の近くなったシトリーを斬り付ける。
しかし、その一撃も次いで出現した氷塊に阻まれることとなる。
シトリーも接近戦は不利だと感じたのか、距離を開けようとブロックを破裂させ男を吹き飛ばす。
「【アイスニードル】」
シトリーは即座に後退した男へと先の尖った氷を3本連続して放つ。
男は持ち前の素早さを活かし全て回避する。
更に、ただ回避しただけでは無くシトリーとの距離を詰め直し両の剣を交差する様に斬り付ける。
だが、その剣はシトリーに届くことは無く、シトリーの少し手前で空を切った。
「足が・・・!?」
実は、シトリーはこの男が現れた時点で少しずつ男の足元へと冷気を放っていたのだ。
普通気付くと思うが、男の足の神経は強烈な冷気を突如浴びせられたことに驚き、感覚が鈍くなっていた。
男の方も最高速度が出せないことに訝しんだが、敵に隙を晒す訳にはいかないと攻撃の手を休めることが出来なかった。
シトリーは上級職である【双剣士】相手にベッドに座ったまま完封したのである。
「貴様・・・何故動かない・・・!!」
男は堪らず問いかける。
男とって、年端もいかぬ幼女にここまでコケにされ、あまつさえ手も足も出ないのは初めての経験だった。
シトリーからしたら、動かないのでは無く空腹で動けないのである。
それ以上でもそれ以下でも無い。
「おなかがすいてうごけないんですよ!」
当然それ以外の答えはシトリーは持ち合わせていない。
しかし、その答えは男の怒りという火に油を注ぐだけであった。
男は額に青筋を浮かび上がらせ、左手に持つ短剣をシトリーへと投擲する。
愚の骨頂。
シトリーはそう断言した。
怒りに身を任せ自身の武器を投げ捨てるなど、戦闘において最も取ってはならない行動の1つであろうに。
しかも、男のSTRではシトリーの氷は砕けないことは既に実証済みであるハズである。
シトリーは真っ直ぐに飛来する短剣の軌道を寸断するように氷塊を生み出し────
「【双剣術:曲がり畝るは蛇の如し】・・・・・・!」
短剣は氷塊を避ける様に曲がり、シトリーの腹部へとその刃を突き立てる。
「な・・・なんで・・・!?」
剣士などの近接職の者の殆どは身体強化以外の魔法が使えない。
では、彼らが身体強化以外でMPを消費しないのかと言うと、そんな事は無い。
魔術師が魔法を操るように彼らもまた、職業に応じたスキルをMPを消費し使用する。
今、双剣士の男が使った物もその1つだ。
【双剣術:曲がり畝るは蛇の如し】。
武器投擲時のみ使用可能なスキルであり、効果は軌道上にある目的地以外の障害物の回避。
回避する障害物が多ければ多いほど使用MPは増え、森などで使えば一気に魔力切れを起こすような危険なスキルでもある。
だが今回は、障害物はシトリーの生み出した氷塊ただ1つ。
使用MPは火属性の初級魔法程度であり、身体強化の維持にも支障を来さない。
「慢心は敗北に繋がる。よく覚えておけ・・・」
腹部からドクドクと血を流すシトリーを睨み付けながら男は吐き捨てるように言う。
男の放った短剣には【流血】の状態異常を悪化させる毒が塗ってあり、それは放置するとそのまま失血死を招く恐れのある強力な物だった。
「はぁっ・・・はぁっ・・・、ぐぅっ!!」
シトリーは自身に突き刺さる短剣の柄を握り、一思いに引っこ抜く。
男はその凶行に目を見開き、同時に鼻で嗤った。
そんな事をしては傷口が開き出血量が増えるだけではないか。やはり、厄介ではあれど餓鬼は餓鬼。
男はそんな事を考えていた。
しかし、男の目に映ったのは想像とは真逆で、じわじわとシトリーの傷口が塞がっていく光景だった。
それどころか、流れていたハズの血液すらもその傷口に吸い込まれるように消えていく。
「馬鹿な!?何故・・・・・・っ!」
一瞬驚いた男だが、その理由は考えれば即座に思い至った。
この餓鬼は吸血鬼だ。
吸血鬼には生まれながらにして、【血脈】というスキルが備わっていると聞く。
【血脈】には吸血により身体能力を上昇させる能力の他に血液を操作する能力があるらしい。
そして、過酷な状況下に置かれた者が手にする自動修復能力である【再生】というスキル。
この2つのスキルの併用が目の前の奇怪な光景の正体であろう。
現にスキルレベルが低いせいで、服やシーツに染み込んだ血液まで回収出来ていないし、再生の速度もかなり遅い。
「そうか、貴様も苦労していたという訳か」
男はそう呟く。
だからと言って、手を抜くつもりは毛頭無いし、見逃しもしない。
男は冷徹であった。
それは殺し屋をしていた頃から変わっておらず、ムシャナ村でも他者と関わろうとせず静かに暮らしていた。
娯楽も趣味も無い男を変えたのは年に数回ほど来る商人が持ち込んだある者であった。
それはたちまち男や数名の村人を虜にした。
だが、ある日を境にそれは商品から消えた。
理由は調べればすぐに分かった。
村長であるツヴァイがそれの輸入を禁止したのだ。
それを毎日の楽しみとして生きていた男を含む数名の村人にとってそれは耐え難い物だった。
しかも、村長が全て買い占めて何処かに秘蔵しているという噂まで流れているではないか。
そんな事は許されない。
それに魅了された村人達の総意であった。
その村人達の代表として秘蔵されたそれの捜索に選出されたのが彼らであった。
元村長候補であったクロゥ。
大工で力仕事を生業としていたべド。
魔法が少し使えるジョアン。
自ら捜索を志願したノーリズ。
そして、村人達の中でも群を抜いてレベルの高かったシュドゥム。
彼らを魅力した商品の名前は【魔煙草】。
麻薬と煙草を足して2で割ったようなそのアイテムは人の興奮神経を刺激し、一時的にSTRを上昇させる効果を持つ。
しかし、このアイテムを売った商人は絶対にしなければならないある説明を怠った。
【魔煙草】の正しい効果説明はこうだ。
【魔煙草】
見つけ次第駆除が指定されている危険な植物を使った煙草。
【植生煙蛇 ニャルラトホテプ】という災厄級の魔物が通った後に生えると言われる枯れ草色の植物。
粉末状に砕いて火を焚べれば、興奮作用を引き起こす薄紫色の煙を吐き出す。
一時的にSTRを上昇させるが、引き換えに思考能力を鈍らせる。
中毒性が非常に強く、服用した者はいついかなる時もこの薬物の事を想像してしまう様になる。
その商人がこの事を知っていたかどうかは分からない。
だが、その商人のせいでこうやって被害者が出たことは紛れも無い事実である。
シトリーは傷口が塞がったのをチラリと確認し、目の前の男を完全に制圧することを心に決める。
「【イロージョンオブアイシクル】」
シトリーがそう唱えた瞬間、双剣士の男シュドゥムの足元を凍てつかせていた氷が膝へ腰へと侵食を始める。
シュドゥムは踠き何とか拘束を抜け出そうとするが、失われていく感覚に半ば心が折れそうになる。
しかし、ここで折れてはあの心地よい煙を吸うことが出来ない。
シュドゥムは動く腕に握る短剣に魔力を纏わせ、第2の双剣術を繰り出す。
「【双剣術:飢え鮫の擦り牙】!」
まるで鮫が回転し、肉を引き千切るかのように氷を削っていくシュドゥム。
だが、動かせるのが上半身だけのため思うように氷を削ることが出来ない。
その剣技は次第に侵食速度に呑まれ、遂には動きを完全に停止してしまった。
シトリーはベッドの前で氷漬けになった2つの人入り氷塊を見てそっと溜息を吐く。
彼女は油断していた。
あれほど、シュドゥムに慢心は敗北は招くと釘を刺されていたのにも関わらず。
「【熱き抱擁】!!」
彼女は失念していた。
動きから素人だと判断し、意識の隅に追いやっていた2階を捜索していた2人を。
そして、素人であろうと魔法を使える者がいるということを。
再び静寂が訪れた寝室に女の声が響く。
声はドアの向こうから聞こえてきており、同時に炎の渦の様なものがシュドゥムを取り囲み、シュドゥムを覆っていた氷を融解していく。
「あらあら、お嬢ちゃん。随分とやってくれたじゃないの?まさかシュドゥムを圧倒するなんてねぇ・・・」
「礼を言うぞ、ジョアン。貴様の拙い魔法でも役に立つ時は立つようだな・・・」
「ちょっとぉ〜、それが恩人に対する台詞なのぉ?」
ねっとりとした喋り方をする女ジョアンの登場により、一気に形勢は逆転してしまったシトリー。
あれだけドタバタとシュドゥムが駆け回ってくれたのだ、そりゃ2階にいた者でも不穏に思うだろう。
そして、シトリーのピンチはこれでは終わらなかった。
「へっへっ、見つけたぜぇ。ホラよ、お2人さん。お目当ての品だぜ」
1人気づけばもう1人も気付く。道理である。
鉈のような武器を腰から下げた筋肉質の男べドは麻袋に入った枯れ草のような物を無造作にばら撒く。
それは粉砕される前の魔煙草その物であった。
シュドゥムやジョアンは我先にと床にばら撒かれた魔煙草を懐へとしまい込む。
そして、シュドゥムは自らの掌で草をすり潰すと、シュドゥムの氷を溶かした際に床に引火した火を使い煙を吸い始めた。
「くっくくく・・・、これで貴様の氷も砕けよう・・・!」
見た目は全く変わっていない。
だが、威圧感が段違いだった。
シトリーは煙を吸い込まないように、自らの周囲に吹雪を展開する。
シトリーは魔煙草のことを全く知らない。
だが、あの見るからに身体に悪そうな薄紫色の煙を瞬時に危険だと感じ対策を取った。
そして、シトリーは次の瞬間には窓を突き破って吹き飛ばされた。
「くっ!?な・・・に・・・?」
小屋の外に投げ出されたシトリーはくらくらする頭を起こし、自身を吹き飛ばした存在を凝視する。
そこには想像通りの人物、シュドゥムが蹴りの余韻に浸るように足を振り上げていた。
「くははははは!」
狂ったように高らかに笑うシュドゥムにシトリーは酷く恐ろしい者を見たような錯覚に捕らわれた。
それもそうであろう。
先程まで必要最低限のことしか喋らなかった男が急に大声で笑い出し、口元からは止めどなく唾液が流れているのだから。
シトリーもシュドゥムが動いたと同時に氷の盾を出現させ、攻撃に備えようとした。
しかし、シュドゥムのSTRはそれを遥かに上回り、砕いて尚衰えることの無い鋭い回し蹴りがシトリーを小屋の外へと吹き飛ばしたのだ。
「なんできゅうに・・・っ!」
シトリーは何故急にシュドゥムが強化されたのか分からない。
いや、大体の予想は付いている。
恐らくあの草を燃やした時に出た薄紫色の煙であろう。
タネは分かってもシトリーにはもうどうする事も出来ない。
奇しくも、最初にシュドゥムとシトリーが対峙したまさにあの状況が巡り巡ってシトリーが苦しむ番になったという訳だ。
動きを止めようにも強化されたシュドゥムは拘束を容易に砕いてしまう。
防御しようにも彼のSTRはやはり氷の耐久度を上回っている。
シトリーに勝機があるとすれば、シュドゥムの隙を突いて必殺の一撃を叩き込む。
この一点のみだろう。
しかし、如何にシュドゥムの思考能力が極端に低下しているとは言え、幾多もの死闘を潜り抜けて来た猛者である。
隙の大きい大技を当てようと奇を衒えば、すぐにシュドゥムに察知され回避される事だろう。
一度見破られた技は二度は通用しない。
それを言わせるだけの気迫をシュドゥムは十二分に放っていた。
一か八か。
シトリーVSシュドゥムの綱渡りの第二ラウンドが幕を開けた。




