狂う
第三ドームは廃墟と化していた。
建物は倒壊していて、地面には無数の機人の肉体が転がっている。
積み重なるは、大量のメイドと執事。
そこには機人の山が制作されていた。
その機人の山の天辺に座り込み、胡座をかいている女性がいる。
「ノーネーム!」
ツェツィーリヤが思わずといった様子で、叫びを上げて、それから数歩を後退った。
彼の声に反応して、ノーネームと呼ばれた女性の視線がこちらへと向く。
「あ! あ! ネリー! エレノア! ツェツィーリヤ! ……誰か!」
ノーネームは目を輝かせ、機人の山から立ち上がる。その瞳はまるで童女の持つ瞳のように、淀み一つ存在していない。
ただ一つ。
おかしな点があるとすれば、それはノーネームの長い舌が一切口内に納められていないことだろうか。
彼女はだらしなく、その舌を外気に晒している。
涎がダラダラと、舌にいるメイドたちに滴っていた。
「遊ぼ! 遊ぼ!」
ノーネームの容姿は、彼女の持つ雰囲気とは相反していた。
この見た目だけに限れば、ノーネームはクールビューティーを擬人化したような姿である。
その如何にも大人といった容貌の女性は、実に幼稚な言葉遣いで、幼げな言葉を紡ぐ。
「ネリー!」
ネリーは慌てたように『命ノ灯』を発動した。
ただ、その炎はいつものような炎ではなかった。
色が違った。
赤い炎ではなく、そこにあったのは蒼炎である。
「『命ノ灯』――峻厳ノ髪」
ネリーが技名を呟く。それを引き金として、瞬時に髪が展開された。
それはドームであった。
髪によって、小さなドームが形成されたのだ。また、内部には一切の炎が灯っていない。
けれども、外部には圧倒的な熱が発生しているのだろう。
ネリーが祭子により習得させられたのは、髪を一本一本操作するのではなく、ある程度の束毎に操作する術である。
これを習得したことにより、ネリーは普段以上の展開速度で髪を動かすことができる。
例えば、ここに百本の鉛筆があるとしよう。それを一本ずつ運ぶのと、幾つかずつを筆箱に収納して運ぶのとではどちらが楽だろうか。
答えは言わずともよいだろう。
一本一本を運び、取りに戻るのは非効率的である。
能力の効率化。
それにより、ネリーは髪を昔よりも遥かに上手く操っているのだ。部分部分で炎の調整ができる程度には。
「く!」
しかし、完璧に見えたネリーの防御は、遅かった。
ネリーの腹には、既に剣が突き立てられていたのだ。
ノーネームは、ネリーの作り出したドームの中にいた。
展開が完了するよりも早く、ノーネームはネリーの懐に侵入したのだ。
ミロンには何も見えなかった。
「――『慈悲ノ髪』
腹を刺し貫かれていたネリーだが、彼女はまだ動いていた。炎を僅かに残す髪で、自身の肉体を締め付ける。
そして、拳を突き出した。
その拳は、尋常ではない速さを誇っていた。
恐らく、自身の筋力ではなく『命ノ灯』によって、無理矢理に身体を動かしているのだろう。
その速い一撃も、
「つまんない!」
ノーネームには止まって見えたのかもしれない。
目にも留まらぬ速さで、ノーネームが横にずれる。そのまま剣をネリーから引き抜き、左手に持っていた盾でネリーを打ち付ける。
そのまま、ネリーの髪は解除されて、容赦なく吹き飛ばされる。
「次、エレノアァ!」
「マジっすか」
言いつつも、エレノアも即座に光輪を発動した。
光輪が発生した箇所は二箇所である。
両の手首と胴を覆うように、光の輪は発生したのだ。
その上、エレノアは自身の背後へと光の刃を生み出した。
「行く!」
と、ノーネームが叫ぶよりも早く、エレノアが動き出した。彼女は胴の光輪のサイズを変化させ、一気に周囲を薙ぎ払う。
おそらく、ノーネームは避けたのだろう。
ミロンの瞳には何も見えない。
ただエレノアの顔面を盾で殴りつけているノーネームの姿だけが、ミロンには見えた。
エレノアは咄嗟に手を振り回し、光輪を命中させようとしたが、それは命中しない。
エレノアが力負けして、そのまま吹き飛ばされる。後方へと吹き飛ばされつつも、エレノアは背後で待機させていた光の刃で牽制を行う。
本来ならば、エレノアの近接戦闘をサポートする為に用意していたのだが、ノーネームが速過ぎて戦闘にならなかったのだ。
「弱い!」
いや、ネリーもエレノアもかなり強くなっている。隙がなくなり、攻撃に幅が出た。
簡単に言うと、相手が悪かったのだ。
「これが最速の『創り者』」
ただ速さを極めたノーネームは、誰にも捕まえることができない。
攻撃も当たらず、加速力から繰り出される攻撃は全てが鋭い。
「あ! 初めまして、眼鏡。俺はノーネーム。第五ドーム六星長」
「ぼくはミロン・アケディ。隣の子がアリアです」
「よし、遊ぼ!」
ミロンはゾッとした。アリアが無言で武器を構える。
ミロンたちの背後では、ツェツィーリヤが銃を構えた。当たらないことは知っているが、それでも逃げられない以上、戦うしかないのだ。
「待て! と、祭子様が仰りました」
ミロンたちの危機に対して、現れたのは祭子の言葉を預けられた執事型の機人であった。
ミロンは安堵する。
どうやら自分は襲われずに済みそうだ、と。
直後、執事型の機人がノーネームの剣によって両断されていた。
「遊ぼ!」




