語る
衝撃的な事実を言いたいだけ言って、クゼルは姿を消してしまった。随分と無責任で軽薄なことであるが、ミロンはそれこそが遊戯の神なのかと納得する。
「思ったよりも驚かなかったね。あは」
「驚きはしたけれど、正直、そこまで衝撃でもなかったよ」
この世界において、ミロンが理解できていることは少ない。それが今更少し増えたところで、という思いもあった。
そもそも、ミロンはもう一人の自分のことを――ラウルのことを最初からただの人であるとは認識していなかった。
「でもさ。そろそろぼくもこの世界のことをよく知るべき時が来たんだと思うよ」
「……そうだね」
刹那の間、ラウルは迷ったような沈黙を置いた。何か言い辛いことでもあるのだろうか、とミロンは少し心配する。
「僕が今から話すことを聴けば、もしかするときみはクゼルに味方するかもしれない」
「クゼルに味方する? ぼくが?」
「そう。それに、もしもクゼルと敵対を続ける意志が残ったとしても、僕の話は誰にも話してはいけないよ」
――裏切り者が出るかもしれないから。
「取り敢えずは身体を返すよ。きみの負担も大きいしね」
そう言うと、ラウルはミロンの意識の底へと消えていった。
黒の長髪が抜け落ちていき、普段通りのミロンの姿に戻った。まあ、この肉体も偽物のようなものなのだが。
暫く待っていると、ミロンの思考も、夢の渦へと引き摺り込まれていた。夢の中の世界で、ミロンとラウルは向き合っていた。
対峙する二人は、まるで合わせ鏡のようである。似ているが正反対。
真逆だというのに、まったく同じ。
その有り様は、本物や偽物ではなく、まさしく裏表であった。
「じゃあ、まずはクゼルの目的から話そうか」
「うん、お願い」
「クゼルの目的は簡単さ。全生物の救済、それだけだよ」
全生物の救済。
それは良いことのように思える。そういえば、アルルも同じようなことを言っていたのを思い出す。
「クゼルが自身の配下に何て言っているのかはわからないけれども、あいつのやろうとしている救済は最悪なものさ」
ラウルをして最悪と言わしめる程の計画。
ミロンは固唾を呑む。
「クゼルは……この世界をなかったことにするつもりだ」
「なかったことに?」
「うん。この世界では死ぬことができない。それは地獄と変わらないよ。死ぬという行為はきみたちが思っている以上に大切なことで、生きるということはきみの想像以上に心を擦り減らしている」
故に、この世界は地獄なのだ。
「クゼルの計画は、その苦しみからの解放さ。生があるから死があって、死があるからこそ生がある。そうあるべきだけど、世界のバランスは崩れた。死の神テクスの死によってね」
「つまり、クゼルはこの世界の全てを殺すってこと?」
「違うね。なかったことにするのさ。最初から生きていなかったことにする」
そのようなことができるのだろうか。いや、できるのだろう。だからこそ、ラウルは語っているのだ。
「この世界の者にとって、それ程の救いはないさ」
「でも、本当に死なないかもわからないよ?」
ミロンはずっと思っていた。
肉体を失くしても、意識だけが残り続ける。その証拠はないではないか。
死は訪れているのかもしれない。
「僕たちは魔王と神だからね。この世のルールくらいは知っているさ。でも、じゃあ特別に、きみたち『創り者』がルールに気付いた経緯について話して上げるよ」
ラウルは意識していないのだろうが、その物言いはどこかクゼルと似ている。ミロンはその点を指摘はしない。
かつて『拝借せし神の御手』を持つ『創り者』がいた。
その能力は、透明の右手を生み出すというもの。
彼はある日、残り者に捕食されてしまった。
しかし、彼は生きていた。救援を求めるために、能力で地面に文字を書いたのだ。それを見た仲間たちは、彼を救う為に動いた。
残り者を壊し、どうにか死肉を与えようとした。結果、その死肉は無駄になった。
身体が小さ過ぎて、死肉を与えても精製できる魔力が少なかったのだ。
彼は復活できず、永遠にその場に留まった。
数年後、新たな『拝借せし神の御手』の適合者が現れた。
当時の『創り者』たちは、死んだのだと考えたが、それは間違えであった。
念の為に、マナ系の神々の死体を持つ者が調べたのだ。
すると、いた。
彼はずっとそこに動かずに、存在し続けていた。
神々の死体は、より強く適合する者に渡っただけだったのだ。
この事件以来、『創り者』たちは破壊されることを過度に恐れ始めたのである。
「クゼルの計画を聞けば、奴に寝返る層が現れる。それは避けたい」
「でも、クゼルの目的がそんなに魅力的なら、直接勧誘に来るんじゃないの?」
「それはできない。僕や神は、本来は人に関わってはいけないからね」
「じゃあ、どうしてきみは?」
「僕の場合、きみに混入することによって、力を弱めて干渉権を貰ったからね」
ラウルの話はわかった。
しかし、ラウルの立場がわからない。クゼルと敵対していることしかわからないのだ。
故に、ミロンは問う。
「きみはどうしたいの?」
「僕かい? 僕は単純に消えたくないだけさ。そのようなつまらない終わり方をしたくなくてね。で、そういうきみはどういう立場を取るのかな?」
ミロンは迷うことなく、きっぱりと返事した。
「ぼくも、なかったことにはされたくない」
なかったことにすれば、どれだけ楽だろうか。どれだけ幸せだろうか、わからない。
アリスだって、きっと壊されずに済んだのだろうし、今までの仲間たちや知り合いたちも壊されずに済む。
けれども、だからといって全てをなかったことにされるのは嫌だった。
「じゃあ、協力者。と、僕はミロンくんのことを定義しても良いんだね?」
「うん」
「……あは」
このとき、ミロンとラウルはある程度和解した。




