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翌日。眠い目をこすりながら診療所にやってきた助手。よほど眠いのか、あくびが止ま
らない。気にしないようにしていても助手があくびをするたびに声を発するので、気にし
ない方が難しい。診察を終えた患者の記録をつけて助手に渡す。その間も助手のあくびは
止まることを知らない。
はい次。どうぞ。
入ってきたのは保護者らしき人物と泣きべそをかいてる子供だった。保護者がいうには、
三日前から喉の痛みを訴えているようで、診てもらいたいとのことだった。……子供か。
率直に言って苦手だ。泣くし喚くし……なによりも声が大きくて頭が痛くなる。円滑に事
が進まないとイライラする私にとって最大の敵である。でも、これも仕事だと割り切るし
かない。
悪いけど口を大きく開けてくれるかな。
まずは喉の奥を診せてと子供にお願いをする。しかし、その子供は首を横に振って拒絶。
順番は前後してしまうがまあいいかと思い、次はお腹の音を聞かせてとお願いすると、こ
れも拒絶。私の中で何かがぷつぷつと切れていく音が聞こえてきた。先生に診せなさいと
保護者が言うも子供は頑なに拒み、しまいには泣き出してしまった。キンキンとした音が
頭に響き私は顔をしかめる。
また別の日にしましょう。お代は結構です。
何度も頭を下げる保護者と、まだ泣いている子供。診察室から待合室へと泣き声が移り、
少しだけ静かだと思った。あの泣き声にさすがの助手も驚いていた。私は診療録に日付と
症状、次回延期の旨を書き助手に渡す。受け取った助手ははっとしてすぐに次の仕事へと
移った。
……これだから子供は苦手なんだ。
私は小さく呟いた。机の上を整理し次の患者を呼んだ。しかし、いつまで経っても患者
はこず。不思議に思った私は待合室を覗き込んだ。道理で返事がないわけだ。待合室には
誰もいなかった。つまり、さっきの親子が最後の患者ってわけか。納得した私は診察室に
籠り、助手が帰るのを待った。しばらくしてお疲れ様ですというのが聞こえ、それに続い
て扉が閉まる音がやってくる。本当に誰もいないことを確認した私は、地下へ向かった。
次の段階へと進めると知っていた私は、いつになくわくわくしていた。ここ数日はずっ
と失敗が続いていて半ば諦めかけていたのだが……どういうわけか成功していた。不思議
なこともあるものだと自身を納得させ、必要な実験器具を揃える。ランプに火を点け、十
分な火力が出る間にフラスコの中に必要な素材を入れ、ガラス棒で静かに混ぜる。混ぜ合
わせたものをスポイトで抽出し、試験管に移す。移した中に別の溶液を入れて反応が出る
間にランプの火力が安定して、きれいな赤色に燃えている。熱するのに必要な器具を用意
し、反応が出ている試験管に熱を加える。すると、ぼこぼこと泡を出しながら更なる反応
が現れた。その様子に興奮した私は試験管を持っている手が小刻みに震えた。ここで失敗
するわけにはいかない。そう言い聞かせながら小刻みに震える手を何とか鎮めた。
試験管の口まで泡が到達し、今にも零れてしまいそうになっているがそれをゆっくりと
した動作で立てる。別の試験管も同様にランプで熱を加えようと試験管に触れたとき、立
ててあった試験管が全て破裂した。
なぜだ……なぜこうもうまくいかない……くそっ
幸い怪我はなかったが、この実験で使用した素材が底をついた。この素材は採取から使
えるまでに相当な日数を要する扱いが少し特別なもの。苦労して採取しただけに、その絶
望感は計り知れない。でも、嘆いてばかりいられない。その素材が必要になるまで、他に
必要なものを準備しておくことにしよう。私は散らかったものを片付けすぐに調薬に意識
を向けた。
いくつかの作業を終えた私は、ソファに腰を下ろし休憩を摂ることにした。ここまでノ
ンストップで調薬をしてしまい、体もそうだが一番は脳が疲れてしまい考えることが億劫
になってきている。本当はもう少し進めたいという気持ちもあるが、失敗してまた素材を
無駄にするよりは遥かにましだと考え、そのまま仮眠をすることにした。
少しの間目を閉じていただけなのだが、どうやら長時間眠っていたようだ。外の様子が
気になった私は階段を上って確認をすると、外はすでに真っ暗だった。廊下にも冷たい風
が侵入し、足元から徐々に体温を奪っていく。ぶるりと体を震わせた私は急ぎ足で地下へ
戻り、扉を閉めた。休めていた部屋へと戻ると自身の目を疑った。仮眠をする前までは、
確かに無かったものがそこにあったのだ。それも姿かたちをそのままに私の目の前に何事
もなかったかのようにあった。そして驚くべきは中身。中身は原因不明の反応により試験
管が破裂し、中に入っていた液体が全て床に落ちたのを私はしっかりと覚えている。なの
だが、その液体も割れる前の試験管の中に収まっていた。そして、その脇には苦労しなけ
れば手に入らない素材が置かれていた。さすがの私もただ事ではないと悟った。
な……なんでこれが……
それも保存状態もよく、すぐに使える状態だった。助手がやったという可能性は限りな
く低い。だとしたら一体……。その時、強烈な頭痛に襲われ私は叫んだ。まるで頭が破裂
しれしまうのではないかと思うくらいだった。頭を抑え声の限り叫ぶ。それでも頭痛は収
まらず、あまりの痛みに私はいつしか気を失っていた。
ふと目を覚ますと、さっきまでの痛みは引いていたがまだ完全ではなかった。まだ痛む
頭をおさえながら辺りを見回す。なんら変わりない私の研究所なのだが、一か所だけ違っ
ていた。それは普段、私が腰をかけているソファ。私以外誰も座るはずがないのだが……
そこには黒い布のようなものがあった。まるで誰かが座っているかのような。私は恐る恐
る正面を覗いてみた。
ひっ!
小さな悲鳴が漏れ、思わず後ずさる。人間でいう眼球があるところは窪んでおり、代わ
りに紫色に光る何かが私を見つめる。皮膚は一切なくそこには薄紫色に光る骨らしきもの
しかなかった。まるで……
悪魔トイイタゲダナ
私が言おうとしたことをその骨が代わりに発する。恐怖は感じていたが、それよりも私
はどこかで聞いたことがある声だという考えが先にきていた。あれは確か……そう。夢で
私を呼んでいるときの声に似ていた。まさかそんなことが……?
ヒドイ言ワレヨウダ。壊レタモノスベテナオシテヤッタトイウノニ。
お……お前が直してくれたのか?
アア。ソウダ。
にわかには信じられないが、今はそれを信じるほかなさそうだ。そして、私は震える顎
を抑えながらその悪魔に問いかけた。
お前の名前は何というのだ。
すると、悪魔はしばらく沈黙しゆっくりと発した。
ザガン。名前クライハ聞イタコトアルダロウ。
確か、ソロモンという人物が封じ込めた悪魔の一人だった気がする……。まさか、その
悪魔が目の前にだと?
本来、生贄ガ必要ナノダガ……私自ラアラワレタ。生贄ハナシデ構ワナイ。オ前ノ望ミ
ヲ叶エテヤロウ。
悪魔がそう簡単に願いを叶えてくれるものなのだろうか。いや、これにはきっと何かあ
ると思った私は次にこう質問をした。
それは無条件でということで間違いないのか?
この問にザガンは小さく頷いた。うまく行き過ぎた話ではあるが、私にとってはとても
好都合だ。そこで試しに一つ望んでみた。
今、私が行っている実験を成功させて欲しい。
悪魔は造作もないと言わんばかりに指をくるくると回し、薬液の入った試験管に向けた。
小さな爆発が起きたかと思えば、そこにはさっきまでとは色の違う薬液が入っていた。こ
れは、まさか最終段階の薬液の色ではないか?
コレデワカッタダロウ。オ前ニ錬金術ヲ教エテヤロウ。
こんなに事がうまくいっていいものなのだろうか。私は喜んで契約に応じた。特に何も
デメリットはないのだ。こいつを使って実験を成功させていこうではないか。
トキニ、オ前ノ最終目的ハナンダ
ザガンの問いかけに私は素直にこう答えた。
決まっているだろう。不老不死だよ。そうすれば永遠に生きていられるのだ。
最終段階になった薬液を保存容器に移し、丁寧にしまう。さて、次に必要な工程は……。
次ハコレダ
ザガンが次の工程の手順を示した。……なんとなく解読はできるが……まぁ、落ち着い
て調合すれば大丈夫だろう。私は必要な資材の準備をし、早速取り掛かった。作業を始め
てまだそんなに時間が経過していないのだが……なぜだろう。次の工程、次の工程が鮮明
に浮かび失敗するストレスがなくなっていた。そして、次から次へと成功する楽しさから、
いつしか私は寝食を忘れていた。
はぁ……これで、完成だ。……よしっ!
始めから終わりまでを一気に行い、完成した薬液を見て頬が緩む私。普通であればここ
まで何十回失敗するやら……。それが、失敗なしのノンストレスで完成したものだから尚
更である。完成した薬液を保存容器に入れてしまうと、診療のことを思い出した。
はっ! しまった。診療の時間だ。急いで戻らないと
汚れた白衣から新しい白衣に着替えて地下から出ようとしたとき、ザガンは一つ忠告を
した。
イイ医者ヲ演ジルノダ。ソウスレバ、今ヨリモットイイ実験ガデキル。
言っている意味がよくわからなかったが、とにかく助手よりも早く診察室にいないと怪
しまれてしまうということが先出ち、戸締りもそのままで飛び出した。まぁ、続きはまた
今日の夜にできるだろう。それを励みにさっきの忠告を守っても悪くはないと思った。




