36.ガンダーラ
「たまになんか事件で犯人逮捕に繋がったとか事故の救命したとかで感謝状ってニュースあるじゃん」
「うん」
「あれずるいと思う」
「は?」
「僕だってもしその場にいたら同じことするなっての結構あるのに僕の周りでは事件が起こらないから感謝されない。不公平だと思う」
「……」
「なにその目」
「なんだと思う?逆に」
「賞味期限が1年前に切れた飲みかけの牛乳が冷蔵庫の引き出しの裏で静かに横たわっているのを見つけてしまった時の目とか?」
「そこまでわかるなら喋る前に、喉にいる仏様に口にしていいことかどうか相談してみたら? あとそれ実話だよね多分。冷蔵庫はこまめに整理しようか」
「それ喉ぼとけのことだよね。女は誰に相談するの?」
「出っ張ってないだけで女にもあるから」
「そうなんだ……」
「てかさ、どんな生き方してたらそういう発想になるの?」
「芹川さんといっしょに日々を過ごしてるから」
「え、なにそれ、私が原因ってこと?」
「いや、そういうことじゃなくて……、えっとじゃあさ、たとえば僕が斉木にこういう話すると思う?」
「……思わない……」
「でしょ、つまりこれは僕達だけの物語だ」
「何いいこと言ってやったみたいな顔してんの。彼氏ならもうちょっとステキな物語を語ったらどうなの?」
「とにかく僕の人間性について周りはもっと僕に感謝してほしいと思う」
「うわ、続くんだ。その奇書に載ってそうな話」
「だったら僕は妖怪変化かな?」
「一歩手前までは行けてると思うよ。でもそれさ、できたかどうかじゃなくて実際にやったかどうかでしょ。結果って大事だよ。それに良い方ばっかに注目し過ぎだよ、逆に悪の誘引だってあるんだし」
「悪の誘引?」
「例えば……、目の前に5000兆円落ちてるとするじゃん」
「なにそのバカ設定」
「バカな話題にふさわしい例でしょ。で、君はたまたま買い物に来たのにお金が10円足りない。そこで後で返すからと思って10円失敬……なんてことしない?」
「そんなことしないよ」
「本当かな? じゃあこれならどう? 店は家から片道1時間もかかる。たまたま斉木君が近くにいることがわかって店まで来てもらうことになったけど、それまでに目的の限定品が売り切れてしまうかも。5000兆円は山のように乱雑に積み上げられて、人も多いから、10円くらい取ってもまずわからない。なんならよく見たらこっそりくすねてく人も結構いる。斉木君が来るまでのわずか10分の間、後で返せばいいやって10円だけそこから拝借したり……」
「…………しないよ」
「今、だいぶ不自然な間があったよ」
「多分僕はそれでもしないと思う。……でも、焦って気が動転してたらどうだろうな」
「うん、そうだよね。だから目の前に5000兆円なくて良かったね」
「……」
「友達のお兄さんが警察官でさ、警察学校の話を聞いたことあるんだけど、鍵の管理甘いと『同僚を犯罪者にする気か』って教官に怒られたりするらしいよ」
「そういや西遊記にもそういう話あったな。三蔵法師が止めたのに悟空が袈裟を自慢したもんだから、相手がその袈裟を奪うために二人を焼き殺そうとして悟空に退治されるんだ。で、悟空はあとで無用な罪を産んだって三蔵に叱られる」
「仏教っぽいエピソードだね」
「じゃあ今日は愛の国で三蔵様に叱られる悟空シチュでいこうよ」
「何が『じゃあ』だよ。煩悩にまみれてるじゃん。しかも男同士だし」
「大丈夫、たいていの日本人男の脳内の三蔵様はなぜか女だから」
「何が大丈夫なのかさっぱりわかんないけど……。まったくしょうがないなぁ」




