32.猿
「正しいことでも言い方次第で意味が全然違ってきたり通らなくなったりするよね」
「そうだね、気をつけないとすぐ金持ちマウントと思われるし」
「え、こないだ(23話)のこともしかして気にしてる?」
「全然、貧乏人のルサンチマンいちいち気にしてたら普通に会話できないもん」
「かーっ!卑しい!卑しい!」
「あはは、でもホントにマウントとか私は思ったことないし、気をつけるからそれはスルーしてほしいな」
「む、努力するよ」
「バイオリンやってるってだけで言われることあるからね、どうしろっていうのよ」
「そんなに」
「ちょっとは上級国民の苦悩が理解できたか」
「おま、そういうとこ」
「冗談だって」
「もう疑心暗鬼だよ」
「でもシチュエーションプレイに落とし込もうとしてたでしょ?」
「……なぜ『おめぐみくだせえ・しょうがないわね貧者』プレイがわかった?」
「わからいでか」
「えっと、なんの話してたっけ?」
「なんか正しいことの言い方がどうとか」
「ああ、論理的に正しくても文脈的におかしくなることはあるんじゃないかって話」
「例えば?」
「命題が真なら対偶も真でしょ」
「うん」
「『夕飯がカレーならスーパーでじゃがいもを買う』って意味のある行動だよね」
「うん、カレーならじゃがいもは欲しいね」
「じゃあその対偶は?」
「えっと『スーパーでじゃがいもを買わないなら夕飯はカレーではない』」
「ほら、ほぼ無価値でしょ」
「たしかに……」
「前芹川さんが言ってた多様性の話(17話)あるじゃん」
「莉緒と斉木くんが騒いでたときのやつ?」
「うん、あれも正しさと言い方の問題なんじゃない」
「あれは細かいことにこだわるな空気読め、って話だけど隙間があるのは一緒かもね」
「たぶんそうだよ」
「……そういやさ、女は『男が胸見てるのは全部わかってる』ってよく言うじゃん、実際バレバレなんだけどさ」
「え? う、うん……」
「でも、それに対して『見られてるのに気付かない場合もあるから、全部は嘘だ』って言ってる男が結構な数いるんだよ」
「……え? なんて?」
「えっとね、だから男が胸見てるの丸わかりだってのは、それは自分が見られたことを認識したことにはなるけど、気付かなかったときは認識できてないから、本当は『全部』かどうかわからないのに、『全部』と決めつけてるってバカにしてるわけ」
「よ、よくそんな屁理屈思いつくね……」
「猿知恵とはこのことだね。百歩譲って見てないのに見たと言われたというならわかるよ? でも、見たのに見られたことに気付いてないって話でしょ? それって女が『全部わかってる』って言ったなら、その男は1回は見たってことだよね。その主張なんの意味があるの?」
「そ、それは僕に聞かれてもちょっと……」
「じゃあそういう男達は普段から『蚊に2か所刺された』って言った人に『気付いてないだけで、3か所以上刺された可能性もある』とかいちいち突っ込むの?」
「ま、まあそうなるのかな……? よくわからんけど」
「そして胸ジロジロ10回見てきた奴に対してその1回に気付かかなったことになんか価値あんの? なんで胸見てきたのを棚上げして女を小馬鹿にしてくるの? 泥棒が『あいつ時計と宝石盗んでやったのに時計しか盗まれてないと思っててバカだ』って得意げに言ってるの見て『そうだそうだあいつはバカだ』って喜んでるのと一緒でしょ。いや捕まえろよ泥棒を!」
「ひぇっ……、そ、それはごもっともです」
「君の仲間でしょ!」
「えぇ……? ぼ、僕は隠キャ時代もそこまでアホじゃなかったよ」
「つまりね。私が言いたいのは」
「うわ、いきなり落ち着くな」
「『認識できてない可能性もある』なんて主張は、論理的に正しいとしても意味も価値もないってことだよ」
「あ、ちゃんとそこに帰ってくるのね、おかえりなさい」




