24.トロツコの問題
「ねえ、トロッコ問題ってあるじゃん」
「なんだっけ」
「5人いる方にトロッコが向かってて1人の方に切り替えるポイントがあったらどうするかってやつ」
「あ~、5人か1人かって話ね。でもその『切り替える』『切り替えない』の2択の問いは、古典功利主義的でそれ自体が現代倫理学の観点では完全にアウトだよね。そもそもトロッコの軌道に入るのがすでにダメじゃん、しかも同時に6人も」
「それ言っちゃおしまいだよ、仮定の話なんだから前提崩すのはなしだよ」
「思考実験を現実の問題と取り違えてるんだよそれ。そういう極端な仮定の話だけして何か考えた気になってるのがダメなんじゃない?安全に気を付けることの方がどう考えても大事なのにそこ無視していいの?」
「手厳しいなあ……」
「それに、ポイント切り替える人が6人とも自力では軌道の外に逃げれないって確信できる理由もよくわからないよね。どっちにするかって問いにするち前提に無理がでてくるよ」
「まあそれは……」
「例えばね、そうだな……、今まで勉強してこなかったのに試験前日に大慌てしてヤマ張ってる人とかどう思う?」
「……え、僕のこと言ってる?」
「あはは、そういうわけじゃないよ、でもどう?」
「……正直バカだなあとは思う」
「うん反省してよ」
「やっぱ僕のことだった……」
「ごめんごめん。でも、ほとんどの人は冨野くんと同じこと言うと思うよ」
「結果が他人じゃなく自分に返ってくると切実さがあるね」
「ん、そゆこと。その問い方には主体性がない。神の視点で考えすぎ。でもトロッコ問題で思考実験することを否定してるわけじゃないからね」
「あ、じゃあさじゃあさ。条件追加して考えるのってどう?」
「例えば?」
「もし1人の方から借金してて、死んだらラッキーとか思って切り替えるのは現代倫理的にどう?」
「それはアウトでしょ」
「じゃあ、5人を助けたいとも同時に思ってたら?」
「うーん、1人の方をヤるつもりなら一緒じゃない?」
「じゃあ5人の方はトロッコに気付いて避けれたのに1人の方はまさか来ると思ってなくて避けれなかった」
「でも切り替えちゃった場合?」
「そう」
「その条件は切り替えた人は知らないから条件付け前の元の問題と一緒でしょ。安全管理できないのが悪いのであって切り替えた人の問題じゃない」
「5人の方はトロッコが来るのを忘れていたが1人の方はポイントや予定をしっかり見てたのでトロッコが来ることはないと思ってた。でも切り替えたから轢かれた」
「それも同じ」
「ポイント切り替えの場所にいたのは社長で、人数の多い方が死ねば給料払わなくて済むと思った」
「救いようもない条件が付き始めたね……。社長はポイントに触ってないんだよね」
「そう、結果給料を5人分払わずに済んだ」
「それも悩ましいけどギリセーフじゃないかなあ。もし1人の方に誰もいなかったら話は変わってくるかもだけど。社員を軌道に立たせた責任だけきっちり取らせよう」
「もしポイントを切り替えなければスピードオーバーで脱線してたのに、切り替えたばかりに脱線せず一人を跳ねた場合は」
「さっきのと一緒で、そういう予想できない『たられば』は結果論で、全部倫理の問題にならないんじゃない?」
「なんで全部即答できるの?」
「倫理の授業ちゃんと聞いてるからだよ」
「それは変人の所業だよ」
「すぐ他人のノートに頼る人がそういうこと言っていいのかな?んん?」
「じ、じゃあ一人の方が斉木ならどう?」
「彼は轢かれて本望だと思うよ」
「いや、そこは切り替えるんかよ」
「斉木君が出てきたらイジる冨野くんの癖がうつっちゃった……」
「いや人のせいにすんな」
「えへへ」
「じゃあ5人の方が全員斉木」
「5人いる時点で怖いからそのままで」
「両方斉木」
「ドリフトで両方」
「1人の方は子供が生まれたばかりの20代、5人はハゲたオッサン全員50代独身、しかも1人はぶつかりおじさんだ」
「うーん、切り替えないかな。てか、途中から命の価値比べまくりになっちゃったね」
「芹川さんもすぐ乗ってくるから」
「君が罠にはめに来るからだよ」
「すぐブレるのはトロッコ問題って人生みたいなものだからだと思うよ。条件によって倫理的にも心情的にも揺らぐのは人生の迷いそのものでしょ」
「まあ、山あり谷ありってとことかもそうかもね」
「行こうと思った道を勝手にポイント切り替えられた上なんか知らんうちに他人を犠牲にするとかね」
「不条理だね」
「小さい頃、迷子になってすごく不安になったこととかあるでしょ?」
「うん、近所のスーパーでお母さんとはぐれた時とかこの世の終わりかと思ったね。家まで10分なのに」
「人生ってその不安がずっと続いていくことだと思わない?今を生きる僕たちはずっと孤独で、軌道の迷宮をさまよってる」
「そうだね、付き合う前悩んでた時もそうだったけど、この先どうなっちゃうかって漠然とした不安はずっとあるよ」
「信頼してた人が突然裏切ったり」
「社会出るとそういうことも増えてきそうだね」
「踏み台にされたり、逆に知らないうちに人を踏み台にしていたり」
「そういうのも見えやすい時代になって息苦しさを感じてしまうことは増えてるよね」
「僕らの生きる時代は、一本道の軌道だった100年前よりだいぶ複雑になったと思う」
「分岐ポイントも多いし、でも意外に自分で進む道を選べないよね」
「だから次の100年のための『営み』は大事だと思わない?」
「……はいはい、またそっちね。煩悩に支配されすぎてない?」
「互いの信頼関係を深め裏切りを防止し、互いのこころを満たすことで、せめて今だけでも心に安寧をもたらそうよ」
「もう、しょうがないな」
「生命の尊さを感じつつ連綿と続く人類のこれからを願って、赤ちゃんプレイがいい」
「それが世紀の営みかな?」




