第2話 逃亡犯と闇の組織
「あの成分……先日の事件で、大騒ぎになった伝説のエリクシル。我が国の闇ルート経由でも買い叩かれようとしていたのだが、その成分と一部が完全に一致したんだ」
「『死蝕の黒蓮』……」
エルネは息をのんだ。
それは、前回の事件でユリア・マロンシュが『万能霊薬』と偽って持ち込み、自らを魔物へと暴走させた、あの劇毒の原種である。
「なるほど……つながりましたね」
扉の隣で警備隊のように立っていたシリルが、中央に歩いてきた。静かに不敵な笑みを浮かべた。
「王立薬学院の地下で逮捕を免れ、姿を消した元院長マルクス。奴はアトランティクスへ逃亡し、再び不気味な兵器の製造に着手したというわけですか」
突然話に入ってきた人物に、アトランティクスの二人は怪しむ表情を見せる。
「貴殿は……」
レオンの問いに、オズワルドが答える。
「先日の事件、あのエリクシルのこともそうだが……その調査を任せているシリルだ」
「以後お見知りおきを」
シリルは貴族の見本のような綺麗な挨拶をした。
「現在指名手配されているマルクス・マロンシュ。彼が一番怪しいでしょうね」
「脱走したその者が、我が国に潜伏して悪さをしているだと!」
レオンが目を見開いた。
「ええ。大変申し訳ございませんが、その可能性が高いです。マルクスひとりの頭脳と資金力では、海を越える転移魔導具の手配も、深海での兵器開発も不可能です。……奴の背後には、マルクスをうまく操り、陸と海の双方を混乱に陥れようとしている未知の存在がいるかもしれません」
「悪の組織……」
エルネの背筋に、冷たい寒気が走った。
ユリアやマルクスという個人的な怨恨や復讐を超えた、世界規模で蠢く巨大な闇の存在があるのだろうか。
「アトランティクスの都市は、いまや破滅の危機に瀕している」
レオンは拳を強く握りしめ、まっすぐにエルネを見つめた。
「エルネ。……いや、エルネ殿。不躾な無礼を働いた僕が頼めた義理ではないことは分かっている。だが……我が国の海を、何万もの民の命を救うために、君のその『鑑定眼』の力を貸してほしい!!」
アトランティクスの第一王子が、陸の元・薬草収集家の少女に向かって、深々と頭を下げた。
「お兄様……」
ルチアもまた、祈るように胸の前で手を組み、エルネを見つめている。
「……レオン殿下」
エルネはそっと胸に手を当てた。
指先には、アルディスと誓い合った指輪のぬくもりがある。
(傷つけるための調合……復讐のための毒。……そんなもので、大好きな人たちが暮らす世界や、美しい海が汚されるなんて、絶対にいけない)
エルネはゆっくりと、けれど迷いなく頷いた。
「……はい! 私でお役に立てるなら、喜んでアトランティクスへ参ります!」
「エルネ……ッ!」
レオンが複雑な、苦しいような嬉しいような面持ちで顔を上げた。
「……もちろん、俺も同行する」
アルディスが自然な動作でエルネの隣に立ち、その腰を抱き寄せた。
青色の瞳に、冷徹で揺るぎない絶対の決意を宿して。
「エルネが行く場所へ、俺が行かない理由がない。アトランティクスに潜むマルクス、そしてその背後の組織……すべて私の氷で粉砕して見せよう」
「ふむ。おおよそ思った通りの流れだな」
あらかじめ書状を確認していたオズワルドとエレノアのは、子どもたちを見守る様子から責任者の顔へ変化する。
「今回の救援要請、我が国は受け入れる。そして使節団の派遣として、鑑定士エルネとその護衛として騎士団長アルディスと他騎士たち、そしてギルド連合からも人手を出そう」
オズワルドは大きく張りのある声で言った。
「ふふ、わたくしも行きますわよ!」
セシリアがオズワルドの前に立ち塞がり、豪快に扇子を開いて胸を張った。
「我が国の誇るエルネを貸し出すのですから、外交使節団の長としてわたくしが同行するのは当然ですわ!」
オズワルドは大きく息を吐いた。
他隣にいるエレノアは優しく微笑んでいた。
「あなたがじっとしていないだろうことも見越しています。責任者はあなたです、セシリアしっかりなさい」
セシリアは初めて任される公式の代表の立場となる。その瞳は嬉しさと不安、そして先日のマロンシュ一族への怒りが入り混じっていた。
「もちろんですわ。それに……タコ足王子の国で、わたくしのお茶会にぴったりの最高の甘味を探さなければなりませんもの!」
不安を消し去るような見事な話の切り替えに、エルネは少し微笑み、アルディスを見つめた。
小さな声で、アルディスにだけ聞こえるような優しい声をかけた。
「よろしくお願いいたします」
「もちろんだ」
アルディスはエルネの方にそっと手を置く。
そんな様子を見て、ギルバートが一人狼狽えていたが、その様子に気がついているのはオズワルドとエレノアたけだった。
「 ……。感謝するよ、セシリア」
レオンは素直になれない様子でそっぽを向いたが、その唇の端には、幼馴染への確かな信頼の笑みが浮かんでいた。
「フフ……賑やかになりそうですね」
シリルが眼鏡を直しながら、静かに呟く。
「ガルド殿にも連絡を入れ、ギルド連合の『海ルート』の全ネットワークを持って協力させましょう。……闇に潜むネズミどもを、一網打尽にするチャンスです」
陸から海へ。
数々の困難を乗り越え、より強固な絆で結ばれた仲間たちとともに。
エルネとアルディスの新たな冒険の旅路が、今、静かに幕を開けようとしていたのだった。




