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雑用係の私ですが、草刈りしながらのんびりレア薬草を摘んでいます!3  作者: 志摩


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第1話 タコ足王子の来訪


 あの大騒動と仕切り直しの婚約発表パーティーから、数日が経過していた。





 レグラリア王国の王都は、ようやく本来の静けさと活気を取り戻しつつあった。




 王宮の広大な敷地の西側に位置する紺碧宮は、鬱蒼とした古代樹の森と接しており、朝もやの中には薬草や湿った腐葉土の青々とした匂いが立ち込めている。


 エルネのための素材研究室となった紺碧宮には、最小限の給仕しかない。

 穏やかな時間の流れる離れになっていた。



 その離れのテラスで、エルネは木製の小さなテーブルに向かい、繊細な手つきで蒸留器の管を調整していた。



「……ふう、これでよし。朝露を浴びた『瑠璃見草』のエキスは、やっぱり熱を加えすぎないのが一番ね」



 エルネが小さく息を吐くと、背後から滑り込むように伸びてきた長腕が、その華奢な腰を優しく包み込んだ。



「おはよう、エルネ。今朝も早いね」



 耳元に届いたのは、低く甘い、けれどどこか甘えを含んだ声。



 黒地に銀の飾りが施された軽装の執務服を纏ったアルディスが、エルネのうなじにそっと唇を寄せた。



 肌に触れる微かな冷気が、心地よい朝の風と混ざり合う。



「あ、アルディス様……! もう、朝から不意打ちはいけませんっ。ミスしたらお薬が濁ってしまいます」



「すまない。だが、朝露に濡れた薬草よりも、君のほうがずっと魅力的だからね。つい、我慢できなくなってしまう」



「もう……極端なんですから……」




 赤くなった頬を手で隠そうとするエルネの指先を、アルディスはそっとすくい上げた。




 その左手薬指には、深い藍色の魔石の指輪が美しく光を放っている。

 エルネの瞳と同じ、どこまでも澄んだ温かい藍色だ。



「……とても似合っているよ。君の指で輝くこの石を見るたびに、俺の胸は歓喜で満たされる」



「アルディス様がくださった、大切なお守りですから……。私も、この指輪を見ると、どんなときでも心が落ち着くんです」



 二人が互いの温もりを確かめ合うように視線を交わした、まさにそのとき。



 バササッ!!



 激しい羽音とともに、一羽の白銀の伝書鷹がテラスの欄干へと舞い降りた。



 足に結び付けられているのは、重厚な羊皮紙と、青く光る真珠の封ろう——王宮の外交特別急報である。




 アルディスはわずかに瞳を細め、殺気にも似た鋭い冷気を一瞬だけ漂わせた。

 しかし手際よく手紙をほどいて、羊皮紙に目を通した。




「……アルディス様? なにか、大変なことでも……?」



「……いや。ただ、あまり歓迎したくない騒々しい客人が、予定よりも早く王都の境界線(関門)を越えたようだ」




「えっ……? 客人、ですか?」


「ああ。『海洋の王国アトランティクス』からの親善使節団だ。……しかも、あの二人組だよ」




 アルディスが溜息混じりに提示した書簡の末尾には、流れるような水紋のサインと、二つの対になる紋章が押されていた。






◇◇◇




 レグラリア国と海洋王国アトランティクス。

 


 レグラリア国は険しい山脈と広大な森林、そして豊かな鉱物資源を擁する「陸と森の国」であるならば、アトランティクスは幾重もの大洋に囲まれ、果てしない海底に広がる巨大な魔導結界都市を擁する「海と水の国」である。




 陸の側からは、薬効高い希少な山野草や強固な木材、高純度の魔導金属を。



 海の側からは、奇跡の効能を持つ深海成分、輝く真珠や深海サンゴ、そして深海の魔導鉱石を。



 両国は古くから互いの欠けた資源を補い合う、欠かせない交易のパートナーであった。




 正午過ぎ。


 王宮の謁見の間の手前に位置する『青碧の間』には、張り詰めた緊張感と、どこか異国情緒あふれる湿り気のある風が吹き抜けていた。




 壁面に掲げられたタペストリーには、レグラリアの「黄金の獅子」とアトランティクスの「三叉の銛(もり)」。



 そして部屋の中央には、オズワルド国王、エレノア王妃。側には迎え撃つようにセシリア王女、ギルバート副団長、そしてアルディスに付き添われたエルネが待機していた。




「ふう……まったく、急な来訪ですわね。せっかくエルネとゆっくりお茶会をしようと思っていましたのに」



 セシリアが豪奢な扇子をパチリと閉じ、不満げに鼻を鳴らす。


 しかし、その表情にはどこか懐かしむような、妙に不敵な笑みが浮かんでいた。



「セシリア殿下、アトランティクスからの使節団……あのおふたりはどのような方々なのですか?」



 エルネが尋ねると、セシリアは溜息をつきながら肩をすくめた。



「どのような方も何も……幼い頃から外交訪問のたびに王宮へやってきては、わたくしの庭園を荒らしていった、ただの『クソ生意気な幼馴染』ですわ。顔を合わせれば三秒で頭が痛くなりますの」




 ギルバートが苦笑いしたそのとき、重厚な両開きの扉が静かに開け放たれた。



 コン、コン。



 軽快なヒールの音が響く。



 室内へと踏み込んできたのは、異国の情緒を全身に纏った少年少女。

 アトランティクス王国の第一王子レオンと、第一王女ルチアであった。



 二人揃って流れるような薄紫色の髪を持ち、その瞳は波のように揺らめく美しい翡翠色。



 最高級のサテンと真珠の刺繍が施された異国の礼服を身に纏い、その姿はまるで海の精霊がそのまま人間の形をとったかのように可憐で、そして気品に満ち溢れていた。




 ……ただし、その口元に浮かぶ笑みを除けば、である。



「やあやあ、相変わらず大げさな出迎えありがとうございます。……特に、そこの無駄に背だけ伸びた高飛車女」



 開口一番、第一王子レオンが不敵な笑みを浮かべ、セシリアを見下すように顎を上げた。



「あら? 誰かと思えば、相変わらず頭のてっぺんから足の先まで粘着質で湿っぽい、アトランティクスの『タコ足王子』ではありませんこと?」



「なっ……ッ!? た、タコ足とはなんだタコ足とは!!  伝統ある水魔導の衣飾(ローブ)のことを言っているのなら、今すぐ撤回しろ高飛車女!!」




「撤回などいたしませんわ! 幼少期、わたくしの愛用していた日傘をその水魔法でビショビショにして台無しにした罪は、今でも忘れておりませんもの!」




「あれは君が僕の集めた特製深海サンゴを『ただの赤い石ころ』呼ばわりしたからだろうが!!」



 バンッ!


 扇子を閉じて握りしめるセシリアと、額に青筋を立てて詰め寄るレオン。



 再会からわずか三秒。



 事前の宣言通り、激しい口喧嘩が炸裂した。



「……あはは、お兄様たら、相変わらずセシリアの前だと余裕がなくなっちゃうんだから」



 その横で、妹のルチアが可憐にクスリと笑った。



ハーフアップに結われた薄紫の髪に散りばめられた小さな真珠の飾りが、チリンと心地よい音を立てる。



「お久しぶりですわ、セシリア。お兄様の無礼はお許しくださいませね? だってこの人、ここに向かう船の上で『セシリアに会ったらなんて言い返してやろうか』って、ずっと鏡に向かって練習していたんですもの」



「ル、ルチアッ!? お前、何を余計なことを喋っているんだッ!!」



「ふふん! 相変わらず浅はかですわね、レオン!」

「ぐぬぬぬ……ッ!!」



 絶妙なコンビネーションでレオンをあしらうセシリアとルチア。



 ギルバートは「やれやれ」と頭を抱え、アルバートは薄く冷ややかな笑みを浮かべて二人のやり取りを観察していた。





 いつもの光景なのか、国王も王妃も二人を咎めることもなく呆れた様子である。




「……まあいい。くだらない口喧嘩をしにわざわざ海を越えてきたわけではないからな」



 レオンは咳払いをすると、強引に真面目な顔を作り、室内へ視線を巡らせた。



 そして、アルディスの隣に立つエルネの姿に視線を止める。



「……陛下にお渡しした書状通り、エルネ。君だね」


「あ……はい。エルネ申します。レオン殿下、ルチア殿下、ご機嫌よう」




 エルネが優雅に、けれど少し緊張した面持ちで礼を執ると、レオンは品定めるように翡翠色の瞳を細めた。




「フン……先日の婚約パーティーでは不躾な挨拶をして失礼したね。だが、僕は正直驚いているよ。氷竜公爵様(アルディス)を骨抜きにしたというから、どんな妖艶な美女かと思えば……どこにでもいそうな素朴な娘じゃないか」


 ピキリ。


 大気が凍りついた音がした。



「……言わせておけば」


 アルディスの青色の瞳から、容赦のない極寒の殺気が漏れ出す。室内の温度が一気に数度下がり、床に薄い氷の膜が広がりかけた。




「おい冗談だ! 冗談だから殺気を出そうとするな!!」



 レオンが一瞬で引きつった顔になり、自慢の水魔導で防壁を張ろうと身構える。



 ルチアはその緊張感を意に介さず、タタタと軽い足取りでエルネの目の前まで駆け寄ってきた。



「まあ……! お兄様の言うことなんて気にしないでくださいませ! エルネ様、とっても素敵です! 瞳が……まるで深く静かな海底のサファイアみたいで、とっても綺麗……!」



「えっ……あ、ありがとうございます、ルチア様」


「セシリアが『わたくしの親友の世界一可愛くて賢い女の子よ』って手紙で自慢してきて、お兄様はずっと気にしていまして。お会いしたかったんですの! ほら、これ! アトランティクスの港で摘んできた『水魔導真珠』の髪飾りですわ! 先日のお詫びに 差し上げます!」


 兄に代わり謝罪を述べるルチアだが、その表情は穏やかではない。


 後ろに控える施設団の団員の顔色は土のように真っ白だった。





「ええっ!? そんな、私のような者にこんな高価なものを……!」



 遠慮して何歩も後退したエルネに、ルチアはすかさず距離を詰めた。

 逃げることは許さないと言うような距離であった。



「良いではありませんかエルネ、受け取っておきなさい。ルチアからの数少ない『好意』ですもの」



 セシリアが悪い顔で微笑むと、ルチアもまた闇の深そうな笑顔でエルネの手を握りしめた。



 二人の天真爛漫な(そしてどこか身勝手な)勢いに圧倒されつつも、どこか王室らしからぬ雰囲気にエルネの緊張は少しずつ解けていく。





「……コホン! ルチア、いい加減にしなさい!」



 体制を立て直したレオンが、胸を張って歩み出た。



「エルネ。君の鑑定眼がとても珍しい異能を持っていることは聞いている。……だがね、陸の薬草や鉱石が分かるからといって、調子に乗ってもらっては困るよ。我がアトランティクスが誇る海の素材は、陸の生半可な知識では決して推し量れないほど奥深く、そして高貴なものなんだ」



 レオンは懐から、一粒の球体、掌サイズの青い鉱石を取り出した。



 光を透かすと、まるで内部で波が揺らめいているかのような、美しい幻想的な光を放つ鉱石——アトランティクスの宝石『深海藍鉱(しんかいらんこう)』である。


「これは我が国の海の底。それも最深部、水圧と高濃度の魔力が交錯する暗黒の深海でしか採取できない超希少品だ。表面に傷ひとつつけずに採掘するには、熟練の水魔導師が三日三晩——」


「……あ、あの、レオン殿下」


 エルネが申し訳なさそうに、そっと手を挙げた。


 その瞳は、すでに静かな輝き『鑑定眼』の発動状態へと変化していた。




「え? なにかな?」


「その『深海藍鉱』……とても素晴らしい品質ですが、採掘されたのはおよそ半年前……。深海ではなく少し浅瀬ですね? 通常より色が薄めなようです。また内部の含有魔力に、ごく微小な潮毒のクラック、ひび割れが入っています。おそらく採掘時の水圧調整の不手際か遅れたため……。通常のものと同じくこのまま高純度の魔導具に加工すると、使用開始から三ヶ月ほどで爆破暴走を起こす危険があります」



「……は?」


 レオンの手が、ピタリと止まった。



「それから、その鉱石の表面に塗られている保護用のオイル……『深海ウツボの脂』と『月光貝の粉末』を調合したものですね? 非常に丁寧な保存処理ですが、ここまでの道中での高音に晒されたため、品質の劣化が進んでいます。それにより表面のクラックが進行していますので、今すぐ純水に浸して、水か氷属性の微弱な魔力で表面を冷却したほうがよろしくかと……」



「……っ!?!?!?」



 レオンの翡翠色の瞳が、落ちんばかりに見開かれた。



 呼吸を忘れ、口をぐうの音も出ないほど開けたまま、固まる第一王子。



「な……な……な……っ!!」


「あらあら? どうされましたの、タコ足王子? 顎が外れていらっしゃいますわよ?」




 セシリアが「待ってました」と言わんばかりに扇子で口元を隠し、クックックと愉しげに肩を揺らす。



「おい! 誰か出てこい!」


 使節団の中から二名の鑑定官が出てきた。

 レオンの持つ宝石をそっと預かり、真剣に見定め始めた。


「……確かにクラックがあるかもしれません。もっとしっかり鑑定してみないことには……しかし急いで修復しなければなりません」


 二人は謝罪し深々と頭を下げると、慌てて退席した。


 国王は呆れてため息を着いた。


「なんとも素晴らしい事態だな。エルネ、あれはすぐに暴走したりはしないか?」


「大丈夫です。加工の過程で無理な負荷をかけると危険ですが、そのままでしたら問題ないです」


「か……完璧に……完璧に一瞬で見抜かれただと……!? 我が国の最高技術者でも、専用の魔導器具を使って何時間もかかる鑑定を……たった数秒で……ッ!?」



 レオンは施設団員の方は体を向けると、怒りをぶつけるように声を上げた。


「お前たち先ほども確認したではないか! なぜ問題に気がつかない!」




 レオンはガバッと頭を抱え、その場に膝をつきかけた。



「な、なんだあの目は……恐ろしい……!! 陸の平民と聞いて高をくくっていたが、あの娘……海の素材の『声』まで聴いているというのか……ッ!?」



「ふふ、驚くのは当然ですわ。エルネの知識と強靭な意思は、陸も海も関係なく真実を捉えるのですから!」



 セシリアが自分のことのように胸を張り、ドヤ顔を披露する。



 ショックのあまり震える兄の背中を、ルチアがポカポカと叩いた。



「お兄様、格好つけて秘宝を見せびらかしたのに、秒で欠陥を指摘されちゃうなんて格好悪いですわね!」


「う、うるさいルチアッ!! 僕はただ、テストをしただけで……っ!!」



 真っ赤になって立ち上がったレオンは、どこか悔しそうに、けれどその瞳には隠しきれない驚嘆の光を宿して、エルネを凝視した。




「……認めるよ、エルネ。君のその『眼』は本物だ。……いや、本物どころか、我が国の鑑定士たちすら足元に及ばない怪物だ!!」



「は、怪物……ですか……?」


 エルネは褒められたはずなのに、とてもショックを受けた。




「あ、これ、お兄様流の最高級の褒め言葉ですから気にしないでくださいね」



 ルチアのフォローが入る中、アルディスがそっとエルネの肩を引き寄せ、冷やかな声で言い放った。



「失礼だな、レオン王子。我が伴侶を『怪物』などと侮辱するなら、貴殿をアトランティクスまで送り返すついでに、そのおめでたい頭を冷却してやろうか」




「くッ……相変わらず過保護で物傷ない男だな、アルディス公爵……!!」




 王族とは思えないやり取りが一巡し、ようやく場の空気が落ち着いたところで、オズワルド国王が静かに一歩前へ出た。


 

「……さて。挨拶はこのあたりにしておきましょうか、レオン殿下。アトランティクスからの使節団が、事前の予定を大幅に繰り上げて王都へ急行された『真の理由』……そろそろお聞かせ願おう」



 シリルの眼鏡の奥の瞳が、鋭く光る。

 レオンとルチアの表情から、一瞬でふざけた色が消え去った。



「……ああ。本題に入ろう」



 レオンは重々しく頷くと、衣装の胸辺りから一枚の羊皮紙を取り出し、中央のテーブルに広げた。



 そこに描かれていたのは、アトランティクス王国の全海域を示す海底地図。


 そして、その最東端にぽっかりと開いた、黒く不気味な巨大な渦の絵であった。



「我が国の最東端にある巨大な海底の亀裂……『深海の大穴(アビス・フォール)』だ。古くから無数の深海素材が自生する秘境であり、我が国の生命線の一つなのだが……今、ここで異常事態が起きている」



「異常事態……?」


 エルネが身を乗り出すと、ルチアが悲しげに眉をひそめて言葉を継いだ。


「ええ……約三ヶ月前のこと、大穴の底から見たこともない不気味な毒気が湧き出し始めたのですわ。その毒の影響で、周辺の深海魚やサンゴたちが次々と凶暴な魔物へと変貌し、国内の結界を脅かしていますの」



「ただの自然発生的な魔力汚染ではない」



 レオンは噛み締めるように言った。



「僕たち王族の調査隊が命がけで大穴の浅層から持ち帰ったサンプルを解析したところ……本来、海には存在し得ない『陸の危険植物』の成分と、海の『深海毒』が、意図的かつ異常な形で融合させられていたんだ」



「陸の危険植物と、海の毒が……融合!?」


 エルネの胸が、ドクンと跳ね上がった。

 

 陸と海。

 本来であれば、環境も生息魔力も異なる素材同士が自然に混ざり合い、強烈な毒性を保ったまま安定することなどあり得ない。



 調合のロジックとして、明らかに「何者かの意図的な手」が加わっている証拠だった。



「……陸の植物、ですか」



 エルネが考え込むように静かに顎を撫でる。



「レオン殿下。その『陸の危険植物』の波動、もしかして」



 レオンは不快そうに顔を歪め、吐き捨てるように言った。


「……まさか、とは思ったがね」



 


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