現代知識:花火
ドラゴンの恐怖に支配されていた町を、一人の少年が救った。
彼は異世界に転移してきた普通の高校生。
チートは持たないが、持ち前の化学知識と発明の才能で、この世界でも成り上がってきたのだ。
群れを率いていた古龍を、自作の特殊爆弾で見事に粉砕したのだ。
街は歓喜に沸き、酒場には戦士たちの笑い声が響いていた。
「流石だな、異世界の天才! あのエンシェントドラゴンをたった一撃で仕留めるとは。
あの爆弾、国中の魔導師が束になっても敵わない代物だぞ!」
仲間の一人が少年の肩を叩く。
「そうとも! 剣も魔法も敵わない、異世界の知恵だ!
お前はもう立派なドラゴンスレイヤーだぜ!」
仲間が口々に少年を称える。
少年は照れくさそうに、だが得意げに笑った。
「まあな。材料が限られていたから、あの『一発』にすべてを賭けてたんだ。
……そうだ、お祝いにいいものを見せてやるよ。ちょっと待ってろ」
少年は皆を喜ばせたい一心で、店の外へ飛び出した。
彼の故郷では、勝利や祭りの夜には必ず空に大輪の花を咲かせる習慣があった。
荷物から、密かに用意していた特製の筒を取り出し、夜空に向けて構える。
「いくぞ、驚くなよ……」
心の奥で、ほんの一瞬、少年は迷った。
「……でも、きっと喜んでくれるはずだ」
咄嗟に自分を励まし、火を点けた。
凄まじい轟音とともに、光の柱が天を貫く。
一瞬の静寂――そして、夜空が裂けた。
ドォォォォォン!!
赤、青、金。
極彩色の火花が闇を塗り潰し、街を真昼のような輝きで照らす。
「……綺麗……」
仲間たちは手にした杯を忘れ、宝石をぶちまけたような空に見惚れた。
街の人々も、最初は爆発音に身をすくめたものの、次々に窓を開け、屋根に登り、その未知の美しさに酔いしれた。
子供たちは歓声を上げ、老人は神の奇跡だと涙ぐむ。
少年は胸を張った。
「どうだ。花火っていうんだ。綺麗だろう?」
だが、その誇らしげな言葉が消えぬうちに、地の底から響くような地鳴りが起きた。
いや、それは地鳴りではない。
大気を震わせ、内臓を揺さぶる――無数の咆哮だった。
「……今の、何だ?」
誰かが呟いた瞬間、満月が塗りつぶされる。
巨大な影が、一つ、また一つと空を横切る。
それは十や二十ではない。
雲を割って現れたのは、空を埋め尽くすほど膨れ上がったドラゴンの大群。
少年は息を呑む。
――しまった。この世界では、光は「呼び寄せの信号」だ。
敵対するドラゴンを誘き寄せる危険があることを、すっかり忘れていた。
「逃げろ! 隠れろ!」
悲鳴が上がると同時に、ドラゴンの群れが火を吐き、建物を蹴散らす。
守備隊の矢も、逆鱗に触れることなく弾き飛ばされる。
平和を喜んでいた街は、一瞬にして猛火に包まれた。
少年は手に持った筒を落とし、足元が崩れて膝をつく。
自分が呼んだのだ――喜んでもらおうと点けた花火が、この世界では「殲滅命令」だった。
「そんな……喜んでほしかっただけなのに……」
街中に充満する煙が、先ほどまで美しかった火花の匂いと混ざり合う。
崩落する建物の音、人々の絶望に満ちた叫び。
すべては、自分が点けたあの火種から始まった。
夜空には、最後の一発が放った煙が虚しく白く漂う。
その下で、少年が命をかけて救ったはずの街は、灰へと変わっていった。
美しすぎる火花が、少年の瞳に残酷な光を落としたまま――
誤解が生んだ悲劇だけが、静かに夜の闇に吸い込まれていった。
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