最弱モンスター:スライム
戦士と魔法使いがスライムに遭遇した。
魔法使いが詠唱に入ろうとした瞬間――
「待て」
戦士は手で制し、そのまま踏みつぶした。
ぺしゃり、と湿った音がした。
「やっぱ、スライムって最弱モンスターだな。魔法なんて使うまでもない」
靴底を地面にこすりつけながら、戦士は笑う。
「……油断は大敵だ」
魔法使いは、わずかに眉をひそめた。
「身体の隙間から入り込んで、内部で増殖するかもしれないぞ」
「脅かすなよ。そんなの都市伝説だろ?」
戦士は肩をすくめる。
「スライムの本体はコアだ。それ以外はただの水分と分泌液の混合物。学会でもそれが主流だぜ」
「……そうかもしれんがな」
魔法使いは視線を落とす。
「なんにせよ、あとでその足は洗え」
「ははっ、わかったよ。潔癖だな」
それから数年後。
とある山奥の村で、二人は“それ”に遭遇した。
「……なんだ、あれは」
戦士の声が、かすかに震えた。
それは、山だった。
いや――山のように見える、半透明の塊だった。
ゆっくりと脈動し、周囲の木々を呑み込みながら、確実にこちらへと迫ってくる。
「スライム……なのか?」
「……ああ。間違いない」
魔法使いの声も固い。
「だが、規模が異常だ」
「早く魔法で何とかしてくれ!」
「……やってみる」
短い詠唱。放たれた炎は、巨大な体表をわずかに蒸発させただけだった。
じゅ、と小さな音がして、すぐに元に戻る。
「……焼け石に水だ」
魔法使いは吐き捨てた。
「けん制しながら引くぞ。これは個人でどうにかなる相手じゃない」
命からがら逃げ延びた二人は、王都へと報告を上げた。
城壁に届こうかという巨大スライムの出現。
にわかには信じがたい報告に現場は混乱したが――
やがて、引退した大賢者が呼び戻される。
大地を抉る大規模魔法によって、スライムは完全に消滅した。
周囲一帯は、文字通り“何もない地面”へと変わっていた。
「……どうされましたか、お師匠様?」
弟子が、慎重に声をかける。
「何かご懸念でも? あのスライムは、確実に滅びました」
「ああ……あの個体は、な」
大賢者は、焦げた大地を見つめたまま答える。
「確かに儂が滅した。それは間違いない」
しばしの沈黙。
「儂が気にしているのは、そこではない」
「……と、申しますと?」
「この辺りには、もともと池があったはずだ」
弟子は周囲を見渡す。
そこには、水どころか、湿り気すら残っていない。
「……言われてみれば」
「おそらく、あのスライムは池の水をすべて取り込んだのだろう」
低く、重い声。
「成長のために、な」
弟子は言葉を失う。
「まさか、あそこまで大きくなるとは……」
「ですが、お師匠様はそれを滅ぼしました」
弟子は慌てて言葉を重ねた。
「仮に同じようなスライムが現れようと――」
「買いかぶるな」
ぴたりと、言葉が止められる。
「問題は、“同じものがどこにいるか”だ」
大賢者は、遠くを見るように目を細めた。
「もしも……同じ特性のスライムが」
「より多くの水を持つ場所にいたとしたら――」
弟子は、はっと息を呑む。
「……海、ですか」
「そうだ」
しばらくして、大賢者は小さく首を振った。
「……いや、考えすぎだな。儂も歳を取った」
「そんなものがいたなら、とっくに世界は滅んでおる」
弟子は、ほっと息をついた。
その頃。
遠く離れた、果てしなく深い海の底で。
それは、静かに脈打っていた。
光の届かぬ暗闇の中で、わずかに形を変えながら――
周囲の水を、ほんのわずかずつ取り込み続けている。
気づく者は、まだいない。
それは、ゆっくりと。
確実に。
成長していた。
そして数十年後――
それは、世界を飲み込む。
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