第五章:泥濘の祈祷 [第六十一話]反撃の銃声
(視点:新井 恭二)
「……ふぅ。これで最後、っと」
陣内さんは、地面にへたり込んだ最後の狩人の死体に、
とどめの一撃を食らわせた。
その動作には、一切の無駄がない。
俺と正人は、そのあまりの圧倒的な手際に、言葉を失うしかなかった。
「恭二くん、正人くん。行きますよ。
小林先生がロビーで踏ん張ってる」
陣内さんは長槍を軽々と担ぎ、
弾倉をリロードした散弾銃を腰に下げて、
振り返りもせず廊下を走り出した。
「はい! ……くっ」
俺は砕けた右腕を庇いながら、必死に食らいつく。
ロビーの方角からは、断続的だが、
以前よりも明らかに射撃の間隔が空いた銃声が響いてくる。
先生の弾が、尽きかけている。
俺たちは廊下を駆け抜け、ロビーへと飛び出した。
そこは、
つい先ほどまでとは一変した地獄絵図だった。
「……ッ!!」
小林先生が、
ロビーの中央で孤軍奮闘していた。
弾切れになったのか、
ハンドガンを投げ捨て、落ちていた警備員の特殊警棒を二本拾い上げ、
襲い来る狩人の刃をいなしている。
だが、
その動きには、明らかに疲労の色が見えた。
狩人たちの異常な熱気と、
倒しても倒しても這い寄ってくる「熱暴走した死体」の数に、
最強の戦術家である先生でさえも、防衛線を維持するのが精一杯の状態だ。
「先生!!」
正人が鉄パイプを構えて叫ぶ。
先生が狩人のマチェットを警棒で弾き飛ばし、
わずかにできた隙間に、陣内さんが飛び込んだ。
ドオォォンッ!!
散弾銃が火を噴き、
先生に迫っていた一体の狩人の肩を吹き飛ばす。
「……遅い」
小林先生は短くそう言って、
汗にまみれた顔で薄く笑った。
「だが、援軍としては満点だ。
陣内、前衛を頼む。俺は呼吸を整える」
「了解っス」
陣内さんが長槍を構え、狩人の突進を迎え撃つ。
しかし、狩人の増援は止まらない。
ロビーの入り口から、さらに三体、四体と、
黒い影がシューシューと湯気を吹き出しながら這い出てくる。
どれだけ倒しても、連携して襲ってくるこのバケモノたち。
先生の戦術を持ってしても、
この圧倒的な物量と、死なない肉体の前では、
勝機を見出すのは不可能に思えた。
その、絶望的な均衡が崩れようとした時だった。
『……っ!? 恭二! 小林先生!!』
耳につけた無線機から、
情報分析室にいる暦の、必死な声が響いた。
『康二くんが気づいたの!
あいつら、異常な反射速度で動くために、
聴覚と平衡感覚を極限まで過敏に調整してる!
生物兵器としての『センサー』が、人間とは比較にならないくらい繊細なのよ!』
『……! 康二、まさか』
無線越しに、康二の緊張した声が聞こえる。
『この市役所の放送設備、館内全域のスピーカーを最大出力で繋ぎました。
今から、特定の周波数をぶち込みます。
……狩人の、脳が焼き切れる音を!』
『みんな、武器から手を離して! 今すぐ耳を塞いでーーっ!!』
暦の切羽詰まった叫びに、
俺たちは咄嗟に武器を手放し、両手で強く耳を覆った。
直後。
キィィィィィィィィィィィィィィンッッッ!!!!!!
両手で塞いでいてもなお鼓膜を突き破り、
脳の芯まで直接揺さぶるような、
暴力的なほどの『超高周波』が、ロビーを支配した。
「ぐっ……、あぁっ!」
俺も正人も、たまらずその場にしゃがみ込む。
事前に耳を塞いだ人間でさえこれだ。
異常に発達した聴覚を持つ狩人たちにとって、
それは音ではなく、脳髄を直接破壊される物理的な『激痛』に等しい。
「アァァ……アァァァッ!!」
狩人たちが、初めて人の形をした苦悶の声を上げた。
彼らは防毒マスクの上から両手で頭を抱え、
千鳥足でフラフラと踊り狂う。
今まで完璧だった連携は霧散し、
平衡感覚を失った彼らは、
互いにぶつかり合い、
無軌道に武器を振り回して、自滅に近い乱戦状態に陥った。
「……今だ!!」
小林先生が、
拾った警棒を握り直し、床を蹴る。
「聴覚が死んだ!
連携も何もあったものじゃない!!
一気に叩けェェェッ!!!」
その号令は、
地獄のような戦場を、反撃の舞台へと塗り替えた。
散弾銃の轟音、
正人の鉄パイプが肉を叩く音、
そして陣内さんの長槍が、
混乱する狩人の急所を正確に貫く鋭い音。
今、
最強の矛が、反撃の狼煙を上げた。




