第四章:硝煙の糧 [第四十六話] 死せる市場
赤い非常灯が、死にかけた心臓のように不規則に明滅を繰り返した。
康二の灯した火が、かつての「消費の楽園」の成れの果てを白日の下に晒した。
一行が辿り着いた地下一階の食料品売り場は、巨大な腐敗の海と化していた。
視界に飛び込んできたのは、無残にひっくり返されたショーケースの列だった。
かつては新鮮な肉や魚が並んでいたであろう棚には、今やどす黒く変色した肉塊と、
カビに覆われた残骸がこびりついている。
剥げ落ちたリノリウムの床には、乾いた血痕が幾重にも重なり、
抽象画のような模様を描き出していた。
天井から吊り下げられた「本日のお買い得」の看板が、
空調の微かな風を受けて、キィキィと耳障りな音を立てて揺れた。
「……ひどい匂いだ」
正人は鼻に付く悪臭で顔を歪め、空いた手で口元を強く拭った。
彼は盾を胸元へ引き寄せ、錆びたショッピングカートの山を蹴り飛ばして進路を作る。
金属がぶつかり合う高い音で静まり返ったフロアに不気味に響き渡った。
恭二は小銃の銃口を左右に振り、レジカウンターの影を執拗に走査した。
彼の指は引き金に添えられたまま、微かな震えも見せずに獲物を探し求めている。
恭二の背中は、汗でじっとりとシャツを張り付かせていたが、
彼は一歩ごとに足元の感覚を確かめるように慎重に踏み出した。
「……康二、エスカレーターは」
「……あ、あの奥です。……でも、一部のベルトコンベアが勝手に動き出しています。
……巻き込まれないように注意してください」
康二は脂まみれの眼鏡を指で押し上げ、激しく上下する胸を押さえた。
彼は手にした構造図を握り締め、周囲の惨状から目を逸らすように、
足元の安全な場所だけを見つめて歩を進める。
康二の足取りは重かったが、彼は止まろうとする膝を拳で叩き、必死に恭二たちの背中を追いかけた。
不意に、フロアの奥にある業務用コンベアが、ガタガタと音を立てて逆回転を始めた。
その振動に誘われるように、生鮮コーナーのバックヤードから、
数体のレヴァナントが這い出してきた。
彼らの皮膚は冷蔵設備の冷気で青白く変色し、剥き出しの歯をガチガチと鳴らしている。
「……恭二。……三体、左の惣菜コーナー。……二体、右の飲料棚の後ろ」
沙耶が短く告げると同時に、影のように滑り出した。
彼女は倒れた商品棚を跳び箱のように飛び越え、空中でナイフを抜き放つ。
沙耶の着地は無音であり、彼女の刃はそのまま流れるような動作で、一体の首を根元から断ち切った。
彼女は返り血を浴びても眉ひとつ動かさず、次なる獲物との距離を瞬時に見極め、
低い姿勢で地を這うように加速した。
稲美は沙耶の動きに合わせて小銃を構え、右側の敵を正確に射貫く。
彼女は薬莢が床に落ちる音を聞きながら、素早く周囲の死角を確認し、
康二の肩を抱き寄せるようにして遮蔽物の陰へと誘導した。
稲美の口元は固く結ばれ、彼女の視線は戦況の推移を冷徹に分析し続けている。
「……ここを抜ければ、貨物エレベーターです。……その先に、備蓄倉庫があります!」
康二の声が、激しい戦闘音の中で弾けた。
恭二は最後の個体の頭部を撃ち抜き、立ち上がる煙を振り払うように銃を構え直した。
彼の視線の先には、血塗られた市場を抜けた先に佇む、巨大な鉄の扉が見えていた。
三十分の猶予が、刻一刻と削られていく。
彼らは血と腐敗の匂いを振り切り、さらなる深淵へと足を踏み入れた。




