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REVENANT: SHONAN ZERO  作者: 狐目の仮面
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第四章:硝煙の糧 [第四十七話] 深淵の静寂



 巨大な貨物エレベーターの鉄扉が、重々しく閉まった。

 カゴ全体が不快な振動を立て、深淵の底へとゆっくりと降り始める。

 頭上の剥き出しの電球が、康二の供給した不安定な電力に喘ぐように、

 黄色い光を不規則に明滅させた。


 エレベーターの内部は、十畳ほどの広さを持つ殺風景な鉄の箱だった。

 壁面を覆う波打つ鋼鉄板には、過去の荷役でついた無数の傷跡と、

 黒ずんだ機械油の汚れがこびりついている。

 隅に積み上げられた空のパレットからは、カビと埃の匂いが立ち上り、

 閉鎖空間の空気をいっそう重く沈ませた。


「……ふぅ、一息つけるな」


 正人は鋼鉄の壁に背中を預け、ずるずると地面に腰を下ろした。

 彼は震える手でシールドのストラップを解き、硬くなった肩の筋肉を拳で強く叩く。

 正人の鼻腔からは荒い吐息が漏れ出し、彼は首筋を伝う汗を、

 汚れを拭う余裕もなく手の甲で乱暴に拭った。


 恭二は壁際に立ち、小銃の残弾を確認するためにマガジンを指先でなぞった。

 彼の目は、刻一刻と変化する階数表示のデジタル数字を、射抜くような鋭さで見つめ続けている。

 恭二の指先は、冷たい銃身の感触を確かめるように何度も微細に動き、

 彼は次の戦闘へ向けて精神の紐をギリギリまで締め直した。


「……新井くん。これ、飲んどきな」


 稲美が医療バッグから泥のついた水筒を取り出し、恭二の胸元へ無造作に差し出した。

 恭二はそれを受け取ると、渇いた喉を鳴らして一気に水を流し込み、水筒を稲美へ返す。

 稲美は恭二の顔色をじっと覗き込み、彼の肩を一度だけ、プロの重みを持って力強く叩いた。


 康二はカゴの中央で縮こまり、膝の上で握り締めた構造図を食い入るように見つめた。

 彼は奥歯をガチガチと鳴らし、その音を消すように自分の膝を両腕で強く抱きしめる。

 康二の視線は、鉄格子の隙間から見える暗黒の昇降路に吸い込まれ、彼はまだ見ぬ最下層への恐怖を、

 必死に飲み込もうとしていた。


 沙耶は一人、扉のすぐ前に直立し、彫像のように動かなかった。

 彼女の指先は、逆手に持ったナイフの柄を一定のリズムで叩き、

 周囲の微かな音の変化を拾い上げている。

 沙耶の瞳には感情の色はなく、ただ獲物を待つ獣のような冷徹な輝きだけが、

 明滅する光の中で点滅を繰り返した。


「……ねぇ。この作戦が終わったら、何が食べたい?」


 稲美が不意に、場違いなほど穏やかな声で問いかけた。

 正人は一瞬だけ顔を上げ、天井を見つめて唇をわずかに緩ませた。

「……肉だよ。焦げ目がつくまで焼いた、分厚いステーキだ」


「……僕は、温かいスープがいいです。……お母さんの作る、野菜がいっぱい入ったやつ」


 康二の細い声に、恭二は自分の空腹を初めて自覚したように、腹を強く押さえた。

「……俺は、炊きたての白い飯がいい。……おかずなんて、なくていい。……ただ、腹一杯に」


 彼らが束の間の日常に想いを馳せた、その瞬間だった。


 ズゥゥゥゥゥン……。


 カゴの底を突き上げるような、重厚な震動が走った。

 エレベーターを吊るす太いワイヤーが悲鳴を上げ、鋼鉄の箱が大きく左右に揺れる。

 それは音というよりも、内臓を直接揺さぶるような、低周波の「咆哮」だった。


 地下二階。

 彼らが目指す、備蓄倉庫の暗闇の奥から。

 人間が発することのできない、圧倒的な質量を持った「何か」の声が、鉄の壁を伝って響き渡った。


「……来た。……大きい」


 沙耶がナイフを構え直し、腰を低く落とした。

 恭二は小銃のセレクターを再び解除し、冷たくなった床をブーツで強く蹴って立ち上がる。


 希望の扉が開く前に。

 地獄の門番が、その牙を剥いて彼らを待っていた。

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