第二十九話:緊張感のある緊張感のない会話の先に。
「皆の者、よくきてくれた。この忘れ去られたカミの元に…。」
それは芯のはっきりした聞き取りやすい声だった。
意外にも女性のような印象を受けるその声だが、どこかから、つまり誰かから発せられているというよりも、どこからともなく響いてくると言った印象だった。
その証拠であるかのように、あたりを見回しても誰もいない。
しばし誰もが無言だった。
他の人たちがどうかはわからないが、少なくとも私はその威厳のようなものに圧倒されていた。
アカネちゃんにしてもツムギちゃんにしても神使の役割というが、なんというか、正直言ってあまり神聖性のようなものは感じなかった。
むしろ親しみやすさの方が先立っていたとも言える。
けれどいざカミと呼ばれているものに対峙すると、これは流石に圧倒されずにはいられない。
心臓が凍るような、肌が粟立つような…。
「ヨドミノヌシ様ですね?」
「さよう。そなたは、管原シノブ…管原家のものか…。」
「はい…。」
そんなものの前に、シノブは自分から果敢に話しかけていく。
まぁ確かにそうでなければ話は進まないが。
シノブのいつものあのキョドった感じが消え、真剣そのものの顔。
なんだか、ここ数日でいろんな人のそんな様子は何度となく見てきたような気がする。
特に何か人間ではないものに対峙した時、あるいはそうした何かを自分が行おうとする時。
これこそいわゆる「神がかる」という状態なのかもしれないとふと思った。
「お話の要件をお聞かせ願えますか?」
「そなたたちの要件とほとんど同じはずじゃが。」
「それはつまり?」
アカネちゃんも参戦する。
シノブとアカネちゃんが空中に向かって話しかけるさまざまな面で異常な状況である。
それはもう認識阻害ですわ。
このいろんな意味でヤバすぎる状態をコラおじや大家さんにでも見られようものなら、私たちは即このアパートを追放される羽目になるだろう。
「神使のアカネか。久しぶりではないか?」
「うぐっすみません…。」
「良い。気にするな。あの頃は多くのヌシが死んだ。妾も弱っていた。それに、担当もそなたではなかったしな…。」
「担当の神使は…。」
「小さな竜の子だったが、戦火に焼かれ死んでしまった。今ではこの子らが代わりをしてくれておる。」
それはおそらく、少年のことなのだろう。
そちらを見ると、少年が微笑んで小さくお辞儀をした。
カミごとに神使がいるのか…。
同じ神社だったと言っていたが…。
「それよりも、私の土地であの忌まわしい術の気配があったな?」
「死霊術の…。」
「そうじゃ。冒涜的なあの術。カミの元に帰った魂を利用しようなどと…。」
その声は、怒りに満ちている。
共感によってか、それともそれがカミのカミたる所以なのか、まるで自分のことのように怒りが感じられた。
「許されざることじゃ…。そなたたちは、あれを排除しようというのだな?」
「はい…。」
「そのために協力せよと?」
「奴らが、…彼女を、角谷カナコを狙っているようなのです…。」
「そうであろうな。」
え?
そうであろう、というのはどういうことだろうか?
これまで、私がなぜ狙われているのかは、派遣機構の誰もわからなかった。
狙われているということ自体はすでに知っていて、対策は講じていたようだが。
だが…。
これが神のみぞ知る、ということなのだろうか?
「そう驚くな。角谷家のカナコだったな?」
「んっ!?」
声にならない声が、悲鳴のように私の口から漏れた。
そりゃそうだ。
まさか本当に神様と話そうなんて思っても見ない。
自分は別に不敬なほど信心の足りない人間であるとも思わないが、かといって何か宗教を信じているとかいうわけでもない…。
その私が、彼ら彼女らから見て、何を思われているのやら…。
「ははは。そんなに気張るな。何もとって食おうというわけではない。まぁそうしようとすればできないこともないが…。」
「んぬぇ…?」
思わずマジで変な声が出てしまった。
「そなたは、畏敬の念を知っている。それは偉大なことだが、ただ恐れているだけでは目的は果たせまい。」
「そう…ですか。」
「おそらく、今の時点では、奴ら術師のことは、妾の方がより多くを知っていよう。」
「教えられないと…?」
「そうじゃ。それは掟でもあり、妾の信条でもある。だが、いくつかヒントを与えることならできる…。」
「ヒント」というカタカナ語が突如登場したことに驚いている場合でもない。
「フッ冷静だな。良いことじゃ。」
…。
これは…?
ニコと同じ能力?
「いや、それほどの精度ではないが…そなたの契約相手…ニコが特に強い能力を持っているというのもあるが…。土地の出来事、大きな感情の流れくらいは読める。」
神様にはどんなことでもお見通しだと、情操教育なんかで言ったりするけども、どうやらそれは本当のことらしかった。
〜次回予告〜
ニコ:「わっ私、ヌシの方と実際にお話しするの初めてです。」
ヨドミノヌシ:「そうか?それは良かったの。」
ニコ:「はいっ。でも穢れが強くて、こんなに優しい方がヌシであったなんて分かりませんでした…。」
ヨドミノヌシ:「一度も口を聞いていないのに、優しいと?」
ニコ:「はいっ。人間や幻獣だけじゃなくて、なんとなくその土地のヌシの方の雰囲気もわかったりはするんです。」
ヨドミノヌシ:「そうか…。まぁその能力に振り回されぬようにな…。」
ニコ:「え?」
ヨドミノヌシ:「それより、次回予告とやらをせねばならんのだろう?」
ニコ:「そうでした!次回は『第三十話:緊張感のある緊張感のない会話の先に。(後編)』をお送りします。」
ヨドミノヌシ:「楽しみにしていると良いぞ。」
幕




