76話 獣人の国に別れを
砂漠の日差しが、それでもまだマイルドな朝。
俺たちは墓地へとやってきていた。
「人の数、多いですね」
「ああ」
「……わかってると思うけど、あんたたちのせいじゃないんだから。変に気を病んだりしないでよね」
不死薬事件では、瘴気の散布による人的被害はなかったものの、その前の魔物の大量発生では少なくない犠牲者を出していた。
事件から数日。まだまだ人々の傷は癒えない。墓前で泣き崩れる者、呆然と立ち尽くす者もいる。
そして俺たちがここに来た理由。それは……。
「ひとまずちゃんと埋葬されたようでよかった」
「ハクさんのおかげですね」
一般人と変わらない見た目の墓石に手を合わせる。
そこにはベリルの名が刻まれていた。
今回の一件の首謀者とも言える彼女がまともに埋葬されたのは、言うまでもなくハクさんの計らいだ。
「不死薬のことを教えてくれたのはベリルだったのよね?なんで教えてくれたの?」
「はっきりとはわからない。ただ言ってたのは、勝つのは我々だって信じてるってさ」
「我々って、不死薬の情報って帝国にとっては不利になる内容ですよね?」
「そうだな。わからないけど、あいつは自分のしたことを悔いているようだった。あいつ個人の目的は、帝国のそれとは違ったのかもしれない」
「……もっと話し合えてたら、結末も違ったのかもしれませんね」
「起きちゃったことを考えても仕方ないわよ。それに、あっちに話し合いの意思があったとは思えないわ」
マリアの言う通り、現実になってしまった結末は変えられない。
持参した花束をそっと置く。
「そろそろ時間だな、行こう」
徐々に強さを増す日差し。俺たちはその場を後にした。
◇
「お、来たか。用事は済んだのか?」
「ああ。ダズたちも準備は大丈夫か?」
「私たちはもともと旅行で来てますから、ほとんど荷物も無いんです。あ、マリアさんもっと奥が空いてますよ!」
「ありがと、エマさん」
次の行き先が始まりの国と決まってから数日、俺たちは始まりの国へ向かう乗り合い馬車……ならぬラクダ車の護衛依頼を引き受けた。依頼と移動を兼ねるのは、冒険者のよくやる手法だ。
ダズたちもそろそろ帰る頃だとわかっていたので、声をかけて一緒に帰ることにしたのだ。
ちなみになぜ望郷の指輪を使わずラクダ車を使おうとしているかだが、百年祭で顔が知れすぎたので、一瞬で移動することに伴う不自然さをごまかせなくなったためだ。
……普通に指輪を使おうとしてハルカたちに怒られたりはしていない。断じて。
「それにしても、よかったのか?シスさんに薬を直接渡しに行かなくて」
「いいのよ。むしろそんなことしたら『貴重な1年間の数日を無駄に使うとは何事ですか!』とか怒られるわ。手紙と一緒に送っとけば十分よ」
少し心配だったことをマリアに確認したが、全く問題ないそうだ。まあ本人がいいと言うならいいだろう。
さて、もうすぐで出発のはずだが……。
「おおーい!!」
お、来た。一応俺たちがこのラクダ車で出国することは知らせてるからな。
「ナズハさん!見送りに来てくれたんですね!」
「ふ、好敵手の門出を見送るくらいの器量はある。次に会った時、私もお前も今とは全くの別人になっているはずだ。未熟なお互いの顔をしっかり覚えておくのも悪くないだろう」
「相変わらず真面目ですね、ナズハさん。あれ、コノハちゃんは?」
「む?私と一緒に来ているはず……んん?コノハ?どこだ?」
せっかく見送りに来てくれたナズハだが、どうやらコノハが見当たらないらしい。迷子か?
ごそごそ。
ん?
「…………」
尻尾だ。荷物の木箱の一つから尻尾が出ている。おまけに時折ゆらりと揺れている。
触ってみたい。触ろう。むぎゅ。
「ぴゃ!」
ぽふっという音と共に、キツネ耳の少女が現れる。
やっぱりか。
「コノハちゃん!こんなところに!」
「こらコノハ!その術を安易に使うなといつも言っているだろう!」
「バレたでござるぅ……」
しょんぼりと落ち込むコノハ。
耳と尻尾もぺたりと垂れてしまっている。
ハルカたちが別れの挨拶を交わす一方、別の気配が近づいてくるのを感じた。
「ショウ。行くのか」
「コンゴウさん」
静かに近づいてきたのはコンゴウさんだった。
……どことなく周囲を警戒しているようだ。
「ショウ。機械帝国のことだが、俺は個人的に探ってみるつもりだ。可能なら、お前にも協力してほしい。奴らの動きは不自然に過ぎる。ヴォイドの唐突な離反も偶然とは思えない。どんな内容でもいい、もし俺に伝えてもいいと思う情報があれば、ここに手紙をくれ」
コンゴウさんが懐から一枚の折りたたまれた紙を差し出す。
俺はそれを受け取ると、黙ってうなずいた。
「おう、内緒話か?」
「ぬおっ!グ、グレタ、お前いつからそこに……」
ぬっとあらわれたグレタに驚くコンゴウさん。
「聞いたぜ。俺もその話、一枚噛ませろよ」
「……いいのか?お前、この手の活動は苦手だろう?」
「ま、そうだな。だから俺はいつも通り過ごすぜ。死の大陸にいる奴らから何か聞けたら教えてやるよ。政治とかそういうのは興味ないけどな、今回のこれはムカついた。これ以上あいつらの好き放題にさせるかよ」
珍しく怒りをあらわにするグレタ。
両拳をぶつけあわせ、気合十分だ。
「コンゴウさん、また連絡する。まだ自分の身の振り方を決めたわけじゃないが、帝国のやり方に怒りを感じてるのは俺もだからな」
「助かる。だが気を付けろ、お前がこの件に無関係でいられると思えん」
「風邪ひくなよ!」
コンゴウさんとグレタと話していると、また別の人物……ハクさんとギンがやってきた。
「ショウ!名残惜しいな、もう出発とは!」
「ハクさん。ありがとうな、色々と。これから大変な時期だとおもうけど、みんなと頑張ってくれよ」
「ふふ、任せておいてくれ。我は一人ではない。そしてこの国は強い。この程度でへこたれんよ。……そうだ、それよりも気になっていたことがある」
「気になっていたこと?」
「うむ。その呼び方だ。ハクさんなどと他人行儀な呼び方はよしてくれ。我らの仲だろう?」
ハクさんとの距離が最近妙に近づいている気がする。
……立場上、友人と呼べる存在がいなかったんだろうな。
「そういうなら。また遊びにくるから、その時はよろしくな、ハク」
「うむ、うむ!息災でな!」
大きく頷くハク。
色々あったが、この様子ならハクも、この国も大丈夫だろう。
百年祭の開会式でも言ってたしな、『我らは強い』って。
「出発するぞ、ショウの旦那!準備はいいか?」
「ああ、大丈夫。ハルカ!時間だ、行くぞ!」
「あ、はーい!じゃあ、また会いましょうね!」
出発の時がやってきた。
こうして俺たちは獣人の国セツナ連合国に別れを告げた。次の目的地は始まりの国ファリス王国。
砂道を揺れ少なく走るラクダ車が、岩の壁の間を走っていった。
◇
「それは本当か?」
『九分九厘』
「そうか。バロルドには言ったのか?」
『当然。それが理想への近道』
「チッ。お前はそういう奴だった。まあいい。どうせこっちでまともに動けるのは俺とフーリくらいだ。……いや待て、あのイカレ女にそのこと言ってねえだろうな?」
『ありえない。おそろしい。そこまで愚かじゃない』
薄暗い室内で、細身の男が音声を発する魔道具と会話する。
男が抱える槍にはべっとりと血糊がついていた。
「だろうな。となると、そろそろここで遊ぶのも仕舞いだな。死ぬ覚悟のできてるやつを殺しても面白くねえしな……」
『現実干渉はしばらく使えない』
「いいさ、どうせまだしばらく動き出しはしないだろ。ただし、あいつを捕らえるって話になったら必ず俺に声をかけろ。あいつには返したい借りがある」
『わかった。……関係ないけど一ついい?』
「あ?なんだ?」
『ゲイス、丸くなった?』
「殺すぞ」
『らしくなった。じゃあまたいずれ』
魔道具が機能を止める。
男はひとり呟く。
「ふうぅ……くそ。イライラするぜ。やっぱり殺さねえと。雑魚じゃダメだ。やっぱりあいつを…………だが…………そうだ。あいつを殺せないなら、その仲間を殺したらいい。あいつはどんな顔をするんだ?ククク……」
醜悪な笑みを浮かべる男の、かすれた笑いが部屋に反響していた……。
第3章終了です。
軽くおまけを挟んで第4章に入る予定ですが、プロットは相変わらず定まり切ってません。




