73話 事件の終わり
「…………!!」
シュミリオ。ショウが目覚めた店の店主であり、旅の始まりをもたらした人物。
ショウとヴォイドの試合中に起きた魔物の襲撃により、ハルカは二人の試合を最後まで見ていない。そのためヴォイドがリオラ殺害したと言い切ったことを知らなかった。
その驚きを抜きにしても、想定外の人物の唐突な登場は彼女に相応の衝撃を与えた。
加えて、目の前で起きた無詠唱での魔術の行使も、彼女の知る理屈の上では不可能な内容であった。
「凄く混乱しているみたいだね。じゃあ、はい」
再びシュミリオが指を鳴らす。
すると混乱に埋め尽くされていたハルカの頭が、別の混乱を生み出しそうなほどあっさりと整理された。
「……私に、何か用ですか?」
「混乱は解けても警戒までは解けないか。用ね、ショウの奥さんと直接話してみたかったって言うのと、ついでに予防線を張っておこうと思ったのさ」
「予防線?ますます訳が分かりません」
「まあそれは後でいいよ。それよりも是非、君たちの旅のことを聞きたい。いいかな?」
「…………まあ、いいですけど」
「話すのか……」
警戒した様子に反しあっさり話し始めるハルカに、ナズハが苦笑いを向けた。
◇
「……で、ここに至るわけです」
「なるほど。なかなかどうして、退屈しない旅をしているんだねえ」
「そうでしょうそうでしょう!」
ふんすと鼻をならすハルカ。
誇らしげな面持ちの彼女だが、その栄華は続かない。
「……ハルカ?」
「??」
「最後まで何も言わず聞いてしまった私が言うのもなんだが……私が聞いてしまってよかったのか?ショウ殿が魔物だとか、マリア殿が聖女だとか……」
「……あ゛!!!!」
「ちょっと休んだ方がいいんじゃないか?ハルカ」
口を滑らし続けていた事実に気がついたハルカに、呆れを通り越して心配になるナズハ。
それを見て、クスクスと笑うのはシュミリオ。
「結構うっかりさんかな?気を付けてね。彼も結構抜けてるところがあるみたいだし。お似合いとも言えるけどね」
「えへへ、気を付けます」
照れながら答えるハルカに、シュミリオが近づく。
「……本当に、気を付けてね。彼は普通ではいられない。きっとこれから、いろんな苦労をするはずだから」
彼女が何かを握った手を出す。
それを見たハルカが手を差し出すと、そこにペンダントが置かれた。
「お守りだよ。今の僕にはこんなものしか用意できなかったけど、これを肌身離さず身に着けておいてね」
「綺麗……これが、さっき言ってた予防線ですか?」
「その通り。詳しい説明は省くけど、万が一の時に役に立つかもしれない。基本的には見た目通りのアクセサリー以上の効果はないから、あてにはしないでね」
「アクセサリーなんてしたことなかったですし、それでも十分です!つけておきます!」
いそいそとペンダントを身に着けるハルカ。
それを見るシュミリオの微笑みは、仮面に隠れて見えなかった。
「素直でいい子じゃないか。安心したよ。僕にその資格はないかもだけど、君たちの幸せを願っているよ。そろそろ時間だ、行かなくちゃ」
「シュミリオさん、また会えますか?」
踵を返すシュミリオの背中に、ハルカが声をかける。
びくりと、驚いたようにシュミリオが動きを止めた。
「人にそんなことを言われるのは随分久しぶりだ。また会えるかはわからない。けど、僕もできる限りのことをしてみるよ。君と、彼と、そして君たちが守りたい人たちが笑えるようにね」
そう言い、一歩歩みだしたシュミリオが、再び足を止める。
「そうそう、オーフェンたちに会いたいなら、始まりの国の『白雪山脈』に行くといい。ちょっと入り方に工夫が必要かもだけど、まあなんとかしてね。じゃあ―――またね」
「え!?―――シュミリオさん!」
シュミリオ建物から一歩出たところで、ハルカが後を追って外へ出る。
しかし、既に彼女の姿はなかった。
「消えた?」
「一体なんだったんだ、あの人は。……いや、考えても仕方ない。それよりも今は報告が先だ。行くぞ、ハルカ!」
「……そうですね。今はそっちが優先です!」
シュミリオを名乗る、仮面の少女の襲来。
唐突に表れて唐突に消えたその少女の正体を考えることを後回しにした二人は、現地の冒険者ギルドに不死薬の散布を阻止したことを報告した。
感謝の言葉を受け取る二人は、しかし他の都市への心配が心を突いたため、中心都市クオンへと戻った。
砂鮫に乗るか乗らないかで二人の間に起きた一悶着については伏せておく。
◇
「よく無事で戻ってきてくれた、諸君。此度の協力にまずは心よりの感謝を。そして各々に相応の対価を贈ることを約束しよう」
議事堂は瘴気による汚染が激しいため、コロシアムに再度集合した俺たちは、ハクさんを中心として今回の一件の顛末を聞いた。
魔物が発生した各自治区及び中心都市クオンは、いずれも浄化が必要な状態となった。
特に最後まで外部の人間の侵入を拒んだクマ族自治区は不死薬への対応が遅れ、周辺から人を逃がすことで人的被害を防ぐだけに終わったらしく、不死薬周辺の浄化は数年規模でかかるとのことだった。
これからのセツナ連合国の外交的立場などに関しての説明まではさすがになかったが、直接的に国民に危害を加えた機械帝国との関係が最悪に近いものになることは誰の目にも明らかであった。
俺たちが各々の報酬を受け取ったのは議事堂の浄化が済んだ数日後だった。
その間に公開された情報では、自国に逃亡を図っていた機械帝国の部隊がイヌ族自治区で捕らえられたらしく、捕虜として軍に引き渡されたとのことだった。
またヴォイドの正体が魔物であったことは、人類の希望たる白金級冒険者が魔物であったことを根拠とした冒険者ギルドへのマイナスイメージの流布に繋がったほか、「人型の魔物が存在する」という事実を人々に知らしめた。
機械帝国を中心に戦争が起こるかもしれない。
冒険者ギルドは信用できないかもしれない。
自分の隣に立つ人が人間でないかもしれない。
国への、組織への、隣人への疑心暗鬼が世界にうっすらと広がっていた……。
◇
砂漠の中を、一台の車が走る。
一人乗りのバギーのようなその車には、帝国の制服を気崩す女が乗り、手に持った瓶を目線の少し上にかざした。
「所詮、役立たずは役立たずのままでしたねえ」
瓶が砂漠の激しい日差しを反射する。
女はその光を見つめながら、目を細めた。
「ふふ、しかしそんな役立たずもしっかり役立たせるのができる上司なのですよ。しっかり目的は果たしました。今これをお持ちしますよ、陛下。いえ、お父様……」




