68話 緊急事態
喰らった魂の数……?
あまり意味が掴めていないが、もしこれが何かの比喩でなく文字通り他者の魂を喰っているというのなら、そんな芸当聞いたこともない。
「意味がわからないか?」
「……ああ、わからないな」
こちらの考えを見透かしているのかと思うような言葉だが、それよりもことの真意を見極めたい。
「お前はさっきの『嗜眠』を俺の能力だと思っているだろうが、それは違う。あれは俺が奪った能力の一つに過ぎない。他者を殺し、魂を奪うのが俺の能力だ」
殺して、魂を奪う。『嗜眠』がそれによって得た能力だというのなら、魂を奪うことによってそいつの能力も奪うのか。
……待て。以前こいつは、「女神の魂から得られた情報は殆どなかった」と言っていた。
まさか……!!
「……殺したのか!?リオラを……!!」
直接会ったことはない。どんな人物かも知らないはずだ。
だというのに、女神リオラの死を考えただけで、全身から怒りがこみあげてくる。
「……ああ、あっさりと死んださ。あのエゴイストには当然の報いだ」
「お前―――――――――――――――!!!」
技もなにもない。
無我夢中の俺が振り下ろした剣は、奴がどこからともなく取り出した剣によって防がれた。
「ショウ、お前もそうなんだな。魂に染みついた呪いに縛り付けられている。ただ俺と違うのは、自らの意思や決定が介在しないことか……」
「黙れ!!」
立て続けに繰り出した攻撃の、その一切が防がれる。
まるで大人にあしらわれる子供のように、戦いになっていない。
「ここまでだ」
「ぐっ!」
ヴォイドの持つ剣の柄が、俺の腹部にめり込む。
よく見ればその剣は、俺の持つ剣と酷似していた。
鮮血がほとばしる。
俺の両腕は切り飛ばされていた。
「……切られた腕も、元通り合わせてやれば再生できる。覚えておくといい」
「まだ、終わっていない!!」
「なに……!?」
ぼやけ、赤く染まる視界。聞こえなくなる耳。よろめく足。
だがそれでも、勝ちを確信し、後ろを向いたヴォイドの首に食らいつく。
この時、自分でも何をしていたのかわからない。
多分だが、首をかみちぎろうとしていたんだと思う。
「ぐ、う、おおおあああ!!」
「ショ、ウ、お前……!!」
再び飛び散る血液。噛み切られた首筋からあふれ出ている。
ヴォイドは驚愕の表情を浮かべ、その後いつもの諦めたような顔に戻った。
「……そうだよな、ショウ。俺の知るお前は、勇者を前世に持つ『神田翔』だから……。そういうところも含めて、お前は……お前は、俺の弟なんだ」
「……今、なんて……??」
人間ならとっくに死んでいるはずの出血。
だが魔物が失血で死ぬことはほぼない。
両腕を失ったままの俺に、既に傷のふさがった首筋を撫でながらヴォイドが口を開く。
「ショウ、よく聞け。俺は……」
『管理者権限によりプログラムを停止。仮想実験システム、強制シャットダウン』
奴が何事か言い終える前に、聞いたこともない機械的な声に遮られた。
気が付けば俺は控室に戻ってきていた。
ヴォイドも同じく、控室の椅子に腰かけたままだ。
「ヴォイド、あんた、まさか……」
「話に割り込んですまないが、失礼させてもらう」
ヴォイドの言葉を問いただそうとしていたところに、コンゴウさんと部下らしき冒険者らが入ってきていた。
コンゴウさんは大きな刃のついた戟のような武器を持っている。
「ヴォイド殿、冒険者ギルド、中心都市クオン支部支部長の権限の下、貴殿を拘束する。抵抗の意思はあるか?」
「ある。既に冒険者という肩書も必要ない」
「そうか。では拘束は中止する。その様子だと、新たに依頼を受けるつもりなどもなさそうだな。ではショウ。お前には俺から直接依頼を出そう。現在、セツナ連合国全国に突如発生した魔物の大群、これの撃退に加勢してもらいたい」
魔物の突然な大量発生?
まるで以前マリアを助けたときにヨンド王国で起きていた異変のようだ。
「試合を中断した理由は言うまでもなく、この緊急事態への対処が必要になったためだ。コロシアム内は比較的安全なため、観客たちは中に残してある。そしてショウの連れの二人は既にハク代表に合流した。この依頼を受けるにしろ受けないにしろ、まずはハク代表のいるコロシアム受付に向かうといい」
「コンゴウさんはどうするんだ?」
「俺は急ぎ向かう場所がある。この先の指揮はハク代表に仰いでくれ」
コロシアム受付。そこで魔物への対抗策を練っているのだろう。
ハルカとマリアのことも気になる。急いで移動だ。
「わかりました、行きましょう。ヴォイド、あんたとの話は……」
「それどころではないんだろう?ショウ、また後で話そう。」
「……ああ」
ヴォイドに聞きたいことは山ほどある。だが今危機に晒されている人々を放置することはできない。
『また話そう』というヴォイドの言葉を信じた俺はこの場での問答を諦め、控室を飛び出してコロシアム受付へ向かった。
◇
ショウに引き続き控室を立ち去ろうとするコンゴウの背中に、ヴォイドが声をかける。
「コンゴウ。俺を拘束しなくていいのか?」
「あなたに勝てるとは思っていない。抵抗の意思があるというのなら、現存の戦力で拘束は不可能だ。そも、他に優先すべきことがある」
コンゴウの持つ戟の石突が床に当たり、低い音を立てる。
「……そうか。お前が向かう場所というのは?」
「立場としても、個人としても、あなたにそれを教えることはできない」
「当ててやる。イヌ族自治区三番街」
「…………」
「当たりか。その見当は正しい。前線を退いても、嗅覚に衰えはないようだな」
「……あなたが魔物だとしても、我々への態度次第ではまだ人間として生きることもできるはずだ。ヴォイドさん、拘束するのはあなたを貶めたいからじゃない。あなたの潔白を証明するためだ。俺を信じてくれないか?」
「俺は誰も信じない。だがコンゴウ、お前は分別のある人間だ。あるいはお前も、世界の命運に関わってくるかもしれないな」
立ち止まりうつむいたコンゴウは、何事か考え込んだ後振り返った。
既にそこにヴォイドの姿はなかった。
◇
コロシアム受付、入り口に近く、かつまとまったスペースのあるそこに、ハクさんとその部下数名、俺とヴォイドの試合を見に来ていたらしい決勝進出者たち、そしてハルカとマリアが集まっていた。
「来たか、ショウ殿。ひとまずここを臨時の指令室としている。状況を説明しよう」
ハクさんの説明によると、魔物の発生は中心都市クオンのみならず、セツナ連合国の多くの都市、特に大都市を中心に発生しているらしい。
魔物の発生源・発生理由は不明。ただわかっていることは、魔物は不規則に発生するのではなく、ある程度まとまって発生するようだ。
そして現在、全国の都市に向けて百年祭決勝進出者らを派遣すべく、ここに集まり方針を決めていたそうだ。
「ここに集まった決勝進出者は私含め六名。そして今現在特に大きな被害が出ているのはウサギ族、ネコ族、クマ族の自治区、そしてここ中心都市クオンを始めとしたトラ族の土地だ。このうちクマ族の自治区をのぞく三つの土地に二名ずつ散らばってもらいたい」
「クマ族の自治区は必要ないんですか?」
「む?ああそうか、ハルカ殿は国外の出身か。クマ族は獣人のなかでもやや排他的というか、よそ者の侵入を歓迎しない。クマ族の代表からも手出し無用との連絡を得ている。クマ族は戦闘にも優れている、問題ないだろう」
クマ族か、会ったことないな。
「なるほどな。で、振り分けはどうする?」
「ハルカ!貴様は私とだ!私の実力、今度こそ見せてやる!」
「え、私はショウさんと……ああ、引っ張らないでください!」
ハルカはキツネ忍者の姉……ナズハに引きずられていった。
「ショウ殿、汝にはこの中心都市クオンに残ってもらいたい」
「構わないが、どうしてだ?」
「我はできればここに残り、全体の指揮を執りたい。よって誰か一人は単独でことにあたってもらいたいのだ。我らの中で最も強い汝にその役をお願いしたい」
「わかった。どちらかといえば単独で戦うほうが得意だしな」
と、なると……。
「つまり俺たちが一緒ってことだな!クーロンさん、よろしく頼むぜ!」
「……まあいいだろう。実績のある人間と組めるのなら文句はない。ただしここでの功績は後できちんと保証してもらう。学院に提出する成果報告があるのでな」
「そのくらいは当然協力させてもらう。クーロン殿が魔術学院の学徒であることはこちらも承知している。必要なことは後で改めて教えてくれ」
グレタとクーロンが一緒か。
接近戦に特化したグレタと魔術師のクーロンなら相性はよさそうだ。
「ではハルカ殿ナズハ殿はウサギ族自治区へ、グレタ殿クーロン殿はネコ族自治区へ!現地の軍および冒険者ギルドと合流し、人命を最優先とした活動を求む!」
それぞれのグループが外へ出ていく。
彼らなら、少なくとも自分の身を守ることに関しては何の問題もないはずだ。
「さて、ショウ殿、汝には別にお願いしたいことがある」
「別に?市内の魔物の対処じゃないのか?」
「それは我々に任せてくれ。これは汝にしか頼めない内容なのだ」
「……?それは?」
わざわざこの状況でする頼み事の内容が予想できず困惑する俺に、ハクさんが告げる。
「……それは、連合議会議事堂の奪還だ」




