62話 脅迫
意識がはっきりしてくる。いつもの控室だ。
どうやら試合には勝ったらしい。やや記憶が曖昧だが、ベリルさんが降参を口にするのを聞いた。
ガタン!と何かの倒れたような音がする。
見れば、隣に座っていたベリルさんが椅子ごと俺から遠ざかるように転ぶ姿があった。
ヘルメットのせいでぼんやりとしか見えないが、明らかにおびえたような表情だ。
不死薬の副作用か、単純に先ほどの戦いによる恐怖か。ほぼ間違いなく後者だろう。不死薬は実際に打っていたわけじゃないからな。
……あれは周りから見れば、普段の俺らしくない行動だったと思う。
ただ、自分ではあの行動がそれほどおかしかったとは思えない。戦えたから戦った。それだけだ。主観的な感想と客観的視点で見た印象のギャップが大きいし、普通ならドン引かれても仕方ないとは思うが。
勇者の記憶による精神的変化か……?なんとなくだが、違う気がする。
「ショ、げほっ、ショウ殿……」
落ちついたのか、立ち上がったベリルさんが声をかけてきた。
「ベリルさん、大丈夫か?」
「ショウ殿、ショウ殿は何のためにこの大会に?」
割と唐突な質問が来た。
まあ隠す理由もない。
「仲間の家族が腕を失ってな。恢復の秘薬が役に立てばと思ったんだ。本当に効果があるのかはわからないが、それでも試す価値はあるだろ?」
「…………普通だ、いやむしろ素朴だ。なぜだ?それほどの力を持ちながら、なぜそうも純粋でいられる?そうつまり貴公はどこか、不自然だ。普段の貴公に似合わぬあの戦いへの執念といい、まるで二人の人物が一つになったような、あるいは二人分の人生を歩んでいるかのような……」
ごく普通に答えたつもりだったのに、ものすごく考え込まれてしまった。
「普段の姿がどう映ってるかは知らないが、俺はできることをしただけだ。それよりベリルさん、そろそろ出ないと」
「そう、だな。既に私の敗北は報告されているだろうが……まだやるべきことはあるはずだ。ショウ殿。…………正直、貴公を見る目が少し変わったが、だがそれでも勧誘の話、忘れないでくれ」
「もちろんだ。大会が終わったらまた話そう」
ベリルさんは頷き、出て行った。彼女の目に先ほどまであった恐怖は殆どなかった。
「ショウさん、やりましたね!」
「ちょっとショウ、あんた大丈夫なの?いくらなんでも無茶しすぎよ。あれ、痛みはそのままなんでしょ?」
「ああ。相当痛かったが、なんとかなったぞ」
「すごい戦いでした。ぶつかる肉体、飛び散る血しぶき!あれでこそですよね!」
「……ちょっとわかんない」
二人とコロシアムの出口で合流する。
ハルカの感想にマリアがやや引き気味だった。
二人は蜥蜴男との戦いで俺の異常な生命力を一度見ているので、俺のやたらなしぶとさに特に驚きはないらしい。
「でもよく考えたら、決勝はすぐ明後日なんですよね。準備が必要ならお手伝いしますよ!」
「そうだな。頼む」
「あたしは出店の制覇がまだ終わってないから行ってくるわ!」
出店の制覇って。
何百軒あると思ってるんだ?食べ物の出店だけで相当な数があるぞ。
「出店の制覇!いいなあ……」
「ハルカも行ってきていいぞ?一人でするべき訓練もあるし、俺のことは気にするな」
「いいですか?じゃあ行ってきます!」
こうして二人と別れた俺は、ギルドの演習場……ではなく、町を出て、砂漠へと向かった。
例の二枚の壁の間でもない、本当に何もない砂漠地帯だ。とはいっても、町から徒歩五分以内の位置なのですぐに帰れるのだが。
「……出て来い、大所帯で何の用だ?」
振り返り、声をかける。町を出る前から何人かの悪意を感じていたため試しに外に出たのだが、ここに来るまでにその人数が数十人になっていた。
俺が人気のないところへ行くのを見て仲間を集めてきた、といったところか。
俺の後をつけてきていたそいつらに相対する。装備を見るに、機械帝国の軍人だ。ヘルメットで顔が見えないし、身に着けてる装備が一緒なので個人の区別がつかない。
ただ武器がややおかしい。機械帝国の軍人は銃で武装している者がほとんどなのだが、こいつらの武装は剣や斧、槍などまるで冒険者のようだ。
リーダーらしき男が前に出て言葉を発する。
「気が付いていたのか、さすがにここまで勝ち抜いてきただけのことはある」
「御託はいい。要求はなんだ?」
「……ふん、まあいい。では要求だ。百年祭決勝、ある程度の戦闘の後、それらしく負けてもらいたい」
……ついに来たか。そろそろだろうとは思っていた。
決勝トーナメントの試合分けを決めるくじに感じた悪意。
誰かがこの大会でよからぬことを企んでいたことはわかっていた。
そして大会の運営に直接関わる部分に干渉できる者など限られている。
そして以前ベリルらの会話を盗み聞きした際、ベリルが言っていた『先方』。
これがくじに細工させた張本人でもあり、こいつらをよこした黒幕でもある。
正直これらの情報で黒幕には見当がついているが……とりあえずもう少し話してみよう。
「引き受けた場合どうなる?」
「莫大な恩賞を約束しよう」
「優勝賞品が目当てなんだが、用意できるのか?」
「……検討しよう」
検討できちゃうのか。黒幕の正体をほぼ明かしてないか?
「……断った場合は?」
「貴様とその仲間はただでは済まん。これが見えるか?機械帝国の最新兵器だ。ある程度までの距離の味方と遠隔で会話することができる。今貴様が断れば、あちらに控える我らの仲間が貴様の仲間に襲い掛かる。いずれも手練れだ。ましてあの金髪の子供は戦闘員ではないな?どうなるか、結果は目に見えている」
男は懐から取り出したトランシーバーのような装備を見せてくる。
通信機器まであるのか。すごいな機械帝国。
「もう一つ聞きたい」
「言ってみろ」
「ハクさんはこの件について知ってるんだよな?この国の軍隊がこんなことしていいのか?」
「!!」
相手の雰囲気が変わる。
「……なんの話だ」
「決勝トーナメントの試合分けのくじに干渉出来て、非公式にとはいえあれだけの武力を機械帝国に要請出来て、さらに国の宝物庫から報酬を出すことを検討できる。もしかしたらハクさん以外のこの国の権力者が裏で糸を引いている可能性も考えたが、あんたら軍隊を動かせるってなるとハクさんしか残らないんだよ。あんたら機械帝国の兵士じゃないだろ?剣やら斧やら、そんな武器をあいつらが持っているところを見たことがない」
「……そこまで気が付いていたか。ならば是が非でもこちらの要求を呑んでもらわなければならないな。だがそちらにとっても悪い話ではあるまい?」
リーダーの男が片手を挙げると、他の連中が各々の武器を構えた。
脅迫と懐柔を同時にしようということらしい。
「悪いけど、断る。どうしても優勝しないといけない理由があるんだ」
「……残念だ。本来の目的には沿わないが、貴様らにはここで消えてもらう!やれ!」
数十人が一斉に襲い掛かってくる。
「一番聞きたかったことを聞けなかったな」
「何を聞こうが、貴様の運命は変わらん!安心して死ぬがいい!」
「ああ、うん。…………よくこれだけの人数で俺を殺せると思ったな?」
試合見てなかったのか?
◇
砂漠地帯で、数十人の人間が横たわる。
殺してはいない。多少戦える奴もいたが、これまでに戦った強敵に比べれば楽勝もいいところだ。
唯一、最後の一人になるまでかかってこなかったリーダーの男に近づく。
「き、貴様!このようなことをして、貴様の仲間がただで済むと……」
「それ貸してくれ」
俺は男が握りしめていた通信機器を奪い耳にあてた。
「あー、もしもし、こちらショウ。聞こえるか?」
少しの後、あちらの声が聞こえた。
『ショウ?この機械、遠くの人と会話ができるのね。すごいけど、あたしの指輪が使い捨てだったことを思うと複雑な気分になるわ』
マリアの呑気な声が聞こえる。
「感想はいいから。そっちはどういう状況だ?変な連中に襲撃されたりしたか?」
『その様子だと、やっぱりそっちにも行ってたのね。十人くらいの人に襲われたわ。今縛り上げてたとこ。こっちは誰も怪我とかしてないから安心して。ねえ聞いて!あたしの光魔術であいつらの目を見えなくして、そこに風魔術で相手の位置を把握したハルカが矢を……』
「わかったわかった。活躍は後で聞くから、とりあえずコンゴウさんに連絡を取ってくれ。できれば目立たないようにな。あとついでに都市の東口から出たところの砂漠にも人をよこすよう伝えてくれ。これもできれば目立たないように頼む」
『わかったわ。襲われたのは路地裏だから、大きな騒ぎにはならないようにできるはずよ』
「助かる。また後でな」
通信を切る。この機械便利だな。慰謝料代わりにもらっておこう。
「ば、バカな。我々はセツナ連合国の栄誉ある……」
「栄誉?これだけ裏でコソコソ動いて、脅迫まがいのことまでしておいて栄誉って、あんたら面の皮厚いな。国民に胸張れるのか?こんなことして」
「だ、黙れ!貴様に我々の何がわかる!」
「何もわからないな。だから今度聞いてくるよ。あんたらの上司にしっかりとな」
男の顔面にこぶしを叩き込んでおく。
殺そうとしてきたんだ。これくらいはお返しさせてくれ。
『ねえねえショウ』
「ん?どうしたマリア?」
通信機からまた声が聞こえる。
なぜか小声だが、随分興奮した様子だ。
『金欠が解決できそうよ』
「何の話だ突然?」
金を手に入れるとか、そんな話ここまであったか?
ちょっとマリアたちの状況を想像してみる。
横たわる十人ほどの人間。金を手に入れるマリア。
……もしかして。
『マリアさん、これってやっぱりよくないんじゃ……』
『命狙ってきたんだから、これくらいはお返しさせてもらわないとね?』
あいつ……盗ったな。倒した相手から。
「聖女のやることじゃない……」
『なりたくてなったわけじゃないもーん』
カルロ王子。あなたの婚約者、結構やばい人です。




