61話 狂気の瞳は赤く
ベリルとの試合の日。
今日も今日とてきつい日差しが、砂漠地帯に特有の白めな砂に照り返していた。
今日は二人とは別行動。家を出るところから一人だ。
コロシアムに向かう道すがら、見知らぬ何人かに声をかけられる。
すっかり有名人になったらしく、その辺を歩くだけで結構な視線を受けるのが若干居心地悪い。
元々あんまり注目を浴びるのは得意じゃないんだよな。嫌いでもないんだが、疲れる。
先日の飲み会の最中にコンゴウさんから聞いた、関係者用入り口へ向かう。
既にコロシアム関係者で俺の顔を知らない人はいないらしく、事前にコンゴウさんが話を通してくれていたこともあってすんなりと通ることができた。
選手控室に向かい、いつもの椅子に腰かける。
試合開始までは20分程度あるので、静かに腰かける。イメージトレーニングでもしようか。
……思えば、すっかりこの世界にもなじんだものだ。
最初は言葉すら通じず、魔術や自分の現状に困惑し、勇者の記憶に触れた。
ダズと出会い、ハルカと出会い。エマさん、シャット、マリア、シスさん……。
機械帝国の扱う機械は、俺が元居た世界で使われていた機械にどこか似ている。
だからだろうか、元居た世界のことを少し思い出した。
両親や兄貴は元気にしているだろうか。あの平和な世界でめったなことは起こらないと思うが、それでも気になる。
まともに友人と呼べる存在が多くなかった俺だが、その数少ない友人たちは、まだ俺のことを覚えているのだろうか。
多分、元の世界の俺は死んでいるのだと思う。
俺は勇者の魂を持つ魔物。そこにどうして神田翔の記憶がくっきりと残っているのかはわからないが、それでも、俺はここにいる。
俺が何者なのか。どうしてここ、テミスにいるのか。
それらも、ヴォイドに勝てばわかるのだろうか。
「ショウ殿」
「ベリルさん」
結局イメージトレーニングとは全く別のことを考えていた俺に声がかけられた。
以前見たときの装備に加え、腕周りの装備がやや増えているように見える。
ただ、グレタ戦で使っていた大きな銃器は持っていないようだ。
「ショウ殿、昨日の提案はやはり受けてはもらえないのだな?」
「ああ」
「だろうな。わかっていた」
ベリルさんが隣の椅子にどかりと座る。
「時間ちょうどだ。始めよう」
『お二人とも揃っているようですね!準備はよろしいですか?』
「はい」
「ああ」
『ルール、注意点等はこれまでと同じです。では、ご武運を』
いつもの意識が薄れる感覚の後、戦いの舞台へと移る。
今回は……沼地か?足元がグズグズだ。正直かなり苦手な地形だな。軽く踏み込んだだけでも足を取られるだろう。
「チッ、余計なことを……」
ベリルさんがなにやら小声でつぶやいている。
『それでは、百年祭決勝第二回戦第一試合!ショウ選手対ベリル選手の試合を開始します!5!4!3!2!1!』
『試合開始!』
「ゆくぞ!!」
グレタ戦でも使っていたブレードを手首から出し、ベリルさんがまっすぐ突っ込んでくる。
わざわざ俺の得意な接近戦を挑む意図は、しかしすぐにわかった。
「速い!?」
俺やグレタのような速度の踏み込み。不安定な足場も、脚部パーツのジェットを組み合わせた動きをするベリルさんには影響が薄い。
予想外の初手とその速度に反応の遅れた俺は回避ができず、ブレードの攻撃を剣で受け止めた。
続いてベリルさんは脚部のブーストを使用しこちらの顔面目掛けてサマーソルトキックの要領で下から蹴り上げてくる。
これを一歩下がって躱すと、着地せずブーストによって低空に浮かんだままのベリルさんから、別の方向からの蹴りが襲ってきた。
人間が格闘や身に着けた武器による攻撃を仕掛けた場合は、攻撃の後の勢いをどこかに逃がす動作を入れる、攻撃後そのまま足さばきによって距離を話す、など攻撃後の隙をなくす動作が入るのが普通だ。
だがベリルさんの攻撃は違う。一度の攻撃の勢いをブーストの補助で向きだけ変えつつそのまま維持するのだ。これによって攻撃の隙が無くなるどころか、攻撃は前の攻撃の勢いをプラスしてどんどんと加速していく。
……空中に留まり、攻撃をしかけ、次の攻撃を考えてブーストで向きを変える。一体いくつの動作を並行して行っているのか。この人もやはり、グレタの言うバケモノの部類だ。
機械パーツで保護された脚が、剣での防御の上からこちらの体制を崩してく。
低空に浮かんでいるあちらと違い、こちらは沼地という足場の影響を受ける。素早く回避することが難しく、基本戦術たる『避けながら攻撃』が困難になり対応が後手に回る。
そうしているうちにも攻撃は激しくなっていく。
勢いを増す連撃、これ以上速くなったら対処が難しくなる!
「『二歩』!」
「っ!」
『二歩』によって逃げた先は横でも後ろでもなく、真上。
攻撃を外したベリルさんがこちらを見上げ、観客席からはどよめきの声が上がる。
「血迷ったか、ショウ殿!」
当然と言うか、空中はベリルさんの独壇場だ。ブーストによってベリルさんがこちらに迫り、落下を始めた俺に対し下からの攻撃を仕掛けんとする。
「終わりだ!!」
「そう来るとわかっていたのさ!『四空』!」
「なっ!?空中を蹴った!?」
空中を蹴ったのではない。『四空』は『二歩』の応用技。
空中に小さなシールドの魔術を発動しそれを足場として空中機動を可能にする。
それを今回は体を反転し、地面に向かって飛ぶ形で使った。
この技は一見便利なようだが、何もない空中にシールドを発動するのは地面に接する形での発動より技術的に難しく、向きなどの細かい調整も必要だ。
まだ開発したての技であることもあってそう連続して使えないし、とっさにも使えない。正直、事前に使用のタイミングを計った上で一度のみ使える空中ジャンプといった運用に留まる。
だが、その一度でも相手の意表をつくのには十分だ。
全力の振り下ろしを叩き込む!
「ぐうっ!」
ブレードで受け止めるベリルさん。
俺はそのまま彼女を地面に向けて投げつけるように、剣を振りぬいた。
「落ちろ!!」
「ウ、オオォォォ!!」
押し合いは俺の勝利に終わった。
ベリルさんは勢いよく地面に叩きつけられる。
俺はそれを追うように重力に従い落ちてゆく。
俺が地面に降り立った時、ベリルさんが起き上がった。
フルフェイスのヘルメットが欠け、顔のいくらかが見えている。
「ショウ殿。やはり私は間違っていなかった」
「何がだ?」
「貴公の力はまさに我らの下で活かされるべきということだ。もし貴公が我らと共に歩んでくれるというのなら、我らの悲願がまた一歩近づくのだ。いずれ来たる決戦、その場に貴公が仲間としていてくれればと切に思う」
なんだ?ベリルさんの言葉に脅威を感じる。
「……買いかぶりだ。それとも、お世辞か?」
「どちらでもないさ。これは本心であり、そして、わざわざこうした会話に応じてくれる貴公の人柄に付け入った…………時間稼ぎだ」
「!!」
ベリルさんが何かを投げ捨てる。
予備シリンジと彼女が呼んでいたもの、その……空容器。
まさか。
「マーダースーツは、試合が始まる前から起動していた」
「ベリルさん、無茶だ。本当には死なないはいえ、行き過ぎたダメージは精神に悪影響を与えてもおかしくない!」
人に瘴気の影響を与える薬品、それの過剰摂取が身体にどんな影響を与えるか。
「地形も有利だった。機材の調子も、私の調子も万全だった。……だが、及ばない」
「ベリルさん!」
「それでも…………それでも!!最後に勝つのは我々だ!!」
ベリルさんの瞳が赤くなる。
激しく息を切らし、顔に血管が浮き出る。明らかに身体に異常をきたしている。
「続け、よう。我らの戦いを」
「……だめだ」
俺にはわかる。こんな状態の彼女を放っておけば、きっとよくないことが起こる。
……だから。
「一撃だ。一撃で終わらせる」
「そう、しよう。私も長くは、もたん」
ベリルさんの全身のパーツが煙を上げ始める。
「極限、稼働!!」
ベリルさんの輪郭がぶれる。
己惚れるわけじゃないが、俺の動体視力は金級冒険者でもトップクラスの実力を持つとされるグレタと同等。それなのに、ほとんどの動きが見えない。
……だが、負けられない。
シスさんと、俺と、そしてベリルさん、あんたのために。
ここで、俺が止める!!
ほとんどが直感。目で追えない脅威を、第六感による反射で回避しようと試みた。
その結果は。
「手ごたえ、あり。我々の、勝ちだ」
俺の左腕は完全になくなっていた。
ベリルさんは極限まで高まった身体能力と故障するまで稼働させたマーダースーツの力で、ブレードによる高速の斬撃を繰り出していたらしい。
俺の腕のあった箇所からは血が噴き出している。
不思議だ。
普通なら死んでいるような怪我のはずなのに、意識を失うほどの痛みであるはずなのに、まるで他人事のように感じる。
……ああ。まだ動けるな。
右手には剣がある。
なら、戦える。
「……は?」
間の抜けた声。
ベリルさんが上げた声だ。
どうしたんだろう。
まだ戦いは終わってないのに。
「な、なんだ、どうして、動け……がっ!」
剣を振り下ろす。
左腕がないからか、バランスがとりにくい。ちゃんと切れない。
もう一度振り下ろす。切れない。
もう一度。きれない。
もういちど。
「まて、まて、まって!」
ふりおろす。
ふりおろす。
ふりおろす。
ふりおろす。
「こう、さん、こうさん……」
ふりおろす。
ふりおろす。
ふりおろす。
ふりおろす。
ふろおろ………。




