55話 バケモン
遅くなりました。
最近PCR検査を受けましたが、自己負担9000円くらいしました。
陰性でしたが、痛い出費でした……。
コロシアムから控室に行くには必ず通る廊下がある。
俺はそこで一人立ち、ある男を待っていた。
「ショウ、なにしてんだ?」
「お前を待ってた、グレタ。もう受付は終わったのか?」
俺が待っていた男……グレタは、いつも通りの大槌を肩にのせ、何の緊張も感じさせない様子で歩いてきた。
「おう。準備万端だぜ。んでお前は、わざわざ応援に来てくれたってか?」
「応援といえば応援だ。グレタ、お前の対戦相手のベリルについてだが……」
「何も言うな」
「え?」
「何も言うな。あのベリルとかいうやつが何か企んでるってことは俺様も気づいてる。何かやばい手も使ってくるかもしれねえ」
「……そうだ。そのやばい手について教えにきたんだ」
「なるほどな。だがいらねえよ。何してくるかわからねえ方が面白えだろ?」
「面白いって……」
良くも悪くもグレタらしい、豪快な考え方に面食らう。
生き死にがかかっているわけではないとはいえ、やり直しの効かない勝負に向かうのなら少しでも多くの情報を欲しがるのが普通だと思っていたが……。
「世界にはいろんなバケモンがいる。腕っぷしのある奴、頭のいい奴……そいつらに会うために冒険者やってんだ、俺は。俺の楽しみを奪うなよ?」
「そう言うなら無理に言ったりしないが。いいんだな?」
「おう。……安心しろよ、おめえはきっちり一回戦を勝った。ここで俺が勝たねえと、決着がつけられねえ。負けたりしねえよ」
「そうだな。負けるなって先に言ったのはあんただったもんな」
「そうだ。…………か―――――っ!!楽しくなってきたな!!ぜってえ負けねえ!!!!」
「行ってこい、グレタ。小細工も陰謀も、叩き潰してこい!」
「おうよ!!!」
グレタは大槌を振り回しながら控室に向かっていった。
……あの豪快さ、見習いたいな。
◇
『それでは、百年祭決勝第一回戦第二試合!ベリル選手対グレタ選手の試合を開始します!』
コロシアムの舞台に二人の姿と、戦うステージが投影される。
今回は俺とグレタが戦ったような岩場……ではない。
岩場は岩場なのだが、岩場の下は水に覆われている。海のど真ん中に岩場だけ取り残されたかのようなステージだ。
マリアから聞いた話によれば、ベリルは手足の機械パーツからジェットのようなものを噴出して空中を飛ぶことができるようだ。もしその話が本当なら、海を気にせず空中を動き回れるベリルに有利なステージだが……。
何やら意図的なものを感じずにはいられない。状況証拠しかないとはいえ、ベリルの言っていた先方とやらがある程度どういった人物か、絞られてきそうだ。
二人が武器を構える。
人の身長ほどもある大槌を片手で構えるグレタ、軍隊が使うような大きな銃を構えるベリル。ああいう形状の銃に名前があったような気がするが、ちょっと思い出せない。
『参ります!5!4!3!2!1!』
緊張が走る。負けるなよ、グレタ。
『試合開始!!』
グレタが一瞬でベリルとの距離を詰める。
ベリルはそれをわかっていたようにジェットを噴出し、空中へ逃げた。そのまま地上のグレタに銃を連射する。
『へっ!舐めんな!』
グレタは大槌で地面を打ち付け、はじけ飛ぶ岩片と衝撃派で銃弾を落とした。
そうか。そういうやり方もあったか。
飛び道具の対処としてわざわざ魔術を覚えてみたが、逆に前の世界の常識にとらわれすぎていたかもしれない。
さらにグレタはその場からジャンプし、ベリルに急接近した。
銃撃への対処からジャンプまで一瞬の間もない。反応の遅れたベリルを大槌が襲う。
『ぐっ!』
直撃すれば身体が吹き飛ぶ威力の攻撃を体をひねりかろうじて回避したベリルだが、不安定な体制と大槌の風圧でフラフラと高度を下げていく。
しかし空中での機動力を持たないグレタには追撃ができない……はずだが、本人にとってはそうではなかった。
『おらぁ!!』
『馬鹿なっ!!獲物を!?』
なんとグレタは唯一の武器で最大の強みである大槌を投げつけたのだ。
ベリルは反射的に作動させたジェットで体の位置を射線からずらし直撃を免れたが、足をかすめたらしい。機械パーツが煙をあげる。
ベリルはそのまま岩場へと降りて行った。
二人が岩場に降りたのはほぼ同時。だが振り出しに戻った距離を活かすように、ベリルが弾丸の雨をグレタに浴びせる。
『先のことを考えられんものは早死にするぞ!!』
『先のことばっか考えて今死ぬよりましだろうが!!』
さすがに大槌なしでは弾丸を落とせないらしいグレタは岩場の陰に隠れる。
その様子を見たベリルが銃の弾倉らしきものを入れ替えた。
『岩を破壊するのが己の専売特許だと思っているか?』
ベリルが引き金を引くと、銃口から見覚えのある赤と青の球体が一つずつ飛び出す。
あれは……火と水の属性球?
二つの属性球が岩に触れる直前で発動したそれは、大量の水蒸気と衝撃を生み出して岩をうがった。
さらにそれで終わりではない。銃によって連射されたそれは連続して破裂し、みるみる岩を崩していく。
ものの十数秒で、人が数人隠れられる大きさだった岩が木っ端みじんになった。
グレタの姿がさらされる……はずなのだが。
『いったいどこへ……!?』
グレタの姿がベリルの視界には映らない。
反射的にベリルは今最も守りたい、投げられた後のグレタの大槌に目をやった。
その隙をグレタは見逃さない。
岩の裏の空間に掘った穴から姿を現すと、こぶし大の岩の破片をベリルに投げつけ、そのままベリルとの距離を詰めた。
『――――――っ!!』
飛んでくる岩片を躱しつつ、接近するグレタに備えるベリル。
しかしグレタは身構えるベリルの横をすり抜け、地面に倒れた大槌を担ぎあげた。
再び振り出しに戻る。いや、ベリルは最初と違い、空を自在に飛べなくなった。グレタの有利は間違いないだろう。
『……驚いたな。貴様、このような頭を回せたのか』
『前までの俺様ならこんなことしなかったろうよ。天才すぎる俺様の頭脳と……最近あった面白えバケモンのおかげだろうな』
『ふん。この程度で粋がるな、猿め』
会話しながらベリルは弾倉を再び変え、肩の機械パーツに装着した。銃口は未だに前を向いているが。
会話はこれらの時間稼ぎだったようだ。徹底的に合理的だな。
『どうやら時間をかけるのは貴様に有利なようだ。これで決めさせてもらう』
『何かすんだな?楽しみだぜ』
『……マーダースーツ、起動』
ベリルが小さくつぶやく。特に外見に変わった様子はないが――――
「ショウ!」
「なんだマリア?突然」
マリアが小さく、だが切羽詰まった様子で声をかけてくる。
「声が小さくて聞こえなかったんだけど、今あのベリルって人、何かしたの!?」
「ああ、マーダースーツ?を起動したらしい」
「それは、よくわからないけど……。今あの人の体に、黒いもやが映ってるの、見えてないわよね?」
そう言われてベリルを注視するが、そういったものは特に見えない。
「見えないな。……まさか!?」
「ええ。……瘴気よ。あの人、瘴気をまとってる」
ベリルを再び見る。
息を切らし震える彼女の目は、まだ元の緑色を保っていた。




