56話 不死薬の力
『フゥ、お行儀のいいことだ、フゥー…………今のうちに攻撃でも仕掛ければ、貴様の有利に事が運んだだろうに』
『苦しそうな奴相手にわざわざぶちかませってか?冗談だろ?』
ベリルの呼吸の乱れが治まる。グレタは大槌を構えたまま、ベリルの準備が整うのを待っていた。
『やりにくい奴だ……まあいい。任務を遂行する』
『来な!!』
ベリルの腕のパーツの横、手首のあたりからナイフのような黒いブレードが伸びた。さらに腰に装備していた拳銃らしき武器を手に取る。
先ほどとは戦闘スタイルが変わるだろう。纏った瘴気と合わせ、どんな変化があるのか注目だな。この戦いの勝者が俺の次の対戦相手になる。
『ゆくぞ!』
ベリルが踏み出す。脚部パーツのうち残った一つが生み出すジェットによるところもあるだろうが、かなりのスピードだ。俺やグレタほどではないと思うが。
『遅え!!』
グレタが上段に構えた槌を振り下ろす。
普通なら避けられない軌道と速度で動いていたベリルは、しかし脚部パーツの推進力で不自然な方向転換をし回避に成功した。
『なに!?』
避ける前にいた地面が大きくえぐれるのを気にすることもなく、ベリルは腕のブレードでグレタの脇腹を切り裂いた。
グレタは寸前で反応したらしかったが、それでも大きく切りつけられていた。
先の攻撃は勝利を確信した攻撃だったのだろう。思いもよらぬ反撃への対処が遅れた結果だ。
『痛ってえ……』
『浅いか、だがその出血は無視できまい。このまま押し切らせてもらう!』
『やられる前にやればいいんだろ!!』
グレタの攻撃が激しくなり、岩場ごとベリルを砕かんと大槌が振るわれる。
俺と戦っていた時と同等のスピードで振るわれるそれに対し、ベリルは驚異的な反応と身体能力で対処している。試合の始め、空中でグレタの先制攻撃を受けた際と比較すると、ベリル本人の能力の向上は一目瞭然だ。
間違いなくマーダースーツの力によるものだろう。そしてこれは俺の憶測だが、昨日ベリルたちが話していた不死薬とやらを使用したのだと思う。あの黒い液体は、人に瘴気由来の力を与えるような薬だったのだろう。
ベリルは左右の拳銃とブレードで牽制しつつ、正面からの打ち合いを避けグレタの消耗を待つ戦術に徹している。
観客席からは不満の声が上がるが、コンゴウさんの解説がベリルの動きは合理的であるとフォローを入れた。
「聞こえちゃったんですけど……瘴気って、間違いないんですか?」
「間違いないわ。あのマーダースーツって何なの?機械帝国の武器?とにかく、普通じゃないわよ、瘴気を使った兵器なんて。今は現実には使ってないけど、ベリルがあれと同じものを持ってるってことでしょ?」
「そういうことになるな。でもだ。瘴気は危険だろうが、瘴気を使った物品を持ってるだけじゃ罪にならないんじゃ?呪われた品を持ってるだけなら罪にならないってシスさんは言ってたが」
「そこは為政者の判断によるわね。法律で明白にされてない以上、是とするか非とするかは国を治めてる人の裁量のはずよ」
まあそうなるか。そもそも俺が元居た現代世界に比べたら法律の解釈も為政者の判断によるところが大きくなっているだろうし、法律そのものもそれほど当てにならないか。
いや、そんなことはいい。それよりもだ。
「機械帝国は何が目的なんだ……?兵器を作るにしても、わざわざ瘴気を使用する意味があるのか?」
「たしか機械帝国って、サーディ教国の同盟国ですよね?浄化院の総本山と同盟を結びながら瘴気を利用した兵器を作るってまずくないです?」
「え、そうなのか?」
その二つの国が同盟国だなんて初耳だ。機械と宗教ってあんまり相性が良くないイメージなんだが。
「どうなのかしら。あたしが言うのもなんだけど浄化院も結構胡散臭い組織だし、瘴気に関する利権を独占するために技術力のある機械帝国と一緒に研究を進めるっていうのは理にかなってると思うわ。あの組織の上層部が、純粋に教義に従って動いてるっていうほうが違和感あるわよ」
「だが浄化院と教国が許したとしても、それ以外の国はいい顔しないだろ。たしか魔術王国とかとは関係が悪いとか聞いたことがあるし、外交的に孤立するのも目に見えてる」
「教国と同盟を結んでる帝国と敵対するのは難しいと思うわ。小競り合いくらいならともかく、本格的に戦争を起こしたら浄化院が浄化師ごと国からいなくなって、国が危険にさらされる。同盟は教国に技術力を、帝国に外交的優位を与えているってわけね」
「あたまがいたくなってきたのでお肉たべますね」
ハルカがいつものマンガ肉にかじりつき始めた。
愛いやつ、愛いやつ。
と、ここで観客席から大きな声が上がる。
投影に目をやると、出血が止まらず息を荒げるグレタと、半ば崩壊しかけた足場である岩場、そして大槌の一撃をまともにうけ吹き飛ぶベリルの姿が見えた。
このステージにグレタとベリルがいた以外で足場となるような岩場はない。このまま落水すれば、グレタはその隙を見逃さないだろう。
『ああ―――っと!!ここでベリル選手が重い一撃をもらってしまいました!!』
『足場が狭くなり、もはやベリルに逃げ場はなかった。グレタがこれを狙って岩場を破壊していたのかはわからないがな』
ベリルは別の、足場にはならなさそうな塔のように細長く伸びる岩にぶつかり、海へ落下を始める。
だが落下中に体勢を立て直し、その岩にブレードを突き立てて落下を免れた。普通なら意識を失うか、そうでなくとも動けなくなる威力の攻撃を受けてもまだまともに動けるのは、やはり不死薬の力なのだろう。
とはいえ、口から赤い血がこぼれている。ダメージは内臓まで達しているはずだ。
『…………見事だ。肉体と、原始的な武器一つでこれほどの脅威になろうとは。これが冒険者というものか』
ベリルが空いた手で肩に着けた最初に使っていた銃から弾倉を取り外す。
『だが、それでも、最後に勝つのは我々だ!!!!』
ベリルが弾倉を握りしめ、グレタの残る岩場に投げる。
赤と青の球体の詰まった弾倉が激しい光を放った。
投影でも伝わる衝撃、轟音。完全に崩れ去る岩場。
足場を失えば、グレタはベリルに攻撃を届ける手段がもうない。
グレタが粉塵を貫いてベリルに突貫する。
崩れる寸前の足場を踏み切って踏み出した、最後の一撃。
『これだから、やめられねえ!!』
『わかっていたぞ、グレタよ!!』
ベリルが拳銃を向ける。
今更拳銃ごときでどうにかなる相手ではない!
案の定、拳銃から放たれたものを、グレタが大槌ではじいた。
だがその直後、グレタは体をこわばらせるように硬直し、そのまま海へと落ちていく。
……何が起きた?
『へ、へ……お前、賢さもバケモンだったか……』
『電気に耐性のある人間などいない……これで、打ち止めだ』
電気という言葉を聞きベリルの拳銃を見ると、銃口からはワイヤーが伸びていた。
テーザー銃のようなものか。殺傷性は低いが、武器で弾いたため感電したのだろう。
そのままグレタは落下してゆき、水へ落ちる寸前に消えた。意識を失い、敗北と判定されたのだろう。
『勝負あり!勝者、ベリル選手――――!!!!!』
歓声が上がる。
ベリルの敗北をどこかで臨んでいた観客たちは、気が付けばどちらの選手も等しく応援していた。
ベリルもグレタも、死力を尽くして戦った。その結果をまずは讃えよう。
歓声に合わせて手を叩く俺たち。
まさかグレタが負けるとはな。
拍手の音の裏で、俺は昨日ベリルが手にしていた「予備シリンジ」の存在を気にかけていた……。




