54話 黒い液体
「くぅん、くぅ~ん」
「よしよし」
「わう!わふわふ!くぅん……」
「仲良し夫婦はいいけど、場所を選びなさいよあんたたち」
「兄としちゃ複雑な気分になるぜ……」
「私たちも負けてられません!」
試合後、町の酒場で大きめの個室を貸し切った俺たちは、ダズとエマさんを誘って食事に来ていた。
ハルカは一日で起きた感情の揺れを落ち着かせようと酒を流し込み、見事な酔っぱらいと化した。
結婚する前から酒を飲むとこんな感じだった気はするが、さらに犬っぷりが増したような気もする。遠慮がなくなった……のか?
「ちょっと用を足してくる、ハルカを見ててくれ」
「ええ」
すがりつくハルカをマリアに押し付け、席を立つ。
トイレは店の外だ。酒場の裏手へ……。
何か来る。
右から感じた脅威を反射的に回避すると、飛来したそれは近くの壁に突き刺さった。
これは……矢?
よく見ると紙のようなものが括り付けてある。
矢文というやつだ。
手紙をほどきながら思う。
矢の脅威は察知できたが、それを放った本人の位置が確認できないのはなぜだ?
手紙を開くと、地図のようになっていた。
その地図の一か所にバツ印がついている。ここに行けということか。
手紙から脅威は感じないし、罠ではないと思うが……。
さすがに気になるので向かってみる。幸い、距離はそう遠くない。
走れば5分もかからない。
地図の場所に向かうと、中くらいの大きさの宿が建っていた。それそのものは普通なのだが、近くに普通じゃないものがある。
機械帝国のトラックだ。3台も留まっている。おまけに4、5人ほど見張りがいるようだ。
見張りの持っている武器が銃にしか見えない。映画やゲームで見た銃よりややデカいような気もするが。
「……トラックがどうかしたのか?」
手紙の主の意図がわからないが、手紙に脅威を感じなかった以上悪い意図はないと信じたい。ちょっと探ってみるか。
ポーチから取り出した大きめの布をローブのように纏い、別の布を頭と顔に巻く。
変装ともいえないクオリティだが、ひとまずすぐさま身元がバレることはないだろう。
宿の裏手から周り、トラックの荷台を視野に入れつつ見張りから見つからないようにして隠れる。
数分そうして待っていると、宿から見知らぬ人間が現れた。褐色の肌に緑色の髪を持ち、釣り目が印象的な女性だ。見張りの人間も含めて、機械帝国の人は褐色肌の傾向があるらしい。
「ベリル隊長、お疲れ様です」
「見張りご苦労。明日の調整をする。技術者チームには通達済みだ。揃い次第行うぞ」
「はっ!」
ベリル?あれが機械帝国の戦士の中身か。
なるほど、あの戦闘スーツはこのトラックで運んできていたのか。
動向をうかがっているとすぐ、白衣を着た数名の研究者らしきグループが宿からトラックに近寄っていた。
トラックの中は予想通りというか、ごちゃごちゃとした機械が設置されている。その中央には予選でベリルが使用していた戦闘スーツが複数のケーブルにつなげられ鎮座していた。
この世界でこういう機械を見たのはカシ村の秘密工場以来だな。
「不死薬の状態は?」
「安定しています。規定量の使用に問題はないでしょう」
「うむ。マーダースーツへの充填、並びに緊急時の備えを怠るな。予備シリンジはどこだ?」
「こちらに。いつも申しておりますが、マーダースーツに備え付けの量が規定量です。これらはそれらを失った際、万が一の措置としてお使いください」
研究者らしき男から注射器を受け取るベリル。その中身は黒い液体で満たされていた。
日焼け止め……ではないよな。不死薬という名前からは効果が想像できないが、あまりいいものである気はしない。
「わかっている。だが試合中ならば問題ないだろう?実際に撃つわけではないからな」
「それは、おそらくは。しかし外見の変化が現れれば我らの計画が明るみに出る可能性がございます。隊長の御身もですが、われらの計画を考えても、可能な限り使用は控えるべきかと」
「うむ……もとよりそのつもりだ。しかし契約の兼ね合いもある。負けるわけにはいかんのだ。ここで勝たねば、相手側に対し我らが与えるものがなくなってしまう」
「隊長の目からご覧になっても、奴らはそれほどの脅威なのですな」
「グレタ一人ならばなんとでもなっただろうが……あの男の出現で、脅威は二人に増えてしまった。それがなければ計画はより確実だっただろう」
あの男……誰のことだ?
まさか俺か?
「連中を潰し合わせるなり、闇討ちするなり、対処すればよろしいのでは?」
「提案したが、先方に却下された。本来の目的にそぐわなくなるから、だそうだ。くだらん茶番に付き合わされるこちらの身にもなってほしいものだ」
「所詮は獣。感情論に支配される愚か者ですから」
陰謀めいた会話がされている。
全容はわからないが、こいつらと先方とやらがこの大会で何らかの裏を引いていることは間違いない。
それからの会話からは特に得るものはなかった。
スーツの調整に入ったらしく、専門用語で会話し始めたので盗み聞きを切り上げたのだ。
あまり長時間するものでもないだろう。万が一ばれたら面倒なのは違いないのだから。
再び宿の裏を通って表に出る。
酒場に戻ると遅すぎる戻りを心配されたが、ひとまず適当にはぐらかしておいた。マリアやハルカはともかく、ダズやエマさんをこの件に巻き込みたくない。
長椅子に座ると、マリアの膝枕で寝ていたハルカがこちらに気づいた。
静かに近寄ってくる。
そのまま俺の脚にあごを乗せると、そのまま寝息を立て始めた。
「今日はお開きにしたほうがよさそうですね」
「だな。ショウ、こんな妹で悪いが、頼んだぞ」
「任せといてくれ。仲良くやってくさ」
勘定を済ませ、ハルカを抱え上げる。
今日はいろんなことがあったな。さっきの機械帝国のことやハルカとの試合もそうだが、まさか結婚することになるとは。
以前考えた、自分の寿命や子供についての悩みがなくなったと言えばうそになる。
正直に言えば、成り行きに流されたところもある。
……ただ、後悔は全くない。
こんな俺でも、信じてついてきてくれる人がいる。
それに応えられるかを悩んで関係を遠ざけるより、自分と、自分を信じてくれる人を信じよう。それが相手の気持ちに応える第一歩になるはずだ。
日本にいたころの俺は違った。ある程度以上の関係になる前に、お互いへの深入りを避けてしまう傾向があった。だから一人だった。
もう、あんな後悔はしたくない。
死にゆく病床で孤独を嘆くような終わり方、二度とごめんだ。
大丈夫、きっとうまくいくさ。
抱きかかえられた腕の中で眠るハルカを見てそう思う。
根拠はない。だが、迷う意味はもっとない。
そんなことを考えていると宿に着いた。ハルカを、マリアとハルカの部屋に運んで……?
「どうした?マリア?」
マリアに裾を掴まれた。
「違うでしょ?」
「何が?」
「部屋が」
「??」
会話がかみ合わない。
どういうことだ?
「新婚なんだから、同じ部屋でしょ。荷物とかは移動するようにお願いしといたから!」
「……ああ、なるほど」
なんだか実感がなかったが、そうか。夫婦なら同じ部屋で寝ても普通か。
わざわざ荷物まで移動して同じ部屋にしてもらうのは恥ずかしいんだが。
……まあいいか、とりあえず眠い。
魔物でも眠くはなるのだ。多分寝なくてもいいんだろうが。
ダブルベッドのような二人が寝られるサイズのベッドが一つだけ置かれている。
いらん気遣いを……。
ハルカを普通に寝かせ、俺も隣で寝る。
さすがに襲ったりはしません。紳士ですから。
隣に寝ているのがハルカであること、一日の疲れなどから、自分でも驚くほどあっという間に寝に入れた。
……翌朝、俺と一つのベッドで寝ていたことに気づいたハルカが真っ赤になって動揺したが、それはまた別のお話。




