42話 踏み出す一歩の大きさ
今週は実験を兼ねた土曜日の投稿です。
また、これまでの話でマリアの一人称がぶれていたので修正しました。
王都は、突然現れた人型の魔物が率いる魔物の大群による急襲を受け、大きな被害が出た。首謀者の男は深手を負い行方不明。目的は不明のまま。
いつも通りあたしのすることは部屋でぼんやりとするだけ。魔物の襲撃によって王都には瘴気がバラまかれたけれど、浄化院での男の襲撃はあたしを狙い撃ちにしたものだったみたい。無事だった他の浄化師が王都中を浄化している。
「……暇ね」
聖女の本来の仕事は瘴気を見て浄化を的確に行えるようにすることだけれど、この状況でも必要ないほど浄化師がいるならそんな仕事必要ないんじゃないかしら。
……何かしたい。できれば誰かの役に立つことが。
でも、できない。あたしがするべきことを決めるのはあたしじゃない。生まれ持った瘴気を見る力が、あたしの人生を決めている。
そういえば、ショウとハルカは王城に呼ばれていたわね。せっかくだし、最後にちょっとくらい話せないかしら。
最期……最期でしょうね。あたしと彼らでは生きる世界が違うんだもの。
尊い聖女様が一介の冒険者を羨んでいるなんて、普通じゃないのかもしれないけれど。
「マリア様、よろしいですか?」
「ええ、どうしました?」
修道士見習いの少女が声をかける。昨日あんな目にあったのに、以前と変わらない態度。案外たくましいのね。
「王子がお呼びです。なんでも、昨日の冒険者さんたちとのことで話があるとか……」
「話?……わかりました、すぐに行きます」
軽く準備をして部屋を出ると、護衛の騎士を連れた王子がいた。
「マリア嬢、体調は大丈夫ですか?」
「ええ、おかげさまで。それでお話とは?」
「それが……彼らが今回の件への報酬に関して無茶なことを言うのです」
「え?ええ、そうなのですね。しかしどうしてそのことを私に?」
報酬で?ショウとハルカがそういうものに固執するなんて思わなかったけれど。
「その報酬の中身が問題なのです。詳しくは移動しながらお話しましょう」
◇
そしてあたしは今に至る。
耳を疑った。あたしを一年連れ出すなんて、そんなの無理に決まってるでしょ。王子の婚約者で、外交的にも大きな役割を担っている聖女を連れ出すなんて。
扉を開けて入ると、顔色の悪いハルカと、少し緊張した様子のショウが座っていた。こちらを見つめる彼の瞳にはいつも通りの黒い瘴気と緊張、そして決意が宿っているように見えた。
「ショウ……さん」
掛ける言葉も、言葉のかけ方もわからない。王子の前で素のあたしを出すわけにはいかないし……。
ひとまず、ショウの対面に王子と並んで座る。固まった空気を動かしたのはやはりショウだった。
「よ。昨日は大変だったな。怪我はしてないんだよな?」
ショウが友達に話しかけるかのように気安く声をかける。王子は気を悪くすることこそないものの、彼の態度に驚いたみたい。
「え、ええ。大丈夫、ですよ」
驚いたのはあたしも同じ。冒険者には権力者との話し方を知らないような人もいるけれど、彼がそうではないことはここにいる全員がわかっている。
「その様子だと、話は聞いたみたいだな。前に言った通り、マリアを連れ出しにきたぞ」
「ほう、言った通り、とは?」
「以前の護衛以来の際に話していたのです。たまには抜け出して外の世界を見にいこうと」
ショウの発言に王子が反応した。当然の反応。以前からあたしの、聖女の連れ出しを計画していたなら、普通は誘拐の計画を立てていたのかと思う。
本人のフォローで誘拐ではなくちょっとした抜け出しの計画であったことが伝わったようで、王子の警戒が少し薄まったけれど、あたしは未だにどう反応していいのかわからない。
「……遠まわしにつつきあっていてもらちが明かないな。マリア嬢。はっきり聞きましょう。貴女は彼らの旅について行きたいのですか?」
王子があたしの目を見て聞く。
誰の意思でもなく、あたしの意思を聞かれる。そんなこと今までなかった。
あたしは、なんて答えるべきなの?
「マリア様」
「し、シス!あなた、どうしてここに?」
昨日の一件で左腕を失い、安静にしていたはずのシスが部屋の入り口に立っていた。
「あの修道士の少女から話を聞きました。おおかた、初めて自分でする大きな決断に戸惑っているのでしょう?」
「う……」
見透かされている。唯一の家族に嘘は付けそうにない。
「シス、あたし、どうしたらいいの?」
経験したことのない状況への混乱。あたしはすがるように問いかける。
「マリア様、あなたは間違っています」
「間違ってる?」
「皆さんが聞きたいのはマリア様がどうすべきかではなく、どうしたいかなのですよ」
どうしたいか。あたしが、どうしたいか……。
シスの言葉を反芻する。あたしが、したいこと。
「ありがとう、シス」
席を立ち、ショウ、ハルカ、カルロ王子の三人を見る。
もう迷いはない。
「私は、いえ、あたしは――――――」
◇
カルロ王子との話し合いの翌々日。俺とハルカは王都の共同墓地に来ていた。
魔物による王都襲撃の犠牲者の遺体は一度ここに集められ、身元の確認ができたものは遺族に引き取られ、そうでないものは国が管理する共同の墓に埋葬される。
俺たちはリイドの身元を確認し、さらに金を払って共同ではないリイドの墓を作ってもらった。事前にそういう人間が現れることも想定していたらしく、一日で墓は完成した。
ハルカと二人、リイドの墓に手を合わせる。
リイドを殺したのはあの男だ。胸を一突きされたリイドの遺体は、そこさえ隠せば本当に死んでいるのかと思うほど綺麗なままだった。
「……オーフェンさんとラシィさんは無事でしょうか」
「無事さ。あの二人だからな」
空を見上げる。雲一つない、青い空。あの結界の中から見た空は黒くくすんでいた。
今、あの二人もこの青い空を見ているのだろうか。
「さ、行こう」
「はい」
二人でその場を離れ、王都の入り口へ向かう。俺は自分のルーツ探しをやめたが、旅をやめたわけではない。この未知の世界を、自分の脚で旅したいのだ。
王都の入り口である門に着く。そして―――
「遅いじゃない!何してたの?」
髪をまとめ、以前の旅でのものと同じ格好に身を包んだマリアと合流した。
金髪に蒼眼という特徴は聖女や聖者に共通の特徴だが、そうでなくてもこれらの特徴を持つ人間もちょくちょくいるため、下手に隠したりはしていない。
「ちょっとな。カルロ王子は大丈夫だったか?」
「ま、納得してくれてるからね。すっごく心配されたけど……」
「おおー、愛されてますね~」
「まあね。それで、これからはどこに行くの?」
あの日、マリアは俺たちと一緒に来ることを望んだ。
カルロ王子は少し考え込む様子を見せたが、いくつかの条件を呑むことで同意を得た。もちろん公式の発表はされず、浄化院などへはマリアは先日の一件で体調を崩していることになっているようだが。
「これからどこに行くか、そうだな……マリア、決めてくれるか?」
「え、あ、あたしが?」
「いいですね!マリアさん、決めてください!」
そう。今この娘は、自分で行き先を決められるのだ。
クスクスと笑った少女が門の外を指さす。
「じゃあ、あっち!」
屈託のない笑顔。いつもその顔のどこかにあった諦めの色は、すっかりどこかへ消えていた。
三人で並んで歩き出す。好きな速さで、好きな所へ、好きな目的で。
自由をかみしめるように、俺たちは王都の外へ足を踏み出した。
これにて第2章終了です。次回から第3章に入っていきます。お楽しみに!




