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自分と世界を救うには  作者: あるつま
第2章 聖女マリアとエルフの里
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38話 震える声で②

それは突然のことだった。何もないいつもの日常が、ほんの数時間で壊れたの。


その日は特にお勤めもなく、あたしは部屋でぼんやりと本を眺め、暇をつぶしていた。天気はどんよりと曇り、それがあたしの暇と言う憂鬱を強調しているように感じた。


ただ、その日はいつもと少し違った。いつもは俗世からほとんど隔離されて静まりかえっている教会に、外の喧騒が届いていた。

不思議に思ったあたしは、お茶を淹れに来た修道士見習いの少女に声をかける。


「なんだか賑やかですね。今日は外でお祭りでもあるのですか?」

「いえ、そのような話は聞いておりませんが……確認して参りましょうか?」

「そうですね。お願いします」


少女が出て行った……と思うや否や戻ってきた。その顔は恐怖に歪み、青ざめている。


「ま、魔物が……外で魔物の大群が暴れてます!」

「……え?」


外で?魔物の大群?ここは王都よ?そんな大量の魔物が発生する場所があるなら対策されていないはずがないわ。


「マリア様!ご無事ですか!?」

「シス!」


慌てた様子でシスが入ってくる。何人かの黒服の修道士、つまり教会の戦闘員も一緒だ。


「マリア様、落ち着いてお聞きください。王都に魔物の大群が突然現れました。町は大混乱、王城にもかなりの数が押し寄せているらしく、そちらでもかなりの規模の戦闘が起きているようです」

「そんな……どうすればいいの?」


大混乱はあたしも同じだ。突然訪れた命の危機に思考が止まる。隣にいる少女は恐怖のあまり湧いてきた吐き気をこらえているようだ。


「ひとまずは入り口の防備を固め立てこもります。確かに魔物の数は多いですが、見たところ空を飛ぶ個体はいませんでした。下の入り口さえ守り切れば問題はないでしょう」

「そ、そうなのね、わかったわ。私はここにいるだけでいいの?」

「はい。むしろ決してここから出ないように。万が一のため、ここにも防衛線を……」

「いーや、その必要はねえぜ」


突然声がかかる。粗暴な、いや狂暴な声。驚いて振り返ると、開かれた窓から細身の男が入ってくるところだった。


「だって、そうだろ?どうせお前ら、今ここで死ぬんだからな!!」


男は背負った槍を手に取ると、こちらに向き直った。

向けられた瞳は赤く……見覚えのある黒いもやがその奥にくすぶっていた。





「ハルカ、あなたは私の弟子で、娘よ。必ず幸せになりなさい」

「ラシィさん……。ありがとうございました。また必ずどこかで会いましょうね!」


ハルカとラシィさんが抱擁と共に別れの言葉を交わす。俺たちとオーフェンさんたちがまた会えるかどうかはわからない。突然の別れはお互いにとって辛いことだ。


「オーフェンさん、改めてありがとうございました」

「うむ。儂が伝えるべきことは全て伝えた。くれぐれも、後悔のないようにな」

「はい。……ハルカ、準備はいいか?」

「はい。行きましょう、マリアさんの元に」


ハルカが俺の肩に触れる。このまま望郷の指輪で子機に帰れば、マリアの元に行けるはずだ。俺は魔力を指輪に集め……。


『ショウ、聞こえる?』


突然、マリアの声が聞こえた。これは……?

その声はマリアと立ち寄った雑貨屋で貰った、遠くの声を伝えるという指輪から聞こえてきていた。指輪はわずかに光を放ち、マリアの声を伝えてくれている。


「聞こえてるぞ、マリア!無事か?今どこにいる!?」

『あのね、あたし、あなたに謝らなきゃいけないの』


俺の声は聞こえていないのか、マリアは俺の声には応えず話し続ける。


『初めてあったとき、脅したりして、ごめんね』


『外に連れ出してなんて、わがまま言って、こめんね』


『あなたから預かった水晶玉、持ってきちゃった、ごめんね』


「マリア……」


『きっともう、会えないから、せめて最後に、謝らなきゃって……』


震える声でマリアが言う。

俺は望郷の指輪に魔力を込める。ありったけの感情をぶつけるように。


『ごめんね。ショウ、あたし、あなたに何も返せなかった』


かすかだった通話の指輪の光がさらに弱まっていく。指輪の力が消えていき、マリアの声も消え入るように小さくなっていく。



『……………ごめん、助けて』



望郷の指輪が力を放つ。俺たちは、エルフの里を後にした。







「なんだ、そんだけか?つまんねえ」


細身の男が迫る。私を守る修道士たちはみな、既に倒れ伏している。ほとんど何が起きているのかもわからなかった。そしてその中には……ずっとあたしを守ってくれていた修道士も含まれている。

ああ、シス。あなたにも謝らないといけないわ。あたしなんかのために、命まで投げ出して。

ここにいるのは男とあたし、あとは震える修道士見習いの少女だけ。カルロ王子とお茶をしたこのバルコニーが、あたしの最後の地になるみたい。


「お前は殺さねえから安心しろよ。ま、今死ぬか後で死ぬかの違いだろうがな」


何の安心もできない。唯一の救いは、この子だけでも逃がせそうということかしら。

ぼんやりと宙を見る私の視界で、男の表情が変わる。


「まあしかし……そのガキはいらねえな!」


男が醜悪な笑みを浮かべる。自分より弱いものを嬲って楽しむ、そんな醜さが鮮明に表れた笑み。

男が槍を構えて迫る。

させない。たとえ死んでも、譲れないものくらいあるのよ。

あたしは少女と男の間に体を滑り込ませ―――


光が視界にあふれる。突然のことに、男も私も動きを止める。私の懐から漏れるその光は、強いはずなのに不思議と目に刺さらない、優しい光だった。





望郷の指輪の力で、俺は見たことのない場所に降り立った。隣にはハルカがおり、後ろには何が起きたのか理解できていないマリアが見知らぬ少女をかばっている。


細身の、槍を携えた男と目が合う。赤い瞳。こいつが何者かはわからない。ここがどこかもわからない。だがすべきことはわかる。


互いに踏み出す。リーチで勝る男の槍が迫り、それをかわす。すさまじい速さの突きだが、脅威はない。本命は、それに続く薙ぎ払い。

避ける手もあるが、あえてぶつかりにいく。全力の振り下ろし。両者の武器が轟音と共に交差する。


互いにはじけ飛び、大きく距離が離れる。だがすぐに体制を直して着地した俺と違い、相手はそのまま壁に強く叩きつけられた。


「ハルカ!」

「っ!はい!」

「みんなを頼む!」


ポーチをハルカに投げ渡す。中にあるポーションやらを使えば、周りで倒れている人で息のある人は助けられるだろう。そんな人がいるのかはわからないが。



「ぐ、いってえ……」


男が起き上がる。追撃はしない。こいつには、聞かないといけないことがある。


「てめえ、同族だろうが。なんで俺の邪魔……」

「お前に聞きたいことがある」


剣を構える。俺の最後の迷いを断ち切るための問い。


「お前は何のためにこんなことをしてるんだ?」

「は?」

「何のためと聞いたんだ」


怪訝そうな顔の男が、嫌な笑みに変わる。不愉快な予感がする。


「楽しいから」

「楽しい?」

「ああ、俺を見下して、俺を差し置いて楽しく生きてた連中が、俺の楽しみのために死んでいく。それが楽しくてしかたねえ」


ああ、そんなことだと思った。


「お前、知ってるか?誰でも生きてる時は色んな表情をするが、死ぬときはみんな同じ顔をするんだぜ。信じられない、いやだ、死にたくない、ってそんな表情さ」


知らねえよ。知りたくもない。


「そんな表情を見るのが楽しくてな。生きた人間を殺ったのはさっきが初めてだが、すっかりハマっちまったぜ。今の目標は、それ以外の表情で死ぬ奴を見つけ」

「もういい」


どうしようもない、屑。殺しても構わない、悪。

自信がなかった。自分と同じように言葉を話す存在を殺すのに躊躇うんじゃないかと。どれだけ追い詰められても、人を殺すことを避けてしまうんじゃないかと。

だから、聞いてみた。人を殺せる輩の考えを。とても理解できないが、おかげで俺は、今成すべきことを成せそうだ。


「よかったよ、聞いてみて」

「ああ?気味のわりいやつだな。どのみち、なにを聞いても変わらねえよ。今から死ぬんだぜ?お前」

「死なねえよ」


剣を構え、飛び込む。熱くなると思っていた頭は、不思議と冷静なままだった。


よかった。本当に、よかった。

俺が初めて殺す人が、お前みたいな屑でよかった――――。



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