37話 震える声で①
「確かなのか、ラシィ」
「間違い、ありません。リイドに掛けていた追跡の魔術が、かの者の死を告げています」
「……そうか。………………そうか」
オーフェンさんとラシィさん、二人の間で何かの確認が行われる。リイドさんの死。信じられないような出来事を、二人は静かに認識していた。
「待ってください。リイドさんが、死んだ?死んだって、どういうことですか?」
「そのままの意味よ、ハルカ。リイドの魂はテミスの輪廻へ還ったの」
動揺する様子のハルカに、ラシィさんは努めて冷静に答える。そこには悲しみと諦めの色がにじんでいた。
「もし本当にリイドさんが死んだとして、その理由や場所はわからないのですか?急に死んだとだけ言われても納得できません」
「理由はわからないけれど、場所ならわかるわ。私の記憶が正しければ、ここはこの国の王都がある場所ね」
「王都……?王都ヨンドですか!?」
俺の質問へのラシィさんの答えにハルカが動揺する。それと同時に俺も同じ考えに至った。
「「マリア(さん)が危ない!」」
「……ふむ。その様子じゃと、その地に友人がいるようじゃな」
「オーフェンさん、お世話になりました。俺たち、今からそこへ行きます。幸い、すぐにそこに飛ぶ道具は持っているので」
急がないといけない。リイドさんの死。それそのものだけでも大きすぎるのに、マリアまで……。
「…………時が来たのかもしれんな。ショウ、儂についてこい。すぐに済む。ラシィ、準備を頼む」
「兄さん、やはり今なのですね?」
「うむ。これぞ運命。長すぎた我が人生にようやく意味が生まれるようじゃ」
意味深な二人の会話。俺とハルカは混乱している。
「一体、何の話を?」
「時間がないのじゃろう?説明するより見せた方が早い。来い」
有無を言わさない様子のオーフェンさんに連れられ、里の中央の祠に向かう。そこにオーフェンさんが手をかざすと、祠が一瞬光り、後ろへとずれる用に動いた。そして現れたのは……階段?
そのままオーフェンさんが階段を下りてゆき、俺もそれに続く。
「ショウ、お主は強くなった。少なくとも儂が初めて見たときより格段にな」
「なんの話です、こんな時に?」
突然の話に困惑する。今王都で何が起きているのかわからない以上、必要のない話をしている場合ではない。
「まあ聞け。この数週間で儂はおぬしの人となりもなんとなく理解できた」
「その儂が言おう。お主は勇者とは別人じゃ。お主と勇者が同じ魂を持つとしても、そうでないとしても、お主はお主じゃ。それに変わりはない」
「だからの、お主はお主の信じた道を行けばよいと儂は思う。女神様が何を考えてお主をここに遣わしたのか、それはわからん。わからんのなら考える必要もあるまい」
「ここで得た力は、お主と、お主が守りたいと思ったもののために使え。勇者のようになるな。自分も救えぬものに救われないと滅ぶ世界など、滅んで然るべきなのじゃよ」
「オーフェンさん、それは……」
「……さあ、着いたぞ。ここじゃ」
階段を降り切ると、そこには台座のようなものがあり、そこに鞘に入った剣が供えるように置いてあった。薄黒い、里を囲う結界と同じ色の光を放つそれを見たとたん、俺はこの世界に来て何度目かの激しい頭痛に見舞われた。
◇
『……この剣は?』
『餞別の一つだね。せっかくオーフェンに鍛えてもらったんだし、武器もそれなりのものを使った方がいい。相手が相手だしね』
『そうだな。……なあリオラ、一つ聞いていいか?』
『なんだい?』
『どうして自分で戦わない?俺よりも強いだろう?』
見覚えのある丸太づくりの家。おそらくエルフの里の家の一つの中であろうそこで、今のように薄暗い光を放っていない剣を受け取った勇者が女神リオラに問いかける。一見咎めているように聞こえる台詞だが、その声に女神を責める意思はなく、純粋な疑問として投げかけられたことが伝わってきた。
『ああ、実はね、既に戦っているんだ』
『なんだって?』
『邪神が現れると君に伝えてからそれなりに経つけど、まだ特にそういった話を聞かないでしょ?今、僕の本体が邪神の到着を遅らせているのさ。といっても、せいぜいあと数年ってところだけど』
『そうか。わかった』
『聞いといて淡泊だね……。ねえ、僕からも質問いいかな?』
『なんだ?』
『どうして引き受けてくれたの?こんな使命。正直、間違いなく断られるとおもったよ』
こちらも、純粋な疑問として投げかけられたのだろう。どこかあきれたような声色で女神が問いかけた。
『俺はずっと一人だった』
まるで他人事のように淡々と、なんの感慨もなく勇者が告げる。
『孤児として生まれ、冒険者として何となく毎日を過ごした。なんの意味もなく生きていたし、何の意味もなく死ぬと思っていた』
『だが今は違う。おそらく死ぬだろうが、意味なく死ぬわけじゃない。それは惰性で生きるよりもずっと尊いと思う』
『…………それが、理由?』
『ああ』
『そっか』
沈黙が流れる。俺はやはり勇者を好きになれない。本当にこいつと自分に関係があるのかすら疑問を呈したいくらいに。
『……ごめん。それとありがとう』
『ああ』
やはり、淡々とした返答。感情の起伏に乏しい勇者の言葉を振り切るように、俺は勇者の記憶を抑え込んだ。
◇
「大丈夫か?」
「ええ、これは勇者の使っていた剣ですね?」
「わかるのか。その通り、これはかつて勇者が使っていた剣。かつては大きな力を持つ魔道具だったようじゃが、今は瘴気に汚染されその力は封じられている。通常の人間では触れることすらままならぬが、魔物であるお主にはむしろ力の源となろう」
薄暗い光を放つ勇者の剣は、俺がこれまで振ってきた剣とほぼ同じ大きさ、形状だ。まるでそれすらも俺と勇者のつながりを示しているようでなんとも言えない気分になる。
「この剣を、お主に託そうと思う」
「え?」
目に見えるほどの瘴気を持つ剣。マリア曰く、望郷の指輪の瘴気は俺に吸い込まれているらしいので、この剣も俺が持てば周りに害を及ぼすことはないだろう。
しかし、この剣は里を守る結界の源泉であるはず。これを持ち出せば、オーフェンさんとラシィさんはここで生きていけなくなる。
「何を言っているんですか。これを持ち出したら、お二人はどうするんです?」
「安心せい。この日のため、準備をしてきた。きっとこれから先、この剣がおぬしに必要になる」
「その根拠は?」
「勘じゃ」
「そんなこと……!?そんなことのために、故郷を捨てて、瘴気のある外界で生きていくんですか!?そりゃあ、ラシィさんの聖魔術があればそうそう危険はないかもしれないですけど、だからって……!」
この剣を持ち出せば、オーフェンさんたちは居場所を失う。勘を根拠に、この人たちの安寧を奪うなんて俺はしたくない。
「どのみち、もう限界なのじゃよ」
「限界?」
「わしらの寿命じゃよ。言ったじゃろう、瘴気による汚染は不可逆的なもの。我らの老いはそう遠からず限界を迎える。だからこそ、せめて最後になにかをこの世界に残したいのじゃ。我らは子を成せぬ。しかし、おぬしらと過ごしたこの数週間はまるでその夢が叶っていくようじゃった」
「オーフェンさん……」
「ショウ。故に、お主にこの剣を託す。そしてもう一度言おう。お主の力はお主と、お主が守りたいもののために使え。それが儂の願いじゃ」
オーフェンさんの言葉に背を押され、おれは台座の前に立つ。静かに光を放つそれを手に取る。まるでずっと握ってきたかのように手に馴染むそれを、俺は新たに背中に背負った。




