36話 充実と喪失と
「あの、ショウさん。これ何をしているんですか?」
エルフの里について二週間が経った。俺は新たな修行のための道具の作成をはるかに手伝ってもらっていた。わらで作った案山子の適当な位置に、水の属性級を埋め込んでもらっている。
「俺たち、ここについてからそれなりに強くなったと思わないか?」
「それはまあ。それがなんです?」
「そんな俺たちに足りないものは何だと思う?」
「え?ええと……なんでしょう?」
不思議そうな顔が変わらないハルカに俺は声を大きくする。
「それは……必殺技だ!」
「必殺技!?」
そう。ここに修行に来てからというもの、していることは素振りと実践演習がほとんど。それはそれでいい修行になっているし、成果も感じているが、やはり飽きがくる。そこで俺は自分の持つ得意分野を考え、ここぞという時のための必殺技を考えたのだ。今ハルカにやってもらっているのはそのための修行道具の作成だ。
「必殺技って、どんな必殺技ですか!?気になります!」
「まあ待て。完成してもいない必殺技について語るなんて野暮なことさせないでくれよ」
「むう……わかりましたよ。でも完成したら絶対見せてくださいね!」
「もちろん。楽しみにしててくれ。ハルカはそういうのは考えないのか?」
「必殺技、ですよね。今ラシィさんに教わっている魔術の新技術があるんですが、それを絡めた必殺技を何か考えてみます」
ハルカも結構乗り気だ。せっかく魔術や魔物のある世界で生活するのだから、そういったものも欲しくなる。単純に戦力増強という意味もあるが。
ハルカと別れ、案山子に向き直る。さて、うまくいくか?
今のところ、頭で考えたこの技術が現実でうまくいくかはわからない。実験を兼ねた修行が始まるのだった。
◇
あたしは、わがままなお子様だと思う。
世界にはお腹を空かせて倒れる子供がいて、魔物に襲われ殺される人がいて、病気になっても碌な治療を受けられず苦しむ人がいる。
あたしにそれはない。衣食住も身の安全も保障された環境を与えられ、およそ死とはかけ離れた世界にいる。
その代償は、自由。あたしは死ぬまで誰かの言いなりになって過ごすのだ。
自分のしたいことをして死ぬのと、何もせず生きているのと、どちらが幸せなんだろう。
幾度となく考えたその問題が、自分に与えられた質の良い環境によるものだとわかっている。きっと、世の中のほとんどの人は毎日を生きるのに必死で、幸せが何なのかなんて疑問は持っていない。
清潔で広い自分の部屋で、私 あたしは水晶を見つめる。つい持ってきてしまったこの水晶。これを持っていれば、彼らはまたあたしに会いにくる。
「マリア様」
「あら、シス。レディの部屋にノックも無しに入るのは感心しないわね」
「何度もしましたが、気づかれていないようでしたので。カルロ王子がいらっしゃっています」
「またなの?あの王子様も案外暇なのかしら」
「いえ、カルロ王子は王位継承の第一候補。次期国王としてお忙しいはずです」
「わかってるわよ。じゃ、すぐに行くわ」
あたしの婚約者がまた会いにきたようだ。初めて顔を合わせてからほとんど毎日来てるんじゃないかしら?まああたしはまだ聖女としてのお披露目もされてないし、時々一般の浄化師に交じって浄化の仕事をしているだけで暇なのだけど。
手短に準備を済ませてバルコニーに向かう。三階にあるあたしの部屋からは、そのまま三階の廊下を歩いていくだけでいいのですぐだ。
「ああ、マリア嬢。迷惑かと思いつつ、今日も来てしまいましたよ」
「いえ、お忙しいなか大変でしたでしょう?私もカルロ王子とお話するのを楽しみにしていましたの」
この人があたしの婚約者、カルロ・ヨンド王子。あたしよりいくつか年上けど、おじさんとは呼ばれない年齢。どんなおじさんと結婚させられるかとひやひやしていたから、それだけでもいくらか救われた気分ね。
話すのが楽しみなのも嘘じゃない。大体のことは自室で何もせず過ごしているよりは楽しいでしょうけど、カルロ王子は明るく誠実な人だし、籠の鳥なあたしの境遇にも理解を示してこうしてわざわざ会いに来てくれている。
もう、いいかな。外の世界のことなんて諦めて、この人と一緒になれば。
そう思うのに、頭ではそれが正しいとわかっているのに。それでもあの短い旅の記憶が頭にちらつく。
…………やっぱり、わがままなお子様ね。
◇
「どうですか、オーフェンさん」
「何をしているかと思えば、必殺技とは。なんとも発想が可愛らしいのう」
必殺技考案から一週間。それなりに形になったそれをオーフェンさんに披露したのだが、技より先に発想を評価されてしまった。
「そんなことはいいんです。それより、どうでしたか?それなりに自信はあるんですが」
「うむ、応用性もある技じゃ。悪くはないの。しかしなぜ、突然こんな技を編み出そうと思ったんじゃ」
「これまでにあった中で、オーフェンさんの次に強いと感じた相手の対抗策を練ったまでです。いざという時に不利になる要素を残したくないので」
俺の思い描いたのは、蝙蝠羽の少女。空を飛び回り、強力な魔術を駆使する彼女と戦うとなれば苦戦は免れないが、少しでも対策をしておきたかったというのがこの技の発想の源だ。
「で、名はなんというんじゃ?」
「え?」
「名前じゃよ、名前。必殺技と銘打っておいて、名前の一つもなければ恰好がつくまい」
「ああーー……考えてませんでした」
「そうか、では『一心』はどうじゃ?」
「『一心』?」
「ぴったりじゃろうて、この技に」
提示された名前と、技の中身を見比べる。なるほど、確かに合っている。
「ええ、それにします。この技の名前は『一心』です」
「うむ。では今日も始めるか?」
「はい。でもその前に少しいいですか?」
「なんじゃ?」
「あの祠は何なんでしょう?」
命名もそこそこに、ずっと気になっていたことを聞く。里の中央に位置する祠。そう大きなものではないが、時折オーフェンさんが手入れをしているのを見かけるのだ。
「ああ、あの祠か。あそこには、この里を覆う瘴気の結界。その核となる存在が封じられておる。もし興味があれば、今度見せてやってもよいぞ」
「瘴気の結界の核……ええ。いずれ見せてください」
瘴気は、俺とは切っても切れない存在だ。文字通り生存に関わる物質である瘴気の性質には興味がある。見ても理解はできないだろうが、見ておきたい。
エルフの里に来てこれで三週間。マリアとの手紙のやり取り以外で、ほとんど外との関わりがないが、それでも楽しい。修行の成果も出てきて、必殺技までできた。達成感が心を充実させる。
ハルカさえよければ、もうしばらくここにいてもいいかな……なんて思っていた。
それは突然やってきた。
その日も、オーフェンさんに見守られながら、実戦演習前の素振りをしていた。
そこに、それまでほとんど椅子に座っているところしか見ていなかったラシィさんが駆け足でやってきた。いつもおだやかで優しい笑顔を浮かべている顔は蒼白になり、焦燥と絶望が浮かび上がっている。
「どうした、ラシィ」
「兄さん……リイドが……リイドが、死にました」
崩れる安寧。
この世界を生きること。それがどういうことか突き付けられようとしていた。




