35話 修行と、迫る不安
「ふっ!」
火の属性球を投げつけ、そのままそれを追うように走りこむ。防げば火傷、避ければ体制が崩れる算段だ。
「甘いわ」
投げた火球が、空中で炸裂する。相手…オーフェンさんの放った小さな魔法に撃ち落とされたのだ。牽制にすらならないのか。
そのまましばらく剣の打ち合いがあったが、結局は地力の差でほとんど相手にもならなかった。俺は剣を弾かれ、喉元に剣を突き付けられた。
「今日はここまでにしようかの。多少はマシになったが、まだまだ小細工に頼ろうとする癖がある。それを悪いとは言わぬが、もう少し実力をつけてからにせい」
「はい、ありがとうございました」
エルフの里にたどり着いて数日。俺とハルカはエルフの三人に稽古をつけてもらっていた。俺はオーフェンさんに剣術を、ハルカはラシィさんに魔法と弓を習っている。
俺たちとの話を終えたオーフェンさんが提案してくれたのだが、お互いほとんど独学でここまでやってきていたので、きちんと習えるのはうれしい。なお弓はエルフの三人の誰でも扱えるそうなので、ハルカはそのままラシィさんに習うことにしたようだ。
今日の修行メニューを一通り終え、自主的な素振りをする。ここ数日の修行でオーフェンさんに何度か言われたことで、ついさっき言われたことにもつながるのだが、俺は戦闘中に考え込みすぎて動きが遅くなっていることがあるらしい。それ自体は悪くないが、個々の動きを洗練することが動きのタイムラグをなくす最短で確実な道らしいので、その一歩として素振りは毎日行っている。
振り下ろし、薙ぎ払い、突き、鍔迫り合い、これらを繰り返す。俺の目指す「避けながら切る」を実践するには、これらの動きを回避と同時に行う必要があるのだ。そのためには、その一つ一つを淀みなく行えるようにならなくては。
と、素振りを繰り返す俺のもとにハルカが近寄ってきた。何かを言いたげな、不安に不満が混じったような表情をしている。
「ショウさん」
「ハルカ。どうした?」
「本当に、いいんですか?旅のこと……」
俺はあの日、オーフェンさんに自らの旅の終わりを告げた。正確には、自分のルーツを探るための旅を、だが。旅そのものは続けるかもしれない。
俺はこの世界に来た当初、自分がなぜこの世界にいるのか知りたくて仕方がなかった。世界も、自分の肉体も、すべてが変わった。その変化を受け入れるために、せめてなぜそうなったのかを知りたかった。
ただ今はそれほどそのことについて知りたいとは思わなくなった。この世界に来て、もうすぐ2か月になる。ダズ、ハルカ、シャット、マリアにシスさん……気を許せる相手が徐々に増えるにつれ、自分自身に対する不安は薄れていった。
別に俺が何者でもいい。俺が何者かを決めるのは俺と、俺の周りの人たちだ。もう、俺がどうしてここにいるのかを確かめる必要はない。
元の世界に未練がないかと言われると少し思うところはあるが。特に家族に関しては、俺がいなくなったことを悲しんでいるだろう。あるいは、俺は生まれ変わってこの世界にいるだけで、元の世界の俺は死んでいているのかもしれないが……。
返事を待つハルカに言葉を返す。
「ああ。旅自体は止めるつもりはないけど、俺が何者か調べることについては別にいい。もう満足したからな」
「そうですか……。そうですね。ショウさんが満足したならいいですよね!」
「ああ。ありがとな、ハルカ」
「いえいえ!そういえば、今日はリイドさんが外から戻ってくる日ですよね?」
「そうだな。もうすぐ戻ってくるかな……?」
リイドは主に外部の状況の確認と情報収集、そして必要な物資の確保を行っているらしい。ラシィさんが聖魔術を使えるようで、祝福……瘴気を一定期間祓う聖魔術を受けて外部に出ているらしい。今日はそのリイドが戻ってくる日であり、俺が頼んだあるお使いをこなしてきてくれる手はずになっている。
「外と言えば、あの時は驚きましたね、ほら、依頼の報告をしに戻った時の」
「ああ、ビルマがあんなに義理堅い奴だとは思わなかったよ」
エルフの里についてから一度ギルドに戻って報告をしたのだが、俺たちが死の森に出発してから丸一日以上経っていたので行方不明扱いになっていたらしく、ビルマが俺たちの捜索をするメンバーを募っていたのだ。
そこにふらっと俺たちが戻ってきたので、余計現場は騒然としてしまった。丸一日死の森で何をしていたのかビルマに詰めよられたので、報告を忘れていたとごまかしたら普通に怒られてしまった。
一応命の恩人とは言え、成り行きで一度助けただけの俺たちをそこまで心配してくれているとは思っていなかったので驚いた。今回の定期駆除依頼はその報告を最後に終わり、そのままビルマとはそこで別れた。ビルマは機械帝国出身の人間だったらしく、一度故郷に帰ると言っていた。
「ビルマにもまた会えるといいな」
「会えますよ、きっと」
……と、ここでリイドが帰ってきた。俺の頼んだものはあっただろうか。
「戻ったぞ、ショウ殿、ハルカ殿。頼まれたものも回収してきた」
「ありがとう、リイド」
「おかえりなさい、リイドさん。お疲れ様です」
俺が頼んでいたものとは、マリアからの手紙だ。配達人ギルドも代理受け取りは可能で、直筆の委任状と受け取る本人の身分証があれば受け取れる。
「さあ、早速読んでみましょう!」
手紙を開こうとする俺にハルカがズイっと迫る。近いなあ。
深く考えないようにしつつ手紙を開く。こちらから以前送った俺たちの近況に対して羨ましがる言葉がいくつか続いてから、マリアの近況報告があった。
前回のマリアの手紙に書かれていた通り、婚約相手との面会があったそうだ。
なんと、婚約相手とはこの国の王子だったそうだ。浄化院とのつながりを濃くしたいという王国側の意図はわかるが、これほどとは。
王子本人は紳士的でマリアの境遇にも理解を示してくれているそうで、まともな婚約相手でほっとしたと書かれていた。
今後はしばらく一般の浄化師に交じって教会で仕事をし、ある程度新しい土地に馴染んでからお披露目、婚約の発表とつながるらしい。
「お相手がいい人そうでよかったです」
「本当にな。できれば一回会って話をしたいところだが……」
「それはマリアさんにですか?お相手さんにですか?」
「どっちもだ。結婚だなんて人生の転機を前にしたらどっちも不安だろうし」
「ショウさん、視点が父親みたいです……」
たわいもない会話をしている俺たちの元へ、手紙を渡してからいなくなっていたリイドが戻ってきた。
「ショウ殿、ハルカ殿、少しいいか?伝え忘れていたことがあった」
「なんだ、リイド?」
何やら神妙な面持ちのリイドに少し不安を煽られる。何かあったのだろうか。
「ショウ殿らは、ヨンド王国に友人はいるのか?」
「友人?いるけど、なぜ急に?」
「いやなに。最近王都の方で少しきな臭い噂があってな」
「噂?」
「ああ。なんでも、機械帝国が兵士を募り、軍備を整えつつあるらしい。ヨンド王国は機械帝国の友好国。機械帝国が戦争を起こすとなれば他人事ではすまないだろう」
「戦争ですか?いったいどこと、何のために?」
「わからん。妥当なところでいけば古くからいざこざの絶えない魔術王国だろうが、機械帝国は中央集権が激しく外交は読み切れん。もし友人が巻き込まれそうなら、注意するに越したことはないだろう」
「そうか……ありがとう。一応知らせてみるよ」
戦争。元の世界では歴史の教科書の中か遠い海の向こうの出来事でしかなかったそれが、今起きようとしているのだろうか。
小さな不安がまた芽生えつつあるのだった。




