34話 エルフの過去
今回はかなり設定の開示的な要素が強く、物語の展開に整合性を持たせるための話です。
なのであまりそういった部分を気にしない方は小難しい部分を読み飛ばしていただいても大丈夫……だと思います(´・ω・)タブンネ
何故我々のような存在を生み出したのか。その真意は未だにわからぬ。ただ確かなことは、我らがこの世に生まれたとき、女神リオラはそれを祝福してくれていたということのみ。
最初に生み出されたのは儂とラシィの二人きりだった。その後、女神様の手によって同胞が増え、いずれ里が生まれた。
女神様は我らの母そのものであり、また本人もそのようにふるまった。その母よりエルフという種族の名を与えられた我らは、しかしこれといった役割を与えられたことはなかった。エルフの掟は一つのみ。女神リオラの存在について里の外に漏らさぬこと。いたずらに神と人間の関係を壊さぬことだった。
我々が生み出されて数百年。寿命もなく、外的要因による損害がなければ不死とも言える我らは、徐々にだが外部との交流を深めていった。
我らにとって最も衝撃だったのは外の世界を覆う死の概念そのものだった。食べなければ死に、些細なきっかけで病に倒れ死に、なにもなくとも寿命で死ぬ。我々と同じ言葉を話し、外見もほとんど変わりのない存在がそのような環境にあると知った時は、それはもう大層驚いた。
その上互いに殺し合い自らの寿命を削りあうような戦争というものを知った時、驚きと共に我らを襲ったのは怒りだった。短い命を下らぬ同種同士の争いで落とすなど、世界の母たる女神、すなわち我らの母への侮辱に他ならぬ。我らは怒り、自らを鍛え始めた。争いを止めるのに力なき者の言葉が届かぬことをわかっていたのだ。
さらに数百年後。我らはひとまず力によって世界の争いを止めることに成功した。だが力によって収められた争いの火は、百年とたたず再び燃え上り始めた。
我らは理解した。争いとは人の本能なのだと。多く生まれるゆえに、多く死ぬ。時代を経て生き抜く術を獲得し数を増やした人間は、本能に従い自らの種の数を減らそうとしているのだと。
我々は人間への関心を失った。それから数百年、我らは人間との関りを持つことはなかった。
そうしてひっそりと暮らしていた我らに異変が起こり始めた。生まれたときから千年が経とうとしていたそのころになって、肉体に急激な老いが起こり始めた。千年起こりえなかった肉体の変化。我らは誕生して以来の混乱に陥った。
すぐさま女神様に伺い立てた。我らの身に何が起こっているのかと。
それからすぐ、女神様の手によって里は結界で覆われた。青白い、透き通った結界に里が包まれたのち、女神様から説明があった。我らに起きた異変。それは『瘴気』によるものであると。
人間に限らず、すべての生物には『魂』が宿っている。概念的な存在ではなく、物質としての魂。生き物は生まれるときに魂が宿り、死ぬときに世界に魂を還す。これを生物は繰り返し存在している。魂とはいわば生物の核そのもの。
そしてその魂を穢す存在が瘴気。女神様曰く『創造主の廃棄物』だそうだが、詳しくは知らぬ。ただ、瘴気は魂を穢し、生物を通常の状態で存在できなくさせる性質を持つ。それがこの世界……テミスに現れだしたのが今から約200年前。我らはその日から約100年、ただ結界の中で静かに過ごしてきた。結界が張られたとはいえ、一度進んだ老いを戻すことはできず、我々は見ての通りの老人の姿になってしまった。リイドは若く見えるだろうが、魔術でそう見せているだけで実際はかなりの老体だ。
世界に瘴気が現れだしてから約100年が経ったある日。女神様が一人の人間を里に連れてきた。それが、のちに勇者と呼ばれる若者だった。
勇者は才能に溢れ、そして魔物を憎んでいた。瞬く間に儂の剣術を身に着けた奴は、それからすぐに表れた邪神に挑んだ。
我らも邪神については聞かされていた。邪神という呼び名は地上の人間が着けたものだが、実際のところ奴は神と呼ぶにふさわしい力を有していた。
純粋な戦闘能力だけではない。奴は瘴気を無尽蔵に生み出すことのできる存在、この世界に解き放たれた悪意そのものだった。まさに、世界の脅威。
聖魔術をもってしても、奴には対抗できぬ。そもそも聖魔術とは瘴気を操り、一時的に遠ざける魔術。瘴気そのものを消すことなどできはしないのだ。
そして……その日はやってきた。落日の日。世界の母たる女神の死。それはまさに、世界にとって崩壊の始まりだ。
我らも例外ではなかった。女神様の術式によって維持されてきた結界は術者の死によって目に見えて衰え、その維持には膨大な魔力が必要となった。
魔力とは何か知っておるか?魔力とは……魂だ。魔力には代謝がある。通常通り魔術を使う程度ならその 代謝によって魂の消耗は回復し、影響はない。ただやろうと思えばできるのだ。生物が存在するために必要な魂すらも、魔力として魔術に変えることが。
間もなく、エルフは三人のみとなった。儂は自らの存在を結界に捧げる同胞たちを見ていることしかできなかった。
絶望に呑まれかけた我々だが、かろうじて全滅は避けられた。というのも、女神様は完全には消滅していなかった。邪神討伐に際し自らの魂の一部を仮の器に収めることで完全消滅を回避した女神様は間もなく戻られ、里に新たな結界を張った。魔力ではなく、瘴気による結界。瘴気を中に通さぬために、瘴気の塊を結界の核とする瘴気の壁を作ったのだ。この方法ならば、結界を維持する魔力はいらぬ。力の大半を失った女神様の、精一杯の対処だった。
そしてつい先日。長く顔を見せていなかった女神様がふらりと現れ、我らに伝えたのだ。「近いうち、勇者の魂を継ぐものが現れる。その者が道を切り開くための力と知恵を授けてやってほしい」とな。
◇
「そして、お主が現れた。リイドを周辺の捜査にあたらせたのは正解だったようだの」
長い話を終え、オーフェンさんが一息つく。ソファーに深く身を預け、少し疲れた様子だ。だがここで終わられては困る。一番大事なことをまだ聞いていない。
「お話は分かりました。それで結局、勇者の魂を継ぐとはどういうことなんですか?俺が魔物であることに、何か関係があるんですか?」
俺の抱えている問題の答えに関する手がかりは未だほとんど得られていない。せっかくここまで来たのだ。できれば納得いく答えが欲しい。
「魔物……魔物とは、宿主を失った魂が瘴気に侵され、それが核となって生まれる疑似生物。察するにお主は、勇者の魂によって生まれた魔物なのだろう」
「勇者の魂……。でも、それならどうして……」
俺は地球で、日本で、神田翔として生きてきた。勇者の魂から生まれた魔物だというなら、俺は日本で死に、魂が瘴気に侵され、魔物としてこの世界に生まれたということか?
それはおかしいだろう。元の世界で瘴気なんて聞いたことがない。仮に瘴気が存在しており、それに汚染されて魔物になったとしても、俺がシュミリオの店で目覚めたことや、俺がこの世界に魔物として現れることを女神リオラが知っていることが偶然であるはずがない。
やはりおかしい。今ある情報だけでは、つじつまの合う説明ができない。まだ何か裏があるのだろう。
黙りこくる俺を見て何かを思ったのか、オーフェンさんが口を開く。
「何か事情があるようだの。それについては後で聞かせてほしいのじゃが……まあそれはよい。肝心なのはお主が今何をしたいか、これに尽きるわい。聞かせてみよ。お主は今、何をしたい?」
オーフェンさんの青い瞳が俺を見つめる。俺はしばらく考えた後、それに答えた。
「俺は……ここでこの旅を終わりにしようと思っています」
俺が選んだのは、自分のルーツを探る旅の終わり。その答えに、オーフェンさんは納得するように深く頷いたのだった。




