30話 深まる謎と決まる指針
問いかけてきた人物を見返す。フードを目深にかぶっていて顔がよく見えない。
……とりあえず、ここで話すのはまずいな。
「少し場所を変えてもいいか?そっちにとっても、ここで話したい内容じゃないだろ?」
「うむ。ではこちらで話すとしよう」
酒場の裏手にいく。人が通る場所でもないし、もし通りかかってもよほど聞き耳を立てない限り店から聞こえてくる音で俺たちの会話は聞こえないはずだ。移動したのち、俺から切り出す。
「さて、さっきの質問だが、俺が答えるメリットはあるのか?そもそも、なぜあれが冗談じゃないと思う?というかあんた誰だ?」
冷静に考えれば、相手がしていることはこちらの会話の盗み聞きをしてその会話の内容について一方的に聞くということで、かなり失礼な行為だ。素直に答えてやる意味も義理もない。多少強気に出てもいいだろう。
「まあ、当然の反応か。ではこちらの持つ情報を先に明かそう。私がなぜ先ほどの貴公の発言を本気ととらえたのか。それは貴公の身に着けている『それ』のためだ」
そう言い、相手は俺が着けている指輪、望郷の指輪を指さす。
「この指輪がどうかしたか?」
「とぼけても無駄だ。その指輪はかつて勇者様が身に着けていたもの。勇者様は死の大陸の奥地で亡くなられた。それを持っている貴公がただ者でないことくらい考えずともわかる」
なるほど。大きな情報だ。今の発言から、相手に関してある程度のことがわかった。勇者が死んだのは100年ほど前。その勇者が身に着けていたものを見たことがある時点でこの人物もただ者じゃない。
勇者が死の大陸で死んでからその遺品がどうなっているのかはわからないが、おそらくこの人物は望郷の指輪を見たことがあるのだろう。しかしこの指輪は俺が女神リオラからもらったものだ。勇者の遺体からこの指輪を女神が回収したのなら、それを見たことがあるこの人物は何者だ?ちょっと探りを入れてみるか。
「なるほど。この指輪がね。そうだな、さっきの質問に答えるのは遠慮したいがこの指輪をくれた友達の名前くらいなら教えてもいいぞ」
「ふむ、それはありがたい。して、その友人の名は?」
「リオラだ。それほど親しいというわけでもないんだけどな。この指輪をくれたときも何を考えているのかわからなかったよ」
嘘はついていない。この指輪を女神リオラから受け取ったのは事実だし、受け取った時には結構混乱したからな。
俺の返答に、相手から感じる脅威が徐々に小さくなる。俺への警戒が薄まっているということだろうか。しかし、女神リオラの名前を聞いてすぐに警戒を解くということは、少なくともこの人物は女神リオラについて何か知っているな。この世界で、女神の名前について聞いたことは一度もない。だからこそこの名前に反応するかで相手が何者か探ろうと思ったのだが、思いのほか大きな反応が得られそうだ。
「そうか。その方は、私も……我々もよく知っているお方だ。エルフの里の場所を知りたいと言っていたな。いつでもよい。死の森の最奥。もしもそこにたどり着けたなら、必ずある違和感を感じるだろう。そこで……そうだな、剣を地面に突き立てるといい。それを我らの再会の合図としよう」
おや。少し探りを入れるつもりが、急に話が進んでしまった。相手の声が震えている。まるで泣いているようだ。しかしいささか急すぎる。
「では、また会おう。我々は貴公を待っているぞ」
「いや待ってくれ。勝手に話を進められても困る――」
「ショウしゃ~ん!なにしてるんれすこんにゃとこで~!」
「うおっ!ハルカ!?酒くさっ!」
急に話を進めて立ち去ろうとする相手を引き留めようとすると、突然現れたハルカに突撃された。かなり飲んでいるらしく、酒臭い。というかなんでここに……?
そちらに一瞬気を取られている間に、相手は姿を消してしまっていた。せめて名前ぐらいは名乗っていけばいいものを……。
「わふ~」
「………………」
……しばらくこいつに酒を飲ませるのはやめよう。そう思った。
◇
「ごめんなさい……すごく大切な話をしていたはずなのに……」
「まあ、今後気をつけてくれればいいさ。時と場所と量をわきまえるんだぞ?」
「はい……」
翌日。ハルカに昨日あった話をすることにしたのだが、本人は昨日の失態にすっかり意気消沈してしまっていた。反省してくれるならそれ以上言うこともないので、今回はそれ以上説教を垂れたりはしなかった。
「それよりも、昨日あの時あった出来事を共有させてくれ、あの時―――」
俺は昨日の出来事と、当面は死の森の中心地を目指すことを方針としたいことを告げた。
「ようやく手がかりがつかめたということですね。もちろんそれで大丈夫です!力の限りお手伝いします!」
「ありがとう、ハルカ。とはいえさすがに一日や二日で行くのは無理だろうから、じっくり腰を据えていこう」
「了解です、命が最優先ですもんね。じゃあ、今日も一日頑張りましょう!」
準備は整っている。俺たちは目標を新たに、今日も駆除依頼に参加するためギルドに向かった。
「ショウさんですね?お手紙が届いています」
「手紙?」
ギルドの受付で手紙を渡された。冒険者ギルドと配達人ギルドは提携関係にあるらしく、冒険者は手紙や郵送物のやり取りを配達人ギルドに出向かなくても冒険者ギルドで行えるらしい。今回ここで手紙を受け取るまで知らなかった。
手紙の差出人はシスさんとなっている。だがおそらく、実際にはマリアの手紙だろう。俺たちは少し人の少ないところで内容を確認することにした。
手紙を読むと、マリアの近況が書かれていた。
ヨンドの浄化院についてからのマリアの待遇はかなり良いようで、自由がないということを除けば何不自由のない生活を送っているようだ。もっとも、本人にとっては自由がないという部分が一番辛いらしいのでよかったと言えるのかは微妙だが。
他には、近日中に婚約相手と面会する手はずになっているとも書かれていた。事前にわかっているのは、この国の重要人物が相手だということだけらしい。
婚約……結婚か。わかっていたはずなのに、いざ迫ってみると危機感を強く感じる。そう遠くないうちに、マリアは結婚する。そのこと自体が嫌なわけではないが、マリアがすごく遠くに行こうとしているように感じられて不安になる。第三者でさえこれなら、本人の不安はさらに大きいだろう。
「マリアさん……大丈夫でしょうか。きっと不安ですよね」
「ああ。ひとまず手紙を返そう。この一件が済んだら、一度こっそり会いに行ってみるか」
「……そうですね」
「?」
ハルカが珍しく難しい顔をしている。会いに行くことにはハルカも賛成だったはずだが、どうかしたのだろうか。
俺はひとまずこの問題を棚に上げることにした。マリアの結婚も、早くても数か月はかかるだろう。マリアは国民にまだお披露目もされていない。王都を瘴気から守る聖女が国民に顔見せしないことはないだろうし、重要人物の結婚相手としても、国民に顔を知らせた方がその後都合がいいからだ。
ひとまずの目標は死の森の最奥。俺たちは参加の手続きをし、死の森へと向かったのだった。




