31話 死の森の深部を目指して
死の森は以前も言った通り魔物がやけに多く現れるとされる森だが、そこに現れる魔物の強さは森をどこまで進んだかで大きく異なる。俺たちが初日にたどり着き、ビルマを助けた場所は低層。死の森を入ってそう深くない位置で、出てくる魔物もトレントなどの植物系の魔物や虫の魔物など、冒険者なら油断しない限りそれほどの脅威にならない魔物だ。
ここからいくらか入ると中層、さらに深く進むと深層と呼ばれる階層に入る。明確にどこからが中層で深層と決まっているわけではないが、出現する魔物の強さで階層分けされている。
中層に出現する魔物は狼や猪のような獣型の魔物で、低層の魔物に比べて素早くタフかつ殺傷力の高い攻撃も持っているため腕に自信のない冒険者は訪れない階層らしい。ただその分稼ぎも悪くないようで、中層を専門に狩りを行えばこの定期駆除依頼を受け続けるだけで生活に困ることはないそうだ。報酬を出している政府の財政は圧迫されそうだが、そうしなければならないだけの脅威ということだろう。
最後に深層。ここまでの話はすべてビルマに聞いた話だが、この深層に関する情報は多くなかった。なんでも、大昔に死の森に魔物が発生するようになってすぐ、王国騎士の一団が原因を探るために死の森の奥に入り込んでそれっきりなのだそうだ。
ここからは俺の推測だが、王国が深部には手を出さず周囲の魔物の駆除にとどめているのはそれが原因だろう。どんな怪物がいたのか知らないが、ただでさえ外交的に苦しいらしいこの国の政府にそれ以上の戦力を割く余裕などなかったのだろう。下手なことをして軍力が弱まれば、死の森の魔物より他の国の侵略で王国が滅ぼされかねない。定期的な駆除で済むならそれで済ませるのは正解だと思う。
酒場での怪しい人物との邂逅を経て三日が経った。死の森の定期駆除依頼に参加し始めて、今日で四日目。そんな死の森の最深部を目指す俺たちは今、中層の魔物と戦っていた。
「正面に3、左右から2ずつ!ハルカは正面、俺は左右だ!」
「了解です!」
狼型の魔物の小規模な群れを相手に、ハルカが矢を放つ。正面の三体の足元に刺さった矢は、一瞬遅れてはじけ飛んだ。圧縮された風の力がそこから放たれ、風圧と破裂音で魔物が一瞬ひるむ。
俺はその隙に左手で右の二体目掛けて小石を投げ、そちらもひるませる。そして左の二体を右手に持つ両手剣を振りぬいて切り飛ばす。少々バランスは崩れるが、ただ切りつけるだけなら片手でも問題なく振り回せる。今の肉体でなければ到底できない芸当だ。
包囲網が崩れればあとは簡単。俺はそのまま近場にいる右の二体を切りつけ、ハルカが正面の三体に矢を撃ち込む。最初のハルカのけん制でこちらとの距離を十分に詰められなかった三体はまともな抵抗もできず順番に矢に撃ち抜かれていった。
「よし、問題なし。慣れてきたな」
「二人での戦い方が掴めてきましたね。ショウさんが前に出て、私が援護。これでここまで苦戦することはなかったですし、今後も基本はこれになりそうですね」
「そうだな。お互いの得意とする距離がバラけているから、役割分担もしやすい。あとはお互いに声掛けしなくても連携できるようになれば理想か」
「必要ありますかね?たしかに作戦は周りに丸聞こえですけど、普通の魔物は言葉を理解しませんよ?」
「まあ、そうなんだが……そうだな。少なくとも今気にすることじゃなかった。しばらくは今のままで行こう」
万が一人間を相手にする場合に困るんじゃないか……と思ったが、冒険者としての依頼で人間と戦うものなんて聞いたこともないし、人から恨まれる覚えも今のところないので気にしないことにした。
「ショウさん、どうします?明日あたり深層に潜ってみますか?そこが目的地なんですよね?」
「そうだな。ここ数日で二人での戦い方もつかめてたし、中層の魔物相手に苦戦することもなくなった。一度深層に潜ってみるか」
「了解です!じゃあ、今日はもうすぐ日もくれますし、宿で一泊してからまた来ましょう!」
俺たちは確実に強くなっている。深層の魔物相手でもなんとかなるだろう。もちろん、万が一の事態のための備えはするが。
明日に備え、俺たちは一度宿に戻ることにした。
◇
宿に戻り、明日の準備をする。万が一の備えは、望郷の指輪の子機だ。リオラにもらったこれを宿に置いておけば、深層の魔物に対し勝ち目がない場合の緊急脱出として使えるだろう。なんだか勇者の使い方と似ている気がして少し嫌だが、気にしない。俺はポーチの中を探った。
…………?おかしい。子機が見つからない。ポーチを再び探る。このポーチは見た目より多くの物が入り、取り出すときは入れたものをイメージしながら中を探ると自動的に取り出したいものが手に収まるようになっているのだが、なぜか子機が手に触れない。
え?あれはリオラからもらった一品もので、二度と手に入らない大事なものだぞ?そもそも人にもらったものをなくすというだけでもアレなのに、そんな大事なものを?
嫌な汗をかいてきた。そうだハルカ。ハルカなら何か知っているかもしれない。俺はハルカの部屋に走って向かった。
「ハルカ!子機の水晶を知らないか!」
「え?」
脱いでいた。もとい、着替え中だった。
ハルカがぽかんとした顔をした後、その顔がみるみる赤くなっていく。
「……すまん」
「いいから出て行ってください!」
かつてないほどの剣幕で怒られた。さもありなん。
……尻尾って、ああ生えてたんだなあ。
◇
「子機の水晶ですか?それならマリアさんが持ってるはずですよ」
「へ?」
しばらく後、まだ少し顔の赤いハルカにそう言われた。そういえば、子機が呪われていると言われてマリアに浄化してもらった時、例のうるさい町長がやってきたのだ。その時のドタバタでマリアに返してもらうのを忘れていた。物の管理へたくそだな、俺。
しかしマリアも返すのを忘れてたなら、ちゃんと持ったままでいてくれるかはわからなくないか?受け取ったことすら忘れてあの町の宿に置いたままという可能性も……。
「その心配はいらないと思います。多分、返すのを忘れてたんじゃなく、わかってて返さなかったんですよ」
「わかってて?どういうことだ?」
マリアにあの水晶が何かなどと教えてはいないし、持ち去る意味がわからない。
「だって、大事なものを持っていたらショウさんが取りにきてくれるじゃないですか」
「!」
そういうことか。マリアは俺たちにとって大切なものを持っていれば、それを取りにまた会いに来てくれると思ったのだろう。旅の最後の日に再び会う約束をしたが、それだって口約束だ。俺たちが本当に会いに来てくれるなどという確証はない。だからマリアは最後まで子機の水晶を返さず、俺たちが会いに来ざるをえない状況を作ったのだ。
「そうか……わかった。ひとまず、明日の深層の探索で何かあってもここにはもどってこられないってことだな」
「そうなりますね。まあでも、マリアさんのもとに現れて犯罪者扱いされるほうがその場で死ぬよりはましですから、いざとなったら使うべきですよ」
「そうだな。ま、可能な限り普通に逃げるってことで頼む」
「了解です!」
「あと、さっきはすまん」
「あ、はい……まあその、これまでいろいろご迷惑おかけしましたし……」
その言い方だと、俺が貸しがあるのをいいことに裸を見る変態みたいになるような……。そんな意図は無いんだろうが。
なんとも言えないトラブルに遭遇しながらも、明日への準備を進める。国の騎士団を打ち倒すような存在との遭遇が間近に迫っていた。
一回くらい安易なラッキースケベでもいいじゃない。
あ、尻尾がどう生えていたかについてはご想像にお任せします。




