29話 死の森初日
「これでよし、と。さあ行くか」
「はい、忘れ物もありません!」
王都ヨンドを出発する日が来た。俺とハルカは死の森での依頼に向けた準備を終え、王都の宿を出ようとしていた。
「ショウさん、途中で手紙を出しに行くのを忘れないでくださいね?」
「わかってる。宛先も間違いはないぞ」
ヨンドに到着してから数日。俺たちはこちらからマリアに手紙を出すことにしたのだ。拠点が変わるのでその旨を伝えたいというのももちろんだが、単純にマリアがどうしているかが気になったというのもある。なお、宛先はシスさんだ。さすがに民間人から聖女に名指しの手紙が送られてきたら必要ないトラブルが発生するかもしれないと思ったからだ。
ちなみにこの世界の郵便制度は配達人ギルドという組織によって運営されている。冒険者ギルドのような派手さはないが、人々の生活を支える重要な組織であるため各国の政府に保護されているそうで、配達物を奪ったりすると厳罰に処されるらしい。
「じゃあ問題ないですね、さあ出発です!」
新たな土地への移動。新たな依頼。尻尾を無意識に揺らすハルカを見て、冒険者ギルドに登録した日に感じていたような興奮が戻ってくるのを感じた。
◇
「おい、回復はまだか!」
「だめだ、気を失ってる!」
「回復役が真っ先にやられるなんて、何してたんだ後ろの連中は!」
「囲まれてるのに前も後ろもあるか、ボケ!」
ついてねえ。六人のパーティーの最大の要の魔術師がやられるなんてよ。前回が楽勝だったからって油断した俺らが悪いんだが、死の森の奥に入り込みすぎた。他のパーティーも見当たらねえ。こりゃ年貢の納め時か?
即興パーティーで名前も碌に覚えてないような連中だが、見捨てるわけにもいかねえ。いや、こいつらがどうなろうと知ったこっちゃないが、ここから拠点に戻るには人手が必要だ。
そんなことを考えている内にまた一人やられた。弓使いの男だ。今どき弓なんて魔物相手に使う武器じゃないが、飛ぶ魔物への対策に連れてきた。今回襲ってくる魔物がトレント、木の姿をした魔物だってわかってりゃ連れてこなかったんだが。
はあ。わざわざ帝国から出てきたはいいが、こんな思いをするならおとなしく安月給でも安全な肉体労働の仕事でもしとくんだったぜ。もう、獲物をふるう手がしびれてきた。俺もそう長くはもたねえな。
いっそ、火でも放ってみるか?いや、ここは一応国の土地だ。魔物に殺されるか人に殺されるかの違いにしかならんな。最悪焼死だ。
諦めが気持ちを覆う。まさか、こんな終わり方なんてな。畜生が。
トレントのふるう太い枝が迫る。かろうじて受け止めるが、しびれた手から獲物が吹き飛ぶ。
ああ。終わったな。振り上げられるトレントの枝が迫り―――
…………あ?なんだ?なかなか殴られねえ。そう思い閉じていた目を開けると、トレントの枝が矢に貫かれて別のトレントに突き刺さっていた。
「止めました!今です!」
「ふっ!」
唐突な光景に戸惑っていると、突然後ろから声が聞こえた。そして俺を飛び越えた誰かが、俺の目の前で動きを封じられていた二体のトレントを横なぎに真っ二つにした。
◇
「……ふう。初日にしてはうまくいったんじゃないか?」
「はい。危ないところのパーティーを助けることもできましたし、初日は大成功です!」
死の森での定期駆除依頼初日。依頼を終えた俺たちはギルドの出張所に併設された酒場でくつろいでいた。
定期駆除依頼はかなり雑なものだった。国が依頼を出すくらいなのでもっと組織的な駆除を行うのかと思っていたが、参加者は自由に死の森に入って好きに魔物を狩り、その討伐の証拠をギルドに提出して報酬を受け取るというシステムになっていた。
参加を後悔しているわけじゃないが、依頼の形式も確認せずに参加するなんて迂闊すぎたな。かなり参加者の危険が大きい依頼だ。実際、ハルカがいなかったらあのパーティーは全滅していただろう。
死の森に入って少し進んだところで、ハルカがやけに森の奥の方で戦闘音がするのを聞きつけた。それに従い奥に進んで確認したところ、木の姿の魔物に苦戦する冒険者のパーティーを見つけたのだ。何人かが倒れていたが、死者は出なかったので安心した。
と、ここで誰か近づいてきた。脅威は感じないので警戒はしない。
「いや全く、助かったぜ。あやうくあいつらの肥やしにされちまうとこだったからな」
声をかけてきたのは昼間助けた冒険者の一人だ。口調は男らしいが、女性だ。この人がトレントに殴られかけているところに俺たちが助けに入ったので覚えている。褐色の肌に六つに割れた腹筋、そしていかつい手斧が似合っている。
「ビルマだ、よろしくな。肩書は……まあ言わなくてもわかるだろうが、銅級冒険者だ」
「俺はショウだ、よろしく。同じく銅級だ」
「ハルカです。銅級です」
「銅か。昼間の実力を見るに、もっと上かと思ったぜ」
声をかけてきた女性……ビルマが少し驚いた様子を見せる。
「それはどうも。それにしても、ビルマたちはどうしてあんなに森の奥にいたんだ?」
「ああ、大した理由はないぞ。前回はたまたま魔物の数が少なくてな。今回も楽勝だろうと思ったバカが6人も集まっちまった、それだけだ。お前らは見かけない顔だけどどこから来たんだ?」
俺はファリス王国から依頼のついででつい最近ヨンド王国に来たこと、腕試しに今回の依頼を受けたことを話した。
「外国からはるばるきたのか。ま、何か困ったことがあったら聞いてくれ。俺はいつもこの依頼に参加しててな。これでも一応この依頼に参加し始めてそれなりになるから、多少は顔も効くはずだぜ」
「そうか。助かる。……そうだ、なら早速。俺はエルフの里がこの国にあるって聞いてきたんだが、何か知らないか?」
そう聞いた瞬間、俺の言葉が聞こえたらしい何人かの視線を感じた。悪意はないが、おかしな人間を見る視線だ。……それと、なぜか脅威を感じる視線も一つ混じっている。その視線だけやや遠くからのものだ。
「ショウ、お前飲みすぎじゃねえか?」
「ああ、すまん、冗談だ。さすがに本気で聞いてはないぞ」
「本気で聞かれてたら困るぜ。じゃ、俺はもう行くぜ。今日は本当に助かった。ありがとよ」
「ああ、またな」
ビルマが去っていった。まあ、存在すら真偽が怪しいと言われてるものについて聞いたらおかしな奴と思われてもしょうがないか。真顔で「ムー大陸ってどこにあるか知ってるか?」と聞かれたら怪しいというか、なんの冗談かと思うよな。
「ハルカ。少し用を足しに行ってくる」
「ひゃい!行ってらっしゃいれす!」
静かだと思ったら酒を飲んでいたらしい。顔は赤くなり、興奮しているのか尻尾がよく揺れる。早めに戻ってこないと……。
店の外に出る。俺は振り返り、声をかける。
「用があるなら聞くが?」
「……なるほど。やはり、偶然ではないようだ」
夜の闇に紛れて姿を消していた存在が姿を現す。魔術か?この人は、俺がエルフの里のことを口にしてからずっと脅威を含む視線を向けてきていた人物だ。
「まあいい。では聞こう。貴行、どこでエルフの里の存在を聞いた?あの質問、冗談などではなかったはずだ」
若い男の声が問いかけてくる。
どうやら、目的地の手がかりが自分から姿を現してくれたようだ――。




