25話 修道士シス①
それからも旅は続いた。
この一週間、道中遭遇した魔物は虫型の魔物が数匹だけだった。シスさん曰く瘴気の濃くない普通の街道ならそんなものだそうで、俺一人であっさり処理できた。剣は汚すだけ面倒だったので石を投げて倒したが、シスさんには驚かれた。馬に乗ったまま投げたのが原因だろう。確かに、勇者の記憶に触れる前だったらそんなことやろうとすら思わなかっただろうな。
馬の扱いにもずいぶん慣れ、さすがに馬上戦はまだ厳しいが、普通に走らせたりする分には何の問題もなくできるようになった。できることが増えていくのは素直にうれしい。
途中で立ち寄ったいくつかの町でもそれぞれの町の代表者に挨拶をし、さらに浄化院の教会がある町ではそこに顔を出したりもした上、町から町への間隔もまちまちだったため、最初に立ち寄った町でしたような買い物はできなかった。
ヨンド王国へ入る際にはもちろん関所があったが、これもいつも通りシスさんが対応してくれた。俺とハルカはギルドカードを提示することになったが、それだけで先に進めた。
そして出発から6日目の昼すぎ。目的地前最後の町に着いた。いつも通りの挨拶回りを済ませたマリアが宿に戻ってきたころには夕方。いつも通りなら、これから休憩をはさんで夕食、あとは駄弁ってから寝る。そんなところだろう。そう思っていた俺に、シスさんが声をかけた。
「ショウ殿。少しお時間よろしいですか?お付き合い頂きたい場所があるのです」
「付き合ってもらいたい場所、ですか?」
やや唐突な申し出だったが、素直について行くことにした。どこへ行くのかは知らないが、シスさんに限って問題は起こさないだろう。当然、第六感は脅威を感知していない。
宿から歩いて約5分。ついたのはこの町の浄化院だった。マリアと初めて会った浄化院に比べると大した脅威は感じない。おそらく、普通の浄化師はいても聖女や聖者はいないのだろう。
「許可はとってあります。こちらへ」
シスさんに連れられて行ったのは浄化院の裏手、そこの林を切りだして作った裏庭だった。裏庭とは言ったが、踏み固められた地面には草一本生えず、傷だらけの案山子のようなものが隅にいくつか立てられていた。以前マリアが浄化院にはいざという時の戦闘員がいると言っていたが、その訓練場だろうか。
「ここは修練場です。我々のような修道士はこのような場所で日々研鑽を積んでいます」
「はあ、そうなんですね。しかしなぜそんなところに?」
「それはもちろん、手合わせをするためですよ」
「手合わせ?今更ですか?」
手合わせということは俺の実力を測るための模擬戦を行うということだろうが、普通に考えれば護衛の戦闘能力を測るのは出発前や、もしくは依頼を出す前にするべきだ。旅の終わる前日にする意味が分からない。
「ええ、今更です。……いかがでしょう?受けていただけますか?」
意図が読めない行動は怖い。ただ、第六感はシスさんに脅威を感じていないし、なにより俺はこの人を疑いたくなかった。どんな意図にせよ、それは俺を貶めるようなものではないはずだ。
「構いませんよ。依頼の途中なので無茶のない範囲でおねがいします」
「もちろん。では準備をしましょう」
◇
俺たち護衛は旅に出て以降、寝るとき以外は基本的に武装しているので、準備と言ってもルールを決める以外のことは必要なかった。俺はいつもの革製防具に手甲、そして両手剣を身に着け、シスさんはいつもの修道服のままで大斧を両手に持っている。動きにくくないのかとは思うが、対戦相手に意見するのも違う気がしたので何も言わないでおいた。
ルールとしては、一本勝負で先に有効打を一撃入れたほうの勝ち。武器は使用しないと模擬戦としての意味をなさないので使用可だが、確実に直撃すると思われる攻撃をする際は刃のない部分での殴打か寸止めにとどめること。もちろん寸止めでも有効打扱いとする。それ以外は基本的になんでもありだが、模擬戦としての意味を失わせるような行動は自粛するという決まりになった。
準備は整った。俺とシスさんは互いに距離をとり、武器を構えて向かい合う。
「では、参ります。私が投げた小石が地面についた瞬間試合開始です」
「はい。手加減なしでお願いします」
俺にとって対人戦はシャット以来の二人目だ。貴重な経験を得る機会として気合が入る。
シスさんが石を放りあげる。二人の間に小石が落ちた瞬間、俺たちは同時に駆け出した。
先に攻撃を仕掛けたのはシスさんだ。俺は剣の訓練を多少積んだとはいえ、それでも素人といって差し支えないレベル。下手な攻撃を仕掛けて反撃をもらうことを恐れたのだ。シスさんが大斧を振りかぶる。避けてくださいと言っているような大振り、とみせかけて斧の持ち手、石突というのだろうか。その部分で突いてくる。
大振りに対しての回避に意識が向いていた俺はそれをかろうじて避けたが、ややタイミングがずれて体勢を崩してしまう。そこに短く持った斧の薙ぎ払いが襲うが、これを剣で受ける。崩れ切った体勢に迫る振り下ろしを、俺は力任せに剣ではじいた。
「くっ」
「大した膂力です。しかしっ!」
シスさんの猛攻が俺を襲う。最初にペースを握られ、武器の扱いに劣る俺には苦しい状態だ。反射神経だけで対応しているため適切な対応を取れず、何度か重い攻撃を剣でまともに受け止めており、反撃の糸口がつかめない。このままではジリ貧だ。
仕方ないか。武器での打ち合いに限界を感じた俺は全力で後ろに飛びのき、そのまま剣を捨てポーチから取り出した石を投げつける。怪我のないよう手加減して投げたが、それでもまともに当たれば怪我をする勢いで投げられたそれは相手に一瞬の隙を作った。一度距離を取って体勢を直し、拳を構える。
「なるほど、初めてお会いした際に剣を持っていなかったのはそういうわけでしたか。そちらがショウ殿の本来の戦いなのですね」
「無手とはいえ遠慮はいりません。全力でお願いします」
「当然です。金級に迫るとされるその実力、お見せいただきましょう」
そういうとシスさんの首元が光り、そして両手に持った大斧の刃が炎を放ち始めた。何らかの魔道具を使ったのか。いよいよあちらも本気らしい。
「言い忘れていましたが、多少の怪我なら治療の準備がありますのでご心配なく」
燃える斧を持ち微笑む修道士。持つ者と持たれる物のアンバランスが威圧感を放つ。だが気持ちで負けていては勝てるものも勝てないだろう。俺は自分を鼓舞し、手甲を振りかぶって飛び込んだ―――
◇
「お見事……私の負けですね」
「ええ、ありがとうございました」
地面に背中を預けて倒れるシスさん。俺が投げ飛ばした結果だ。
勝負は俺の勝ちに終わった。一見危険そうな燃え盛る斧は、俺の戦い方との相性が良くなかった。燃え上っている部分は斧の先端である刃だけなので、懐に潜り込んでさえしまえばさほど大きな脅威にならなかったのだ。
だが俺は結局剣での勝負を諦め、勇者の記憶によって得た格闘に頼った。勝ちは勝ちだが、自分の実力で勝ったわけではないかのように感じ、素直に喜べない。
いや、悔やむ暇があるなら今回の戦いを次に活かすべきだ。例えば最初のシスさんの石突きによる攻撃、あれは大振りに見せたフェイントだった。剣に石突きはないがそこを蹴りなどの格闘で補えば―――
「まるで負けた後のような顔をしていますよ、ショウ殿」
「えっ、ああ、すいません」
起き上がったシスさんに言われてハッとする。勝者が敗者の前で納得のいかない顔をするというのは相手から奪った勝利に価値を感じていないことの表れであり、失礼な行いだ。元の世界で言うスポーツマンシップに反する行いだろう。
「いえ、いいのです。突然勝負を挑み、その意図も明かさない。失礼なのは私の方です」
「意図、ですか」
「ええ。ただこの手合わせで測りたかったのはショウ殿の実力ではありません」
「……??では、なにを?」
「人格です」
「人格?」
「これまでの旅で、ショウ殿の人となりがある程度わかりました。しかし、その奥底に秘めた何かは未だに見えていません。冒険者として過ごした期間の長い私にとって、これが最もわかりやすいのですよ」
人格を測る、か。人と積極的に関わろうとは思っているが、いざ自分という人間をじっくり見つめられるとなると嫌というか、疲れるな。
そんな考えが顔に出ていたのか、シスさんはすまなそうに言葉を続けた。
「重ね重ね、無礼をお許しください。この上に失礼を重ねるのは信義にもとるとは思いますが、それでも聞いていただきたい話があります」
「その前に聞かせてください。シスさんの目から見て、俺はどのように映りましたか」
失礼とか無礼とかではなく、結果が知りたい。俺はどんな人間に見えるんだ?
知らない世界に放りだされ、人ですらない俺が何者かを決定づけるのは俺自身の人格だ。この人から見て、俺は何者なのだろう。
この投稿後、話を章分けしてみようと思います。話の区切りが分かりやすくなると思うので。




