17話 二度目の想起
あれから一週間が経った。俺とハルカは比較的簡単な討伐依頼や魔物の素材の回収依頼などを行いつつ、日々の訓練を欠かさずにいた。
ハルカは矢に風の力を乗せて貫通力と制度を増す訓練を行っている。ある程度強い魔物に対して弓矢で威力を発揮させるためには魔術との併用が不可欠らしい。武器に魔術の力を合わせることはある程度の実力者ならほとんど行っていることらしく、まずはそこを目指すと意気込んでいた。
一方の俺はというと、魔道具の扱いと武器の扱いの訓練だ。今のところ俺は店に展示されていた両手持ちの剣の練習をしているが、我流での実力向上に限界を感じていた。そもそも魔物の生命力が傷ついた部位を自動で再生するほど高く、冒険者の主な相手がそういった魔物であるという関係上、冒険者の剣術は相手に向かって全力で振りぬく、というだけで完結してしまうらしい。そう聞いてここ数日戦った魔物相手に試してみたところ、たしかに下手に技術をこねくり回して時間をかけるより、全力で切りかかって再生できないほどの傷を与える方が効率がよいと感じた。しかし、こんな振り回すだけの剣があの蝙蝠羽の少女にあたるとは到底思えない。
一度本格的に習ってみるのもありかもしれない。依頼として張り出すとかして。あるいは道場のようなものがこの世界にあれば入ってみるのもありだろう。
むしろ剣術より上達したのは魔道具の扱いだ。まだスムーズにとは言い難いが、魔術を扱えるハルカ先生の指導のもと行った訓練がようやく実を結んだ。集中して時間をかければ翻訳の指輪に魔力を込めることができた。ただ今更だが、翻訳の指輪は装備者から自動で魔力を吸うタイプの魔道具なので故意に魔力を込める練習をするのには適していなかったかもしれない。
しかし魔道具に魔力を込めることができたので、俺も一応魔術を扱うことができるということがわかった。やはり自分の努力が結果を出すのはいい事だ。あらゆることへのモチベーションにつながる。
そんな俺は以前ダズとともに地下室で見つけたシュミリオからの手紙を持ち、店の地下室に来ている。手紙には、この部屋の照明に魔力を込めることを指示するような内容が書かれていたのでそれを実践しにきたのだ。
「照明……って、どれのことだ?」
この部屋の照明器具である燭台は複数ある。以前来た時よりも暗くなっているのは込められた魔力を消費したからだろう。どの照明なのか指定しないのはあえてなのか、それともシュミリオのうっかりなのか。
「全部やってみるか。って、うおっ!」
考えていてもわからないので片っ端から魔力を込めることにしたのだが、一つ目に少し魔力を込めた時点で変化に気づいた。地下室の壁が一部消えていく。異常に魔力の込めやすい燭台に驚く間もなく、想像以上に凝った仕掛けに驚かされた。壁が消え切ったところからは扉が出てきた。
シュミリオ。俺をこの世界に呼び出した、あるいは生み出した張本人。彼が用意したこの扉の奥に、俺の正体に関する手がかりは隠されているのだろうか。
緊張しながら扉を開けると、そこは小部屋だった。小部屋の中心には大きな水晶玉のようなものが置かれ、その水晶の中には複雑な魔法陣が描かれていた。それ以外にはふたの部分が丸みを帯びた木製の、いかにも宝箱といった形状の箱が置いてあった。この部屋にあるものは見たところこれらで全てだ。
水晶の意味はわからないので、宝箱を開ける。中には手紙と、置いてあるものよりだいぶ小さい、手に持てるくらいの大きさの水晶玉が、そして赤い宝石のついた指輪が出てきた。
頭痛が走る。頭の奥から湧き上がってくるような痛み。英雄広場で倒れたときのことを思い出す。また俺は勇者の記憶に触れようとしているのか?
何かに急かされるように手紙を開く。
『自分が何者かを知りたければ、勇者の軌跡を追うといい。まずは歴史のヨンド王国、そのエルフの里を目指すんだ。ここに望郷の指輪を用意した。魔力を込めれば、子機である小さな水晶か、親機であるこの水晶に帰ってこられる。きっと君の役に立つだろう。ただし、この旅は君に命の危険を課す。引き返すなら今だよ。それじゃあまたね、あるいはさようなら、僕の勇者。 君の女神 リオラ』
リオラ……?シュミリオじゃなく?
頭痛が強くなる。ただ気を失うほどではない。俺の頭の中に、呼び起こされるようにある光景が浮かび上がった。
◇
暗い夜の闇、揺らめくたき火の炎、そして佇む少女……おそらくは、女神。俺の視点は勇者のものだろう。左手に水晶を、右手に望郷の指輪を持っていた。
『……これはなんだ?リオラ』
『望郷の指輪。その水晶は子機の水晶だね。指輪に魔力を込めれば、その水晶の場所に戻ってこられる。親機の水晶はちょっと今使えないんだけど、それでも便利だよ。なくさないでね?作るの大変だったんだから』
『ああ。感謝する』
『うん。君の帰るべき場所においてくれると嬉しいな』
礼を言う勇者。そしてリオラというのは女神の名前だったようだ。うん?だが俺をこの世界に呼んだのはシュミリオだったはず……二人にはなにかつながりが?あるいは…
と、ここで景色が飛ぶ。次の瞬間俺は、もとい勇者は傷だらけになっていた。周囲には俺が先日戦ったオークよりはるかに大きい、多種多様な魔物の死骸が転がっている。
『くっ……』
手に付けた指輪が光ると、次の瞬間勇者は清潔な部屋の中にいた。すると後からそこに光と共にリオラが現れ、こちらに手をかざす。すると魔法陣も詠唱もなく、勇者の傷が治り、体中の汚れが消えていった。
『見ていられないよ、君の戦いは。まるで自分を痛めつけるかのように戦っている。ぼろぼろになるたびに指輪で最寄りの街に戻って治療を受けて、治ったらまた戦い。これの繰り返しだ。ねえ勇者。僕がこんなことを言うのはおかしいってことはわかってる。でもさ、僕は君に言ったよね?君の帰るべき場所に水晶を置いてほしいって』
『帰る場所…?そんなもの必要ない。もとよりどこにも帰るつもりなんてないんだからな』
心配そうなリオラに勇者が言う。するとリオラは悲しそうな、それでいて申し訳なさそうな顔をした。
『……そっか。ごめんよ』
『謝るな。俺が好きでやっていることだ』
『うん……』
沈黙が流れる。勇者は部屋のベッドに腰かけ、リオラもつられるように椅子に腰かけた。すると勇者が口を開いた。
『リオラ。あんたはどうするんだ。この戦いに勝ったとして、そのあとはどうする』
『僕?そうだなあ……確かにもう前と同じように女神様やってるわけにもいかないかもね。あ、でも一応、やってみたいことはあるよ』
『なんだ?言ってみろ』
『え?えーと、そのう……』
リオラは言いずらそうに、そして少し恥ずかしそうに続ける。
『お店をやってみたいんだ』
『店?なんの店だ?』
『内容はなんでもいいんだ。ただお客さんと話して買い物してもらって、時々お客さんの相談に乗る。たいしたことじゃないかもしれないけど、そういうのに憧れるんだ』
照れくさそうなリオラ。女神というくらいだから、感情とか興味とかを超越した存在なのかと思ったがそうでもないようだ。
『いいな。なら店の名前も決めよう』
『名前かあ、君はなんて名前がいいと思う?』
軽く尋ねるリオラに対し、勇者はたっぷり悩んだ後答えた。
『…シュミリオ』
『え?』
『シュミリオなんてどうだ。リオラが趣味でやってるからシュミリオだ』
『ええ―…ちょっとそれは…』
『ダメか?』
ひどくセンスのない名前だ。リオラも引いている。
『……わかったよ。でもお店の名前っぽくないから、シュミリオは僕が名乗るよ。シュミリオのお店。これでいいでしょ?』
『ああ、いいだろう』
『なーんで上からなのさ……でも、よかった。やっぱり人間と、君と話すのは楽しいな。ねえ、勇者、やっぱり君も仲間を持つべきだよ。その方がいい。直接戦いに参加しなくても、君の支えになるような…』
『いや。俺は一人でやれる。俺が倒れそうなら、あんたが支えてくれ』
迷いのない答えに、リオラは諦めたように首を縦にふった。
『はあ…わかったよ。じゃあまたね、僕の勇者。くれぐれも、直せる程度の怪我にしといてね』
光の中に消えるリオラを見送る。勇者は右手に着けた指輪を見つめて独り言をこぼした。
『帰る場所……か』
悲壮感にあふれるくせに変な部分で強情なこの男に、俺は自分でもよくわからない嫌悪感を抱いたのだった…。




