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自分と世界を救うには  作者: あるつま
第1章 目覚める記憶
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16.5話② 犬耳少女の決意

 情けない。必死に地面を蹴りながら息を切らします。

 カシ村での依頼。思いがけず戦う運びとなったオーク相手に、私はショウさんの足手まといでしかありませんでした。唯一の攻撃手段である弓矢は腕一本で易々と防がれ、地道に練習した風魔法も何の役にも立ちません。

 オーク。そんな魔物、図鑑でしか見たことのないような大物です。町の近くは定期的に浄化院による浄化が行われて瘴気が払われるので、めったなことでは強い魔物と出くわす機会なんてないのです。

 冒険者は、一般人とは比べ物にならない力を持ちます。なぜかはわかりませんが、魔物や人間と戦う機会の多い人間はそうでない人間に比べて圧倒的に強くなるのです。なので、冒険者はたとえ銅級でも普通の人間に比べれば十分怪物と言えます。

 そんな怪物が複数人あつまってようやく相手どれる化け物。そんな化け物がオークであり、それを複数同時に、それもナイフと素手で相手どるなんて不可能です。

 ショウさんが死ぬはずない。そう信じています。救援が来るまでうまくしのぐつもりなのだと。でももし、もしショウさんが何の勝算も策もなくオークに挑んでいたとしたら。私を逃がすために、自分を犠牲にするつもりだったとしたら。

 今頼れるのは自分の足のみ。可能な限り早く、しかしすぐに疲れてしまうことのないように走ります。一般的にヒトよりも身体能力に優れると言われる獣人ですが、それでも歩いて二時間かかる道のりを走り切るのは容易ではありません。

 口の中に鉄の味がします。肺が悲鳴を上げます。足の感覚が薄れていきます。振る腕に力が入らなくなります。だんだん頭も回らなくなってきました。

 それでも走ります。あの人を助けなきゃ。それだけを考えて走ります。もうそれ以外考える余裕もないのです。 


 ……どれだけ走ったでしょうか。目の前がチカチカするほどの体の熱と喉の渇きをこらえ、私は何とか公都ワモスに帰り着き、救援を呼ぶことができました。

 シャット支部長の迅速な指示であっという間に増援の冒険者部隊は編成され、馬や馬車まで集められます。私はふらふらでしたが、それでももちろん増援の冒険者たちについて行きます。私は馬に乗ったことがなかったので、馬車の一つに飛び乗るような形でしたが。

 ここまでで一時間強。驚くほど短い時間で動けているはずなのに、それでも長すぎるように感じられます。オークの知能はそれほど高くないはず。挑発して逃げるを繰り返せば、ショウさんなら生き残れるはずです。ああ、この情報をショウさんに伝えてから逃げるべきでした。後悔が募ります。

 ショウさん……無事でいてください……。



「はあ…まだまだだよなあ…ん?ああ、もう来たのかハルカ。ずいぶん早かったな」


 どこかから拾ってきた両手剣の素振りをしている最近見慣れてきた顔の人が、なんということもなく声をかけてきました。ちょっと顔が汚れていましたが怪我はなく、疲れた様子すらありません。

 ……なんというか、ええと、ちょっとどつくくらいなら許されますかね?

 こうして、私の生涯で一番の走りは全くの空回りに終わったのでした。





「……俺には兄がいた」

「……お兄さん、ですか」


 ショウさんの初依頼成功と銅級昇格を祝う祝勝会。そこでつい飲みすぎてしまった私は、失礼ついでにとショウさんが冒険者を志した理由を聞くことにしました。いつも落ち着いたショウさんは、冒険者や魔法のことになると少年のように目を輝かせるのです。その変化の訳を知りたいと思いました。

 するとショウさんは自分の過去を語り始めました。記憶喪失ということになっているショウさんが自分の過去を語る。その意味が分からないはずがないのに。

 そしてショウさんが冒険者を志した理由は、周囲を助けて生きていたお兄さんにあこがれ、自分も人とのつながりにあこがれたからだと。

 似ています。すごく。私たちは似たもの同士だったのです。ショウさんの口から出たギゼンという言葉の意味はその時はわかりませんでしたが、人との絆を求めて人を助けることへの後ろめたさを表しているようでした。

 私も自分の「理由」を話しました。ショウさんのしていることは間違っていないと伝えるよりも、私もそうなんだと伝えたかったし、その方がこの人の助けになる、そう思ったからです。

 

「確かに、俺たち似たもの同士かもな」


 なぜでしょうか。私の言葉を受けて少し自嘲気味に笑ったショウさんの笑顔はそれほど晴れやかなものではなかったはずなのに、満面の笑みを見たときよりむしろうれしく感じてしまいました。

 その感情が罪の意識の共有からくる後ろめたい共感からくるものだと、その時の私は気付いていませんでしたが。



 祝賀会は終わり、二人で帰る夜道。私はこれまでのことを振り返ります。


 最初は変な人だと思っていました。そのあとはとてつもない実力の人だと思い、少しの嫉妬にかられました。それから真面目な人だと知り、正体を知り……。

 正体。そうだ、すっかり忘れていました。シャット支部長にショウさんの調査の件を報告しないと。

 なんて報告すればいいんでしょうか。ショウさんの正体は魔物。いや魔物である可能性が高い。ショウさんの正体は……。

 まあいいです。報告の件は明日の私に任せましょう。それより、今は伝えなきゃいけないことがあります。


「ショウさん、私、もっと強くなります」


 今日一日を通じて思いました。この人の助けになるには、私はあまりにも弱すぎます。


「冒険者に必要なのは力だけじゃないと思うぞ」

「それでもです。私が目指す立派な冒険者は強くなくちゃいけないんです。今より、もっと…」


 そう。みんなを、そしてあなたも助けられる冒険者になるために。だから――


「どのくらい強くなるんだ?」

「うんとです。ギルドのみんなからも、えらい人たちからも、街のみんなからも、そして……」


 ――決意を、言葉に!


 「ショウさんにも頼りにされるくらい、強く!私はお荷物じゃありません、ショウさんの、頼れる相棒ですから!」


 今は難しいかもしれないですけど。

 あなたのために。そしてわたしのために。

 支えてみせます、きっと。





「さて、では調査のほどを聞かせてもらうっス」

「はい。ショウさんは……」


「ショウさんは、普通の人でした。一人じゃ生きていけないような、周りを助けることで自分を肯定するような、そんななんでもない、普通の人です」

 

 ショウさんが何者か。その調査依頼の結果としてあまりにも具体性に欠けるものであることは承知です。でも、下手な嘘を並べるよりはマシだと思いました。プロの冒険者としては……失格かもしれませんが。


「普通の人…っスか。それを正式な報告ととらえていいんスね?」


 シャット支部長から放たれる静かな威圧感。私は紛れもなく金級冒険者を、ギルドの権力者を前にしているのです。


「はい」

「わかっていると思うっスけど、故意に依頼を達成しなかった場合は冒険者としての信義に反するものとして処罰を受けることになるっス。もう一度聞くっス。今のが正式な報告とみていいんスね?」

「はい。間違いありません。今のがショウさんに関する報告の全てです」


 すると支部長は少し目を伏せたあと、静かに告げました。


「了解したっス。報告、たしかに受け取ったっス。後でエマさんから依頼達成の報酬を受け取るっス。その際は依頼の詳細が周囲にばれないようにしてほしいっス」

「え?依頼達成…ですか?」

「その通りっス。ハルカさんの報告で、ショウさんに関していくつかのことがわかったっス。……もし隠したことがあるなら、それを隠したいとハルカさんに思わせたショウさんの人格がうかがえるッス。ひとまずはそれで充分っス。この依頼の趣旨は十分果たされたッス」


 支部長は依頼達成として処分してくれるようです。……しかし。


「依頼達成の旨、承知しました。でも、報酬については辞退させてください」

「……いいんスか?依頼前にも言ったっスけど、この依頼は実績にならないっス。報酬を辞退したら、いわばタダ働きっスよ?」

「いいんです。得たものは十分ありましたから」


 この依頼を通じて、あの人のギルドからの印象がすこしでも良くなったなら、それは十分な成果と言えるでしょう。それに、こんな半端な報告で報酬を受け取るなんてできません。


「……なるほど。我ながら今回のはよい依頼だったっス。なんだか、昔を思い出したッスよ。報酬辞退の件は了解っス。エマさんにはこっちで伝えておくッスから、今日はこれで帰ってもらって構わないっス」

「はい、支部長。失礼します」

「シャットでいいっス。……最後に、ハルカさん」

「はい?」

「今後も期待してるっス」

「……はい!」


 


 私はハルカ。ヒトの国に生まれた獣人です。そして――


「よし、今日は何の依頼に行く?ハルカ」


 ――この人の、相棒です!


 



次回からは通常の更新に戻ります

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