16.5話① 犬耳少女の決意
ハルカの心情描写の補足としてのお話です。
次回更新でこの話は終わります。変則的な更新となってしまい申し訳ありません。
冒険者になりたい。
そう思ったのはいつだったでしょうか。はっきりとは覚えていません。ただ、そう思った理由は覚えています。
ファリス王国はヒトの王国。その国に、私は獣人の孤児として生まれました。私が孤児になった経緯はわかりませんが、私は小さい時から孤児で、公都ワモスの孤児院で育ちました。
今思い返しても、あまりいい思い出はありません。私が孤児院の家事を手伝える年齢になったころ、私は孤児院の一部の子どもたちにいじめられていました。
「なあ、なんか臭くね?」
「臭いな、獣臭い!なんでだろーな?」
私が黙って孤児院の手伝いをしているだけでかけられる心無い言葉。孤児院の院長さんはいじめを良しとするような人ではありませんでしたが、子供は子供なりに巧みに自分らの悪意を隠せるのです。保護者の目を盗んで、しかし頻繁に向けられる悪意に私は疲れていました。
でも、どの世界にも冷たい人がいれば、同じくらい暖かい人がいるものです。
「お前らがちゃんと掃除しねえからだろ。人が手伝いしてるってのに、何してんだお前ら?」
「うっ。ダ、ダズ……」
その時まだ私と話したこともなかったその人は、私より一回り以上年上の人でした。その人は私だけでなく、孤児院で立場の弱い子供たちみんなの味方でした。そして時には、普段威張っている子が困っていても助けてあげるのです。ちょっと口は悪いけど、誰にでも優しい人。みんなの兄のように頼りになる人。私は、いつの間にかあの人のようになりたいと思っていました。
これが、私が冒険者になりたいと思った理由。こんな私でも、魔物を倒すことでみんなに頼りにされるかもしれない。自分に自信のない私にとって、与えられた依頼という決まった目標をこなすだけで人の助けになる冒険者はまさにうってつけの職業でした。
成人してすぐ冒険者になった私。実力不足は実践を通して補いました。孤児院出身でお金のない私にじっくり訓練に充てるような時間はありません。兄さんに時々お世話になりながら鉄級冒険者として経験を積んだ私は、幸いにも弓と風魔術の才能があったこともあり、半年で鉄級から銅級に昇格することができました。
喜んでいたのもつかの間、ある時兄さんから人を紹介されました。それも男の人です。まさか結婚を勧められるのかと焦りましたが、杞憂でした。なんでも記憶喪失だけど冒険者になりたいらしいから面倒を見てやってほしいと。
怪しい。怪しすぎます。記憶喪失なんて普通は不安で仕方ないはずなのに、命がけの仕事である冒険者になりたいなんて思うでしょうか。兄さんの命の恩人だと聞かされなかったらお断りしていたかもしれません。
そして。
「うう……話が違いますよ兄さん……」
私が紹介された男性……ショウさんについて、兄さんは「多少変わってるところもあるがいい奴」と言っていました。
でもさっきからのショウさんはどう考えても多少どころではなく変です。変な人です。
「こんにちは!冒険者になりたいんですがどうしたらなれますか!」
ああ、もう!すごく変な人です!
…と思っていたら、冒険者規則を真剣に読み始めました。あんな長いもの、最後まで読む人初めて見ましたよ。そういう一面もあるんですね。ひょっとしたら、さっきまでが興奮しすぎていただけで、こっちが素なのかもしれません。
驚きました……まさかシャット支部長に勝つなんて。支部長は手加減をしたのかもしれませんが、いずれにせよ私には何が起きたのかもほとんどわかりませんでした。力の差を理解して愕然とします。ショウさんは私の少し年上ですが、私がショウさんの年齢に達した時あの境地に立てるかと言われると、無理としか言いようがありません。
羨ましい。私だって遊んできたわけじゃないのに。弓の訓練は孤児院になぜかあったぼろぼろの弓を使って昔からしていましたし、冒険者になってからもほとんど毎日依頼を受けて経験を積んできました。
そんな気持ちのせいで、ショウさんが筆記試験でさんざんな結果を出して鉄級になった時、内心ちょっと喜んじゃいました。人を助けようという人間が人の不幸を喜ぶなんて…よくないことですね、反省です。
ショウさんは初めて会った時とは違い、普段は冷静で真面目な方でした。研修の卒業に必要な勉強もしっかりこなし、最短で結果を出して見せました。あの強さも、記憶をなくしても変わらないくらい身体に染みこませた努力の結晶なのでしょう。少し親近感がわいてきました。
◇
「ショウさんの調査……ですか?」
「その通りっス。ショウさんが何者か、その調査をお願いしたいっス」
シャット支部長の執務室。以前の私には縁遠い場所だったここに、一日で二度も来ることになるとは思いませんでした。
カシ村の調査依頼について支部長から話を聞いた後、私はさらに一人でここに来うように呼び出されました。そして、私は依頼を共に受けた相方の調査の依頼を受けたのです。
気が引けました。これじゃあショウさんをだましているみたいです。私の理想であった冒険者はこんなことをする人たちだったでしょうか。
「はっきり言うっス。ショウさんは怪しいっス。実力は見事っスけど、それ以外の事がほとんど何もわかってないっス。自分も調べはしたッスけど、シュミリオの開かずの扉から飛び出してところより前の足取りが一切つかめないっス。なので、身近な視点からショウさんを観察し、わかったことを報告してほしいっス」
支部長の考えはもっともでした。私が支部長の立場でも同じように思ったでしょう。
ただ私には、ショウさんが進んで誰かに害を加えるような人には思えませんでした。あんなに純粋にはしゃいで、真面目に目標に向かって努力のできる人が、人の道を違えるようなことをするようには思えないのです。
ただこれは私の勝手な印象。ショウさんが怪しくないとする根拠にはなりません。だからこそ、私がこの依頼を引き受けることはショウさんを守ることになるのではと思いました。
「わかりました、シャット支部長。その依頼、私が引き受けます」
「……ほう」
シャット支部長の目が細くなります。私にはそこに込められた意図がわかりませんでしたが。
「感謝するっス、ハルカさん。ただ、本来冒険者の素性をむやみに詮索するのはご法度。これという犯罪関与の疑惑があるわけでもないショウさんの調査というこれは、正式な依頼とするにはあまりにグレーな内容の依頼っス。なのでもちろん報酬はお支払いするっスけど、冒険者としての経歴には何の影響も及ぼさないことをご了承いただきたいっス。」
「わかりました。他に何か?」
「いえ、こちらからは以上っス。急な呼び出しに応じてくれてありがとうっス。では、報告を待ってるっス」
きっと大丈夫です。ショウさんはきっと。
◇
「それで?どうしてこんなところに魔物がいるの?」
そう言われたとき、まずはたちの悪い冗談か、何か別の目的があってそんな嘘をついているのだと思いました。でもそれが本気だとわかったとき、私は焦りと怒りを覚えました。自分でもなんでなのかはよくわかりませんけど。
自分が魔物だと言われた時のショウさんはなぜか落ち着いていて、淡々と話を進めているように感じました。それを認めることは、自分がこの世界で最も孤独な存在だと認めるようなものなのに。
その時の私はそこまで考えてはいませんでした。ただ、気づいたらショウさんをかばっていたのです。
浄化院から出て依頼のカシ村に向かう途中、ショウさんは振り返って聞きました。魔物の自分と一緒に依頼なんて怖くないのか、と。
その時の私は、そう言われて初めて魔物と一緒に歩いているという事実に気が付きましたが、やっぱり不安はありませんでした。だって魔物だろうとショウさんはショウさんですからね。なんとなく大丈夫な気がしたのです。
そう言われたショウさんは静かに、でも嬉しそうに笑いました。私も、誰かを救えるのかな。その笑顔は、私に少しの自信をくれる優しい笑顔でした。




