16話 祝賀会と相棒
「それでは、ショウさんの初依頼成功と銅級冒険者昇格を祝して、乾杯!」
「乾杯!」
飲み物の入ったグラスを当て、その中身を飲み干す。俺が飲んでいるのは酒ではなく何かの果汁でできたジュースだが。酒も嫌いというわけではないが、日本の酒に慣れてしまった舌ではこの世界の酒はどうにもおいしく感じられなかったのだ。乾杯を交わしたハルカは普通の酒を飲んでいる。酒場二階の個室を借りての祝賀会は、俺とハルカの二人きりだ。ダズも誘ったが、お邪魔だろうからと断られた。何やら俺たちの関係性を誤解されているような気がする。ハルカを冒険者仲間として紹介したのはあいつだというのに。
「本当、驚きましたよ。まさか私が戻るまでにあのオークたちを全部倒しちゃってるなんて!」
「いや、半分だけだぞ。報告書は一緒に書いたんだから知ってるだろ?」
「なおさらですよ。オークを一瞬で倒すような相手を前にして情報を引き出そうなんて、私にはできませんからね」
やや興奮した様子のハルカと話す。ハルカの顔は既に若干赤い。あまり酒に強くはないようだ。
俺はあの後、ハルカ及びハルカが連れてきた増援の冒険者と合流した。複数の冒険者を引き連れて援軍に現れたシャットに、俺は諸々の事情を説明した。村の倉庫の地下に研究室のような設備があったこと、そこにあった石からオークが生まれたこと、そいつらとの戦いの最中英雄広場で騒動を起こした少女と再会し、その少女が研究室を破壊し、そこを工場と呼んでいたこと、村人と冒険者は犠牲になった可能性が高いことなどすべてだ。
シャットはその時も真剣にこれを聞いていたが、その後それらの事情を報告書として改めて書面にして提出するよう指示を出してきたので、ハルカと相談しつつそれを書き上げて提出したのだ。そして今回の依頼の難易度と、依頼の内容であるカシ村の調査の達成が認められ、俺は銅級冒険者としての地位をシャットの権限で与えられた。
「わかってはいましたけど、鉄級卒業もあっという間でしたね。私は半年もかかったのに……」
「まあ、鉄級は常識の欠如によるものって言われてたしなあ」
ハルカの酒が止まらない。
「そもそも素手でオークに挑むっていうのがおかしいんですよ!なに考えてるんです!しかも勝つし!勝てないでしょ普通!」
「いやそんなこと言われてもな……」
止まらない。ハルカが少しおかしくなってきている。
「わらしはねぇ、本気で心配したんですよ!ショウさんが死ぬ気なんじゃないかとおもったんでふよ!どぅあから必死でふぁしったんですよ!」
「ご、ごめんって。それよりハルカ、もうそのへんに……」
ろれつが回らなくなってきている。そろそろ本気で止めないとまずそうだ。
「わらし完全にやくたたずじゃないれふかあ!くやしいでしゅうー!」
「い、いやそんなことないって。地下の施設を見つけられたのはハルカのおかげだろ?」
酒を取り上げて代わりに果汁ジュースを飲ませるが、回った酔いがさめるのに時間がかかりそうだ。こうして、夕方から始まった祝賀会は思いがけない苦労を伴いながら夜まで続いた。
◇
「すいませんでした……どうか忘れてください……」
「いやいいって。たまにはハメを外さないとな」
「うう…優しさがかえって心苦しいです…」
しばらくして落ち着いたハルカに謝られたが、いつも真面目なハルカの意外な一面も見られたのでこれはこれでよかったと思う。すると、申し訳なさそうな顔で耳と尻尾をぺたんと伏せていたハルカがおずおずと口を開いた。
「あの…失礼ついでに一つ聞いていいですか?」
「もちろん。なんだ?」
「ありがとうございます。えっと…ショウさんはなんで冒険者にあこがれたんですか?」
ハルカの質問を受けて考える。冒険者にあこがれた理由。か。もちろん冒険者という肩書の持つロマンに惹かれたというのもあるが、それだけでないことは俺自身よくわかっている。そして、ハルカに俺のことを教えることにも、もう抵抗はなかった。
「……俺には兄がいた」
「……お兄さん、ですか」
ハルカはダズから俺のことを記憶喪失と聞いていたそうだが、それが嘘だと勘づいていたのだろう。明らかに過去の記憶をもとに話す俺に、少し納得のいったような顔をしていた。
「そうだ。俺は昔から人と積極的にかかわらずに生きてきた。だが兄はちがった。あの人はいつもおせっかいなくらい人を助けて、だから人に助けられていた。助けて頼られて、時に助けられて。俺はそれが羨ましかった。あんな風に生きられないかと思っていた」
「………………」
「もう俺は兄と会うことはできないし、前の生活には戻れないだろう。でもだからこそ、まっさらな状態でやり直せる今だからこそ、あの人に近づける生き方を目指したいと思った。俺は自分が何者なのかも、俺に与えられたこの力がなんなのかも理解していない。でもそれなら、俺の在り方を決めてくれる誰かとのつながりが欲しい。だから、俺は人を助ける。それが偽善だということはわかってるけど、それでも助けたいんだ」
「……ショウさん」
俺のしていることは偽善だ。見返りを求めた善意。これはきっと、兄貴がしていたこととは違うんだろう。でも、それでも、俺はこの生き方が間違っていないと信じたい。中身が真似られないなら、外面だけでも近づきたい。
俺の答えをハルカは神妙な面持ちで聞いていたが、少ししてふふっと笑った。
「似てますね、私たち」
「似てる?」
「ええ、私も同じなんです。聞いていると思いますが、私は孤児院育ちなんです。そこで、いつも周りの世話を焼く兄さんの背中を見てきました。いつもみんなに頼られる兄さんの姿をみて、ああ、いいなあって。あんな風になりたいなあって思ってたんです。だから、私は冒険者になりました。みんなに頼られる人間になりたくて。だから、私たちは似たもの同士なんです」
ハルカの独白。そうか、ハルカが冒険者になったのはダズの影響だったのか。たしかにダズは見ず知らずの不審者である俺にも親切にしてくれた。口調は多少荒いが、ダズが誰にでも優しい人間であることに疑いはないし、それにあこがれる気持ちもよく分かった。確かに、俺とハルカは似たもの同士なのかもしれない。
◇
「ショウさん、今日はありがとうございました。疲れてるはずなのにつき合わせちゃって…」
「いや、むしろありがとう。祝賀会なんて考えてもいなかったからな」
俺とハルカは会計を済ませて店を出た。閉店時間まで居座っていたため、未知に人通りはほとんどない。魔道具らしき街灯の光と月明かりが道を照らしている。俺とハルカは静かにそれぞれの家路につこうとしていた。
「ショウさん、私、もっと強くなります」
沈黙を破り、俺の前を歩いていたハルカが振り返る。
「冒険者に必要なのは力だけじゃないと思うぞ」
「それでもです。私が目指す立派な冒険者は強くなくちゃいけないんです。今より、もっと…」
ハルカの目は真剣だ。何か、彼女の中で変化があったのだろう。
「どのくらい強くなるんだ?」
「うんとです。ギルドのみんなからも、えらい人たちからも、街のみんなからも、そして……」
ハルカが俺をびしっと指さす。
「ショウさんにも頼りにされるくらい、強く!私はお荷物じゃありません、ショウさんの、頼れる相棒ですから!」
そういうとハルカはにっこり笑った。吹っ切れた笑顔。その笑顔の奥に見える目には、決意が宿っているように見える。
「そうか。じゃあ、俺も負けてられないな」
「そうです!ぼやぼやしてると、追い抜いちゃいますからね!」
長かった一日が終わる。家に帰り、ベッドに腰かける俺を今更すさまじい疲れが襲った。日本にいた頃、人と話した後にも似たように遅れてくる疲れを感じていた。しかし、そうして感じていた疲れと比べると、不思議と嫌な感じはしなかった。
今日一日でいろんなことがあった。でもやっぱり一番衝撃的だったのは、俺の正体が魔物であろうということだ。胸に手を当てる。心臓の鼓動はやはりなかった。
俺は何者なのだろうか。以前と比べて、俺は変われているのだろうか。その不安は、あの時のハルカの笑顔を思い出すと薄れていった。




