11話 浄化院の脅威
「へえ、ハルカは弓を使うのか」
シャットから依頼の説明を受け、エマさんから現地の情報を受け取ったあと、俺たちは一度解散して準備を整えた。ハルカの依頼用の装備を初めて見たが、上半身は丈夫そうでややぴったりした服に革製の胸当て、ひじ当てと肩当て、下半身は膝上くらいの丈のハーフパンツの下に丈の長いスパッツ、そしてブーツといういで立ちだ。背中には弓と矢筒を背負い、たくさんの矢をしまっている。手は指の部分がないグローブをしているが、これは弓を扱うためだろう。さらに腰にはナイフとポーチを着けている。
「はい。接近戦もちょっとは練習したんですけど、目や鼻、耳には自信があるので遠くから弓で射るほうが安全ですし確実ですから。本当は補助の風魔術も使えるようになりたいんですけど、今はまだまだで……ちょっと強めの風を出すくらいしかできません」
そういってハルカは手のひらをこちらに見せる。魔法陣が描かれているが、頑張れば俺でも書けそうなくらい簡単なものだ。これに魔力を通して風魔術を使うのだろう。
そういえば、俺も魔道具に魔力を通すのに失敗して以降、その練習を進めている。しかし今のところその糸口はつかめていない。依頼で収入を得られるようになったら、本格的に習ってみようかと考えているところだ。
「なるほど、わかった。じゃあ行くか?」
「あ、待ってください。その前にもう一度ギルド…いえ、ここからだと浄化院の方が近いですね。浄化院へ行きましょう。祝福をもらわないと」
「祝福?」
「はい。瘴気の多い空間に長時間いるのは危険なので、依頼前には浄化院か、浄化院からギルドに出張してきている聖魔術使い……浄化師の人に頼んで瘴気を一定期間祓う術をかけてもらうんです。えっと、浄化院の人たちの前では聖魔術は奇跡、聖魔術師は浄化師、って呼んでくださいね」
ああ、試験には出なかったが研修で習ったことだ。まさか依頼のたびに受けていたとは。もっと大規模な遠征の時とかの話だと思っていた。
「わかった。気を付ける。じゃあ行こう」
俺は浄化院に行ったことはなかったので、ハルカの案内で浄化院へ向かった。
◇
この世界に来てからこれまで、浄化院についての話を聞いた俺の中での浄化院の印象は「必要なのは間違いないだろうが少し胡散臭い組織」だった。中世ヨーロッパのカトリックへの印象に近い。
瘴気への対抗手段として聖魔術使いを保護し、計画的に育成していく必要があるというのはわかる。ただ5歳で適性がある者を浄化院に属させるということは、その者の将来を強制的に定めてしまうということで、やや強引だ。俺の考えが現代日本的な価値観に基づくもので、この世界に当てはめるべきではないのはわかっている。だから、多少やり方が強引でもそれはしかたのないことで、本質的には人々の生活を守る組織なのだと、そう思っていた。
だめだ、この組織は。少しでも関わりを避けて遠ざかるか、あるいはこちらから何らかの行動を起こして裏にある何かを暴く必要がある。
俺は浄化院の教会を前にして、そこから感じる圧倒的な脅威の強さに愕然とした。
この脅威は間違いない。俺が幼いころに感じ取り、病気で死にかけたときに感じた死という絶望が放つ脅威だ。俺を死か、それと同じくらいの状態に追い込めるなにか。そんな何かがここにあることを俺は感じ取っていた。
「ハルカ、ここに入るのはやめよう。ここには何かある」
「へ?何言ってるんですかショウさん。ここは浄化院ですよ?危険なんてあるわけないじゃないですか。ほら、さっさと行きますよ!」
「あ、おい!ハルカ!」
一人で教会に入っていくハルカを、俺は急いで追いかけた。
建物に入ると、日本で見た教会に近い内装の建物だった。白い床や壁に、赤い絨毯やステンドガラス。礼拝堂らしき空間には長椅子が多く並べられていたが、座っている人は誰もいなかった。
教会の外からも感じていたが、ここにある脅威は大きなものが一つだけ、教会の奥のほうにある、あるいはいるようだ。今のところ視界の中にはいない。今のうちに用事を済ませてここを出よう。ハルカに危険がないよう、ハルカの後ろすぐに張り付いて歩く。
(ショウさん……近いです)
(気にしないでくれ。いいからさっさと用事を済まそう)
(もう…変なショウさん)
おかしく思われたが、そんなことはいい。さっさと祝福とやらを受けて出ないと。もしその祝福とやらがまずいものなら、適当に急病のふりでもして逃げてやる。不自然だろうが知ったことか。こちらが騒げば、あちらは騒ぎを大きくしたがらないだろう。
礼拝堂の奥の、黒い修道服を着た男性にハルカが声をかける。
「すみません、祝福を受けたいんですけど大丈夫ですか?」
「ええ、冒険者の方ですか?それでしたらギルドカードをご提示ください。後ろの方もご一緒でよろしいですか?」
「はい、ほらショウさん、ギルドカードを」
「………………」
「はい、確かに。ではこちらでお待ちください」
ギルドカードを渡すと、修道服の男性は奥に入っていった。
(ショウさん、本当にどうしたんですか?浄化院になにか嫌な思い出があるんですか?あれ、でも昔の記憶がないんですよね?)
ハルカが心配そうな顔で聞いてくる。俺の記憶に関してはダズに聞いたのだろう。
(俺の特技が危険の察知だってことは登録の時に知ってるよな?俺の第六感が告げてるんだよ、ここは何かマズイって)
(第六感……それってもしかして…)
と、ここで修道服の男性が戻ってきた。何やら困った顔をしている。
「申し訳ありません。今は浄化師の方々が皆さんいらっしゃらず、ですので特例として……」
なんだ。奥から例の脅威が近づいてくる。どうして?ついになにか仕掛けてくるのか?いや、なぜ俺たちに?俺はあちらを脅威とわかっているが、あちらはそうではないはずだ。
考える時間はいくばくも無く、その存在が俺の前に現れる。
「わたくしがお二人に祝福を授けます。至らぬ未熟者ですが、全力を尽くさせていただきます」
現れたのは、金髪で蒼眼の、やや背の低い少女だった。ハルカは女性にしてはやや大きく身長はおおよそ160センチほどあるようだが、この子はそれに比べるとずいぶん小さかった。150センチないだろう。白い法衣が清純な印象を与える。
この娘が、俺を殺しかねない脅威……?第六感の信ぴょう性が例の夢のおかげで上がったとはいえ、それでも信じられない光景だった。
「申し遅れました。わたくし、見習い浄化師のマリアと申します。お見知りおきを」
「マリア様は『聖女』であられます。お二人にもきっと女神さまの加護があるでしょう」
聖女。それがこの娘の正体か。だがおかしい、聖女は瘴気を視覚できるだけのはず、それが俺にとっての脅威になる理由がわからない。
俺たちはその後、祝福を与えるために別の部屋に通された。今日はたまたま誰もいなかったが、礼拝堂は普段礼拝をする人がたいてい何人かいるらしく、お互い邪魔にならないよう別室が用意されているらしかった。
「シス、少し外してもらえるかしら?このお二人に祝福を授けるついでに、少しお話がしたいの」
「マリア様、それは……」
「お願い、シス。たまには、外の方と話したいの」
「……承知しました。もしなにかあればすぐにお呼びください」
修道服の男性…シスが部屋を出て行った。聖女マリアがこちらに向き直る。
「…それで?どうしてこんなところに魔物がいるの?」
俺の目をまっすぐ見て放たれたその一言が、この娘が俺にとっての脅威たる所以であるということを理解するのに、この時の俺はしばらくかかるのだった。




