IF 白に埋まる世界
カクヨム側のフォロワー2000人記念
IF バットエンド になります。
所々破綻があったらすいません!細かいツッコミは無しでお願いします!
文明は、白に埋め尽くされた。
海岸線も山も川も残っている。都市の輪郭も、上空から眺めれば昔と大差ない。ただ、その上を覆うものが変わった。高速道路には白い膜が張り付き、ビルの壁面を這い上がった組織が窓を塞ぐ。かつて農地だった場所では、巨大な獣にも似た塊が地面へ腹をつけ、背中から伸びる細い糸を何十キロも先まで這わせていた。
大陸ごとに一つ、境界を探すこと自体が無意味に思えるほど巨大化した存在が蠢いている。そんな世界にも、まだ色の残る土地はあった。
白い使徒を神と呼ぶ者たちが集まった国だ。国旗があり、軍があり、店と学校がある。道路には車が通り、子供も走っている。人間の国としての形を残したまま、その街の中央には俺の姿を模した像が立っていた。
顔なんか知らないはずなのに、白い鎧と刀、背中から伸びる無数の糸までよく作り込まれている。俺があんな格好をしていた時期は、世界の歴史から見ればほんの一瞬だった。
「……趣味悪いな」
誰に聞かせるでもなく呟いたが、返事は寄こさない。こいつは昔からそうだった。俺の脳に取り付き、身体を勝手に弄り、傷を塞ぎ、死にかければ勝手に生かす。言葉を交わしたことなんて一度もない。
そして今は、世界のほとんどを覆っている。始まりを考えると馬鹿みたいな話だった。
死にかけている人間がいたから助けた。その人間が俺のことを喋った。
今さら責める気にもならない。命を救われた人間が事情を聞かれ、何もかも胸の内へ抱え続けられるなんて、当時の俺だって思ってはいなかった。
政府が動き、やがて外国も動いた。知りたがったのは、俺が何を持ち、どうやって生き残り、ダンジョンのどこまで進んでいるのかということだった。途中で発覚した白いものの正体も、そこへ加わった。
見つかるたびに逃げた。ダンジョンへ潜り、前より強くなって別の場所へ移り、そこでも見つかればさらに深くへ潜る。何度繰り返したのか、途中から数える気も失せた。
信用できそうな人間もいた。実際、最後まで俺を売らなかった人間もいる。ただ、その人間が明日も同じ選択をするのか、俺には確かめようがなかった。
寄生させれば分かる。
何度も頭をよぎった方法だったが、あの頃はまだ選ばなかった。そこを越えたら何かが終わるという感覚だけは残っていた。何が終わるのか、自分で説明できたわけでもない。
その線を越える前に、別のものが終わった。
家族が捕まった。俺を引きずり出すためだった。
どこの国だったかは、もう大した意味を持たない。政府そのものが命じた計画でもなかった。政府の中の誰か、その下で動いた誰か、金で雇われた奴、俺なら最後には言うことを聞くと考えた奴らが繋がっていた。
途中で計画が狂い、俺も間に合わなかった。結果として家族は死んだ。
あの日の自分について、いまだによく覚えていることがある。泣かなかった。葬式にも行けず、棺を見ることさえ出来なかったのに、死を知らされた直後、頭に浮かんだのは悲鳴でも復讐でもなかった。
ああ、もういいのか。
そう思った直後、自分で笑った。何がいいんだ。何から解放されたんだ。
けれど肩から何かが落ちた感覚は、最後まで消えなかった。人質はもういない。俺が何をしても、そのせいで困る家族もいない。俺を脅すために傷つけられる相手が、ようやくいなくなった。
残ったのは、この脳に取り付く生物だけだった。
「……清々しかったんだよな」
それも嘘ではないから困る。俺は後悔している。今の世界を見れば、他の言葉を選ぶ気にもならない。
けれど、あの日へ戻されて同じことが起きれば別の道を選べるかと問われたら、きっと答えに詰まる。
最初に寄生させたのは、たしか政府高官だった。殺す必要はなかった。身体の中へ入り込ませて、命令を撤回させれば済んだ。
そこから俺の捜索に関わった人間へ広げ、やがて別の国へ手を伸ばした。それだけで争いが一つ止まり、あまりの簡単さに拍子抜けした。もっと早くやればよかった、とまで思った。
どれだけ立派な肩書きを持っていても、脳まで守っている人間はいなかった。大統領も将軍も王族も変わらない。そして本人へ直接届く必要さえなかった。
身近な動物から入り、その先の家族や秘書、護衛へ移れる。毎日の食事を作る者もいれば、身の回りの世話をする者もいる。人間が一人で生活していないという当たり前の事実が、そのまま侵入経路になった。
人間とは、かくも脆いものだった。俺を探す国が減り、代わりに俺の意向を探る国が増えた頃、人為的なスタンピードを使い始めた。
条件は既に知っていた。ダンジョンへ遺体を投入し、内部へ刺激を与えれば、やがてモンスターが地上へ溢れる。軍が動き、市民が避難を始めた頃合いを見て白い群体を送り込む。
あとは救助と掃討を同時に進めればいい。倒れたものを資源へ変える白い群体は、送り込んだ時より数を増して帰ってきた。
世界は俺を救世主と呼び始めた。自分で火をつけ、自分で消しているだけなのに。
最初のうちは笑っていた。そのうち、笑うことさえ面倒になった。
俺の意に反する行動を取る者は、順番に寄生させた。戦争の準備を進める者なら、その命令を止める。正体を追う者なら調査を終わらせ、白い群体を奪おうとする者や俺の殺害手段を研究する者には、その計画自体を捨てさせた。
本人だけを変えれば済んだ時期は長く続かなかった。逃走経路を残せば次の問題になり、情報を渡せる相手が残れば、そこからまた追跡が始まる。必要だと思う範囲へ寄生を広げていった。
その「必要」がどこまでだったのか、今となっては俺にも分からない。
気づいた頃には戦争が消えていた。テロも大規模犯罪も激減し、スタンピードが起きれば白い群体が向かう。災害現場では瓦礫を退かし、遭難者を探し、搬送が間に合わない負傷者にはその場で手を入れた。
世界は、俺が子供だった頃よりずっと安全になった。
達成感があることまで否定する気はなかった。それがまた厄介だった。
人類史上もっとも平和な時代を作ったのが俺だと言われれば、おそらく否定できない。同時に、人類史上もっとも多くの人間から自由を奪った存在も俺だった。
最後まで寄生を拒んだ国々は、順番に白へ沈んだ。そうして最後まで色を保ったのが、白い使徒を神と崇める国だった。
守ってやろうと考えたわけではない。こちらへ手を出さず、白い群体を排除しようともしなかったから、後回しにしているうちに残った。
その結果だけを見た人間たちは、信仰こそが自分たちを救ったのだと考えた。祈れば助かる。使徒を受け入れれば国が残る。そんな認識が広がるにつれ、脳の奥にいる寄生体から感じるものも変わった。
何かが積み上がっている。その正体を「神性」という言葉で知ったのは、ずっと後だった。
俺を止めるものが世界から消えた頃、残っていたダンジョンの攻略を始めた。暇だったというのが、一番近い。
まだ見ていないものがあった。結局、それだけは最後まで変わらなかったらしい。
大陸ごとにダンジョンを潰し、海底へも行った。空中に浮く階層もあれば、街そのものが一匹の生物みたいに蠢く場所もあった。
核を取り込み、使えるものを増やし、そのたび白い群体も拡大した。そして最後まで残ったのは、最初から俺の近くにあり、寄生虫の起源へ繋がっていたダンジョンだった。
「皮肉だよな」
純白の床へ落ちた血だけが赤かった。久しぶりに見た気がする。
白い糸が傷口を塞ぎ始める。
目の前には白と緑の大樹が立っていた。世界の大半を白へ変えた俺にも、この場所の白だけは自分のものに見えなかった。
その根元には青年が立っている。俺がこれまで見た人間の中でも、随分と整った顔をしていた。
「君が特別悪かったとは思わないよ」
青年が困ったように眉を下げた。
次の瞬間、床が隆起した。腹を柱が貫き、身体が二つに折れる。上半身と下半身を白い糸で繋ぎ直している間にも、別方向から次の柱が迫った。
「人間なら誰でも、その可能性くらいは持ってる。守りたいものを全部取られて、それでも他人を信じ続けろっていうのは、ちょっと酷な話だ」
「だったら……通せよ」
「それは別」
頭が潰れて視界が消えた。眼球を作り直すより先に、感覚だけで身体を横へ放る。直後、さっきまでいた場所へ巨大な白い腕が落ち、床そのものが割れた。
「外のことは分からないけど、だいたい想像はつくよ。君、ずいぶん広げたね」
「見えてねえのか」
「ここ、切れてるからね。外にいる君の仲間とは繋がってないでしょ?」
その通りだった。外には世界を覆う白い群体がいる。大陸には山より大きな身体を持つものが蠢き、海の底にも空にも俺の一部がいる。
ここへ持ち込めたのは、俺の身体と、その内側にある分だけだった。
「悪いんだけど、せっかく自我が戻ったところなんだ。ここで消えるわけにはいかないんだよね」
「もしかして……こいつと同じなのか」
「うん。正確には、君の中にいる子が私の一部みたいなものかな。ずいぶん変わったけど」
伸ばした糸は、青年へ触れる寸前で床から生えた薄い壁に阻まれた。刀で壁を切り、そのまま踏み込んで青年の首まで刃を通す。
手応えがなく、青年は抜けていった刃を見送ってから自分の首を指で撫でた。
「あ、神性は持ってるんだ」
初めて少しだけ表情が変わった。
「それは予想外。……ああ、なるほど。外で信仰されたのか。君じゃなくて、その子が」
足元から伸びた何十本もの白い槍に対し、白鎧の積層を厚くして複数の支点を作った。受けた力を床へ逃がすと、俺より先に床が砕け、身体ごと宙へ投げ出される。
「でもまあ、元を辿れば私の一部だからね」
青年が俺を見上げた。
「残念だけど、勝ち目はないよ」
「やってみなきゃ……分からんだろ」
「それくらいは分かるんだ」
少し腹が立った。
右腕を膨らませる。もう骨や肉の形へこだわる必要もない。白い組織を幾重にも重ね、刀ごと巨大化した腕へ固定して床を蹴った。
青年が消えた――と思ったが、俺が見失っただけだった。
背後から頭を掴まれ、そのまま床へ叩きつけられる。首から下がまとめて潰れた時、人間の形へ戻すこと自体が邪魔に思えた。
脚も内臓も、生きるための肺や胃や心臓も、ずっと前から必須ではなくなっている。全身へ広げた白い糸へ、潰れた肉も砕けた骨もそのまま取り込ませた。
最後に頭蓋骨まで内側から崩れると、青年が初めて動きを止めた。
「ああ。ついに宿主も分解しちゃったか」
床へ広がった白を集め、反射的に腕を作りかけたところで止めた。もう腕である意味がない。
白の一部を刃へ、一部を槍へ変える。声を出す器官も要らないはずなのに、何処かから自分の声が響いた。
「……まだ、いるぞ」
自分の声だったと思う。
青年が白い塊となった俺を見渡している。もう自分でも、どこに目があり、どこから相手を見ているのか判別できなかった。
「何かをやり取りした感じもない。命令したわけでもないし、君が止めようとした様子もない」
青年はしばらく俺を眺め、それから小さく笑った。嬉しそうな顔ではなかった。
「本当に予想通りすぎて、厭になるよ」
白い腕が降り、何トン分かの身体がまとめて潰された。残った組織を別方向へ逃がし、今度は床の下へ潜らせる。
そこを塞がれれば天井へ伸ばし、切断された分は別方向から花へ組み直す。撃ち出した白い光が空間を抉ったが、その中心から青年が歩いて出てきた。
「でも、君たちが全部悪いわけじゃない」
返事へ使う形を作るより、攻撃へ回した。
「君は疲れた。あの子は君に合わせた。君はあの子に頼った。そうやって境目が減っていった」
床から伸びた構造に白い身体を掬い上げられ、千切られる。散った分を集めようとしたところへ青年の声が重なった。
「私も昔やったから分かるんだ。全部を一つにすると、楽なんだよ」
白い塊の中で何かが動く。それが俺なのか、寄生体なのか、答えが出てこない。
「裏切られない。争わない。失わない。自分と他人を分けなくていい」
攻撃を作るたびに潰され、残った白を集めれば次の一撃が来る。
「楽でしょ?」
否定するための声が出てこなかった。
家族の顔を思い浮かべる。父と母がいて、その隣にすみれがいる。三人の声まで覚えているのに、その記憶を見ているものが誰なのか分からなかった。
白い身体の動きが止まると、青年も攻撃を止めた。
「……まだ残ってるね」
近づいてくる青年へ刃を向けた。
「うん。それならいい」
青年が腕を広げる。大樹の根が動き、空間そのものが軋み始めた。
「じゃあ、相手になってあげよう。採点をしてあげようじゃないか」
白い床の端から端まで、無数の構造物が立ち上がる。
俺も身体を広げた。世界を覆った時と同じで、逃げ道を塞ぎ、空間そのものをこちら側へ変えてしまえばいい。
床を白い糸で埋め、壁から天井へ伸ばした。青年へ殺到させた糸は届く直前でまとめて消え、切断された感覚さえ伝わってこなかった。
空いた場所へ次を伸ばす。床下へ回した分も、頭上から落とした分も、左右から包囲した分も結果は変わらない。
青年は動いていたが、俺には追えなかった。姿を捉えた時には既に身体の一部が消えている。
量で埋めることにした。
三方向へ花を作り、同時に撃つ。重なった白い光が視界を覆った直後、その中から腕が伸びて花の根元を掴んだ。
引かれた白い組織が何十本、何百本と千切られ、そのまま宙へ持ち上げられる。青年が腕を振ると、俺だったものが床へ叩きつけられて広く散った。
散った分を集めて形を作り直した瞬間、そこへ白い柱が落ちた。
次は集めず、広げた状態から別方向へ逃がす。そちらも途中から消失し、残った分を切り離して守るしかなかった。
何度か繰り返したところで、向こうが俺を倒す方法を探しているわけじゃないと、ようやく分かった。
どんな形を作るのか。どこへ逃がすのか。どれだけ残せば再構成へ移れるのか。俺が次を考えるより先に、その先へ手が置かれている。
「……ほんとに似てるなあ。量を増やして、出来ることを増やして、困ったら全部使う」
左右から白い壁が閉じ、避けたはずの俺は、それまでの半分ほどまで削られていた。
「私もやったよ。だから、その先まで知ってるんだ」
身体を集める速度が、さっきまでより落ちている。
花を作ろうとすれば途中で崩され、刃へ変えれば届く前に潰される。床へ薄く広げると、床そのものを剥がされた。
形を変えるほど処理されるなら、そのまま残せばいいと考えた分まで、上からまとめて押し潰された。
世界中のダンジョンで手に入れたものを片っ端から試した。外殻を硬くし、身体の速度を上げ、受けた衝撃を別方向へ流す。熱も雷も使い、人間の身体なら成立しない負荷まで白い組織へ押しつけた。
青年はそのすべてを一つずつ処理し、大きなことをした様子すらないのに、俺の方だけが減っていった。
最初は空間を埋め尽くしていた白が、いつの間にか部屋の半分になっていた。次に気づいた時には車一台分ほどしか残っていない。
まだ人間一人を作るには多いと思った直後、自分がどうして人間一人を基準にしたのか分からなくなった。
白い柱が落ちた。
もう避けられず、残った組織を掻き集める。集まった量は腕一本分にも満たなかった。
「まだやる?」
近くから声がした。
返事を作る代わりに一本の糸を伸ばしたが、青年の靴へ触れる寸前で先端が消えた。消失が根元へ向かって伝わってくる。
残った組織を自分で千切る。
ほんの僅かな白い塊が床を転がった。まだ動けるのなら、俺は残っているはずだった。
外へ出れば、世界中に俺がいる。山より大きな身体も、大陸を覆う糸も残っている。そこへ繋がれば、まだやれる。
何処かへ逃げようとして、純白の床を這った。
青年は追ってこなかった。出口が分からず、自分がここへ入ってきた場所さえ判別できない。
しばらく這ったところで動きが鈍り、白が足りないという事実を初めて実感した。
世界中には余るほどあるのに、この空間には届かない。その事実が、今になって身体の感覚として分かった。
記憶の中に父の顔が浮かび、母が続いた。その横にすみれがいる。三人とも何かを言っているのに、声が聞き取れない。
思い出そうとした時、残った白い塊が一度だけ縮み、そのまま止まった。
青年が傍まで来てしゃがみ込み、手を伸ばしかけたところで引いた。
「……君だったのかな。それとも、もうあの子だったのかな」
返事を待つように、しばらくその場にいたが、何も起こらない。
やがて白い塊の端がほどけ、細い糸が一本だけ伸びた。床を探るように僅かに動く。
青年は手を出さずに見ていた。やがて糸が止まり、白い空間には大樹の葉が擦れる音だけが戻ってきた。
青年は立ち上がる。
外の世界が今どうなっているのか、この場所からは分からない。白に埋まった大陸も、最後まで色を残した国も、使徒へ祈る人間たちも、ここには届かない。
足元に残った白は戸張透の形へ戻らず、大樹はその場所をしばらく見下ろしていた。
「……残念だけど、合格点ではなかったよ」
後から思ったんですが、記念なのにバットエンドって...




