第404話 こちらの領分
槙野からメッセージが届いたのは、その日の夜だった。
『先ほどの件について、今日アビス・ラインの峰岸さんが直接こちらへ来ました。念のため会話を録音してありますので共有します』
その下に音声ファイルが添付されている。
『極力情報が洩れないように立ち回りますが、何かありましたら共有をお願いします』
俺は音声を再生した。
最初は昼間の打診を断った理由についてだった。本人へ確認した証拠を出せ、そこから俺に話を伝えずANVIL側で止めている可能性、優秀な探索者を囲い込んでいる可能性と続いていく。
途中からは、ずいぶん分かりやすかった。
金、素材、スクロール。条件を積み、それでも駄目なら連絡先を要求する。槙野さんが断ると、今度はANVILが探索者の可能性を搾取していると思われても仕方がない、という方向へ話を持っていっている。
最後まで聞き終える前に、端末から槙野さんへ電話を掛けた。
「はい、槙野です」
「戸張です。今大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ」
「先ほど送ってもらった件なんですが……余程ご執心ですね。迷惑をお掛けしてすいません」
「いえ。ギルドメンバーの意思を尊重するのも、ANVILの基本方針の一つですので」
「ありがとうございます」
俺が五人を助けたことで始まった話だ。
あの場で放っておけば死人が出ていた。助けに入った判断を後悔する気はないが、そこから本人に会わせろ、連絡先を出せまで発展するとは思っていなかった。
「といっても、このまま角が立ったままというのも面倒ですね」
「そうですね。ただ、ここから要求を安易に呑むと、その後も何かあるたびに交渉が入るでしょう」
「ですよねえ」
今回だけメールアドレスを教える、今回だけ条件を聞く、今回だけ会う。そうやって一つ通せば、次からは前にもやったという話になる。
槙野さんがそこまで考えて断ってくれたのはありがたい。
「あの時に助けに入ったことを間違いだとは思いたくないんですが、こうも直接的に動くとはなあ」
「助けられた本人たちと、ギルド運営は別という考えなのでしょうね。あちらの方針からすれば、今回の行動も理解の範囲を出ているとは考えていないと思いますよ」
「峰岸さん自身、本気でいい条件を出してると思ってそうですもんね」
「ええ。世の中には本当に理解できない人というのもいますからね」
「それ、どっちの意味です?」
「両方ということにしておきましょう」
笑いを含んだ声が返ってきて、俺もそれ以上は聞かなかった。俺からすると、行きたい場所があれば勝手に行けばいいだけの話なのだが、組織に所属していればそう単純でもないらしい。
「今後の動きの予想とかはどうですかね」
「まず考えられるのは噂ですね。ANVILが有力な探索者を囲い込んでいるとか、他ギルドとの合同探索を妨害しているとか。その辺を直接流すか、自然に広がるような形へ持っていくかは分かりませんが」
「録音があるなら否定はできますよね」
「できます。ただ、いきなり公開するつもりもありません。相手が何もしなければ、こちらも何もしない方がいいでしょう」
「それはそうですね」
「もう一つ考えられるのは、その噂を利用した人材の引き抜きです。ANVILにいても上へ行かせてもらえない、アビスなら深層へ行ける、と」
いかにもありそうな話だった。
ANVILにいる探索者全員が、槙野さんと同じ考え方をしているわけでもない。もっと深く潜りたい人間もいるだろうし、条件が合えばアビスへ移りたい人間だっているはずだ。
「その辺は止めるんですか?」
「いえ。本人が移籍したいなら止めませんよ」
「ああ、そこは同じなんですね」
「ただし、事実と違う話を使って誘導するなら別です」
さっきまでより声の温度が一段変わった。
「とはいえ、アビス・ラインも攻略へ集中したいでしょう。嫌がらせのためだけに大規模な仕掛けを続けるより、自分たちの所属探索者を強化した方が目的には近いですから、そこまで大がかりな動きはないと見ています」
「まあ、自分のところの所属員を強化する方が早そうですもんね」
「ええ。ただ、アビス・ラインに限った話ではあるんですが」
「他が関係するんですか?」
「アビス・ラインの提携企業ですね」
予想していなかったところから話が伸びた。
「企業?」
「はい。うちの倉庫から回収品や素材を買っている会社がありますよね」
「ありますね」
「あちらと、アビス・ラインの提携先の一社が競合関係にあるみたいです」
「え? そんなところあるんですか? 公表ありましたっけ」
「いいえ。正式には発表していません」
「どこから……」
聞きかけてやめた。
「まあいいか」
「ありがとうございます」
「そこ、ありがとうございますで流すんですね」
「知らない方がいいこともありますよ」
楽しそうに言われた。
俺が知らないところで、ANVILは思っていた以上に色々な会社と付き合っているらしい。倉庫へ持ち込まれた回収品を売って終わりではなく、どこが何を買い、何を作り、どこと競争しているかまで繋がっている。
「となると、その会社が動く可能性もある?」
「あります。ただし、あくまで最悪を想定しているだけです。峰岸さんが何か頼むとも限りませんし、企業側がこの件を知るとも限りません」
「ですよね」
「繋がりを持つというのは、こういう面倒事も増えるんですよねえ」
しみじみ言われても、こちらとしてはどう返したものか困る。
俺が小人から買ったり持ち込んだりした物も、ANVILの倉庫を通じて色々な会社へ流れている。最初は置き場所や売り先をどうするかという程度だったはずが、いつの間にか競合企業まで出てきた。
「ほんと、何と言ったらいいやら」
「ははは! そこはおめでとうございますで問題ありません」
「槙野さん?」
「競合相手から気にされる程度には、こちらも大きくなったということです」
電話の向こうで笑う槙野さんの声を聞きながら、さっきまで峰岸との録音を聞いていたことを思い出す。切り替えが早い。
「戸張さんは今まで通りで大丈夫ですよ。向こうが探索で来るなら探索者の話ですが、組織や企業を使って来るなら――」
そこで槙野さんが一度言葉を切った。
「こちらの領分です。面白くなってきましたねえ」
俺は端末を耳へ当てたまま、何も返せなかった。




