第402話 六層くらいなら
昼過ぎ、槙野の端末へアビス・ラインから連絡が入った。相手は以前にも合同探索の話を持ってきた運営側の人間で、今回は挨拶が済むとすぐ本題へ入った。
「こちらの最前線班が、五層ボス区画の前まで到達しました」
「おめでとうございます」
「ありがとうございます。まだ扉の向こうへは入っていませんが」
槙野は椅子へ座り直した。五層まで進んだというだけなら驚く話ではなくなってきているし、国内でも上位の探索者が集まるアビス・ラインなら、いずれそこまで行くだろうとは思っていた。
わざわざこちらへ連絡してきた以上、到達報告だけで終わるはずもない。
「戦力的には、挑戦できると判断しています」
画面の向こうで相手が資料へ視線を落とす。
「ですが、余裕があるとは言えません。前階層までの損耗と、ボス個体に関する情報量を考えると、一度の挑戦で突破できる確率をもう少し上げたい」
「なるほど」
「そこで、以前こちらの五人を救助していただいた方に、共同攻略をお願いできないかと」
やっぱりそこへ来た、と槙野は机の上にあったペンを指で転がした。
「前にもお伝えしましたけど、あの人はうちの攻略要員ではありませんよ」
「承知しています。ですから派遣ではなく、本人への打診をお願いしたいという話です」
前回より、その辺は整理してきたらしい。
「攻略情報はこちらから全て共有します。五層ボスについても、こちらの最前線班が主体になる。討伐後に六層へ進めた場合は、ANVILとの合同到達として扱って構いません」
「合同到達ですか」
「はい。そちらにとっても悪い条件ではないと思っています」
言いたいことは分かる。国内でも六層到達は、まだ誰でも簡単に名乗れる実績ではなく、ギルド単位で見ればなおさらだった。
ANVIL所属者がアビス・ラインの最前線班と五層ボスを突破し、そのまま六層へ進んだとなれば、外からの見え方もかなり変わる。アビス側も、それを餌として押し付けているつもりはないのだろう。
自分たちには戦力補強が入り、ANVILには六層到達という実績が残る。向こうの感覚では、ちゃんと双方に利益がある話になっている。
「分かりました。まあ、確認はしてみます」
「ありがとうございます」
「ただし、本人が断ったらそこで終わりです」
「もちろんです」
通話を切り、槙野は端末を机へ置いて背もたれへ身体を預けた。別のダンジョンの六層となれば、戸張が興味を持つ可能性はある。
深いところへ行くこと自体が好きな人だし、見たことのない環境があると言えば食いつくかもしれない。ただ、ギルドの実績や六層到達の肩書きを持ち出しても、たぶん何の効果もない。
「さて」
戸張とのメッセージ画面を開く。
『アビス・ラインから合同探索の打診が来ています。最前線班が五層ボス前まで到達。ボス戦へ参加して、そのまま六層まで行かないかとのことです。興味あります?』
送信すると、ほとんど待たずに既読が付いた。この人、こういう時だけ反応が早い。
画面を見ていると入力中の表示が出た。一度消え、また表示されてから文章が届く。
『……別に6層行くくらいなら一人で行けるので、断っちゃって下さい』
槙野はしばらく画面を見た。
「まあ、そうですよねえ」
声に出してから、少し笑った。
アビス・ラインがかなり真面目に組み立てた話だっただけに、返ってきた文章との温度差が大きい。六層到達を提示された人間の返事というより、少し遠い店へ一緒に行かないかと誘われて、別に自分で行けるからいいです、と返したような軽さだった。
戸張が実際にどこまで行っているのか、槙野も知らない。聞いて全部答えてくれるとも思っていないし、こちらから必要以上に探るつもりもなかったが、六層へ行くためにアビス・ラインの力を借りる必要がある人ではないことくらいは、とっくに分かっている。
『了解です。こちらから断っておきます』
今度は短く既読だけが付いたので、槙野はそのままアビス・ライン側へ連絡を返した。
「本人に確認しましたが、今回は辞退するとのことでした」
「理由を伺っても?」
「そこまでは。本人の意思ということでお願いします」
一瞬だけ間があったものの、相手も食い下がらなかった。
「分かりました。確認いただき、ありがとうございました」
「いえ。攻略の方はお気をつけて」
「ありがとうございます」
これで終わったものと思い、槙野も別件へ戻った。新規加入者の面談予定を確認し、装備相談の報告へ目を通しているうちに、昼の打診は頭の端へ追いやられていく。
途中で一度席を立ち、戻ってからも何件か処理した。夕方になった頃、受付から内線が入った。
「槙野さん、今よろしいですか?」
「はい、どうしました?」
「お客様がお見えです」
「予約ありましたっけ」
「いえ、ありません」
その答えで少し嫌な予感がした。
「どちらの方です?」
受付の職員が、声を落とした。
「アビス・ラインのギルドマスターです」
槙野は机の上の端末へ目をやった。昼に断ったばかりのメッセージが、まだ画面に残っている。
「……本人が来たんですか」
「はい」
数秒考えてから立ち上がる。
「応接室、空いてます?」
「一番が空いています」
「じゃあ、そちらへお願いします。すぐ行きます」
通話を切ってジャケットを取りながら、槙野はもう一度端末を見た。
昼の打診は、向こうではまだ終わっていなかったらしい。




