第401話 複数買えばよかった
小人の集落へ持ってきた紙袋を地面へ置くと、近くで作業していた何人かがすぐこちらを見た。工具や食べ物を持ってくることは珍しくなくなったので、袋そのものに驚いた様子はない。
「今日は、ちょっと趣味です」
誰に説明しているのか自分でもよく分からないまま、一冊目を取り出した。
武器を扱った雑誌だった。表紙には日本刀、槍、西洋剣、斧、戦槌なんかが並んでいる。中身も実物写真だけではなく、武器を横から見た図や柄の構造、穂先の取り付け方、時代ごとの形状差まで載っていた。
「こういうの、好きかなと思って」
一人が寄ってきたので、その場で開いて見せた。最初の見開きは日本刀だった。
写真の刀身を見た小人は、そこより先に柄の拡大写真へ指を置いた。目釘のところをしばらく見たあと、隣にいた小人の腕を引っ張り、二人で同じ場所を覗き込む。
「そこからなんだ」
ページをめくると、次は槍だった。穂先だけで何種類も並び、袋穂や茎の違いまで図になっている。
さっきまで少し離れていた小人が三人増えた。そのうち一人は槍の全体写真にはほとんど目を向けず、柄と穂先の接続部分を指で何度もなぞっている。
やっぱり見るところが俺と違う。俺ならまず、どれが強そうかを見るところだが、こいつらはどうやって付いているかを先に見るらしい。
「もう一冊あるぞ」
紙袋から防具の雑誌も出した。
こっちは日本甲冑から西洋甲冑、中国の古い防具まで、地域ごとにまとめられたものだ。胴や兜の写真だけでなく、籠手、袖、脛当て、関節部分の重ね方や紐の通し方も載っている。
武器の方へ集まっていた何人かが、すぐこちらへ移動した。思っていたより食いつきがいい。
日本甲冑のページを開くと、胴より先に草摺の重なりを見始める者がいた。別の一人は兜を飛ばして籠手のページまで勝手にめくり、指の付け根を覆う部分で止まった。
西洋甲冑になると、また見る場所が変わる。肩と肘の可動部を何人かが囲み、一人が自分の腕を曲げたり伸ばしたりしながら図を見ていた。隣では別の小人が板金そのものより、内側に描かれている革紐らしき部分を気にしている。
「それ、作れたりする? 写真だけだと無理か」
こちらを見る者はいなかったので、たぶん聞いていない。そのまま中国の防具へ進んだところで後ろからさらに小人が集まり始めた。誰かが他の連中まで呼んできたらしい。
武器雑誌にも防具雑誌にも人が増え、後ろからでは見えなくなった小人が前の者の肩越しに覗き始める。少しすると肩へ手を掛け、そのさらに後ろから別の小人が背伸びをしていた。
「……これ、二冊ずつ買うべきだったな」
買い方を完全に間違えた。同じ雑誌を何冊も買う発想がなかったが、読むのが俺一人ならともかく、こいつらへ渡すなら話が違う。写真一枚見るだけですでに順番待ちが発生していた。
ページを奪い合うようなことはしていないものの、前へ行きたい圧は強いらしい。武器雑誌の周囲が、だんだん小人の山みたいになってきた。
「破かないでくれよ。それ一冊しかないから」
何人かの手が一瞬止まり、そのあとページの端を持っていた指が明らかに慎重になった。雑誌に夢中でも、聞くべきところは聞いているらしい。
少し離れて眺めているうちに、武器雑誌は刀剣のページへ戻っていた。誰が戻したのかは分からないが、今度は刀身ではなく鍔の写真を見ている者、鞘の断面図らしきものへ顔を寄せている者がいる。その横では、槍のページを見たいらしい小人がページの端を指差して待っていた。
これはしばらく終わらんな。
そう思って隣を見ると、師匠が伏せていた。集落へ来た時からほとんど同じ位置にいて、前脚へ顎を乗せている。騒いでいる小人たちへ混ざる様子はなく、時々耳だけ動かしていた。
「師匠も見ます?」
防具雑誌を指差すと、師匠が俺を見る。
「狼用は載ってないですけど」
顔が反対側へ向いた。
「ですよね」
俺もしゃがみ、小人たちの方へ視線を戻したところで、頭の間に白いものが見えた。最初はページの一部かと思ったが、紙にしては長い。
小人の頭の間から、白い髪が流れている。
「……サチ?」
少し前まで師匠の近くにいたはずなのに、いつの間にか小人たちの山へ普通に混ざっていた。しゃがみ込んでいるせいで、小人より頭一つか二つ高い程度になっている。
前にいる小人の肩越しから武器雑誌を覗き、そのページがめくられるとサチの顔も一緒に動いた。今は西洋剣が並んだページで、細身の剣から幅の広いものまで順番に見ている。
ページが進んで斧や戦槌が出てきても、特定の一枚へ長く留まる様子はなかった。ところが日本刀の見開きへ戻ったところで、顔の向きが止まる。
「刀が好きなの?」
こちらへ振り向く様子はないので、聞こえてはいると思う。サチはそのまま刀の写真を見ていたが、小人の一人がページをめくろうとすると邪魔もせず、次に出てきた槍の穂先へ今度は顔を寄せた。
「分からんな」
好きなのが武器なのか、形なのか、ただ珍しいだけなのか。本人が見ていたいなら、そのままにしておけばいい。
その頃には防具雑誌の方でも動きがあった。西洋甲冑を見ていた小人が何人か立ち上がり、近くの作業場へ向かう。そのうち一人は途中で引き返し、雑誌の関節部分をもう一度確認してから走っていった。
「あ」
まさかと思って見ていると、別の小人が地面へ棒で線を描き始めた。胴体らしき形の横に細長いものを描き、何かを重ねるように線を足していく。さらに一人が参加したものの、同じ物を描く気はないらしく、腕らしい部分ばかり何度も描き直していた。
「製作意欲に貪欲だなあ」
止める理由もないので眺めていると、武器雑誌の方でも一人が木切れを持ってきた。短い棒の先へ別の木片を当て、槍の接続図と見比べている。
「早くない?」
面白半分で持ってきた。本当に、見せたらどういう反応をするのか気になっただけだ。
前に工具を渡した時も、こいつらはそのまま真似するより仕組みを拾っていた。武器や防具を大量に見せれば何か面白いものを思いつくかもしれない、くらいには考えていたが、渡して数十分で試作に入りそうな勢いまでは想定していなかった。
視界の端で白い髪が動いた。
サチが武器雑誌の山から抜け、そのまま防具雑誌の方へ行く。今度は何を見るのかと思っていると、また小人たちの間へしゃがみ込んだ。
「サチは作るのに参加するのか?」
サチは一度だけ俺へ顔を向け、それから西洋甲冑のページを覗き込んだ。日本甲冑、中国の防具とページが移っても離れずにいるので、武器よりこっちの方を長く見ている気もする。
師匠の方を見ると目が合った。
その視線が俺から小人の山へ移り、そこに混ざっているサチへ向かったあと、また俺へ戻ってくる。
「俺のせいじゃないですよ」
師匠の目が細くなった。
「いや、雑誌を持ってきたのは俺ですけど」
師匠はそのまま前脚へ顎を乗せた。その顔を見たあとで小人たちへ目を戻すと、防具雑誌の前ではもう三人が地面へ別々の線を描き、武器雑誌の方では木片だけで作った何かが一本増えている。
その真ん中にサチがいた。
「……次は2冊ずつ買ってきますか」
師匠の耳が一度だけ動いた。




