第392話 些細な変化
戸張の車が変わったことに最初に気づいたのは、暗渠周辺を見ている担当だった。
「車、変えました?」
引き継ぎ用の画像を確認していた職員が言い、隣の男も画面へ顔を寄せた。色は以前とほとんど変わらないが、車体は一回り大きくなっている。ナンバーの数字まで似ているせいで、気にして見なければ同じ車だと思ったかもしれない。
「買い替えたんじゃないか。最近、持ち出す物も増えてるだろ」
「それなら別にいいんですけどね」
戸張に車を買い替えたと報告する義務はない。それだけなら記録を更新して終わる話だったが、監視対象として車両情報まで管理している以上、古い方がどうなったのかだけ確認へ回された。
翌日、照会結果を見た職員が首を傾げた。
「前の車、廃車になってますね」
「事故?」
「事故届は確認できません。業者へ持ち込まれて、そのまま廃車処理されています。今の車はその直後に取得してますね。名義も戸張さん本人で、登録関係に変なところはありません」
新しい車は以前より一回り大きく、年式も新しかった。用途を考えて大きな車へ替えたと言われれば、それで納得できる程度の違いだった。
「前の車が急に廃車になって、すぐ買い替えか」
「何かやらかして壊したとか?」
「戸張さんなら可能性がないと言い切れないのが嫌だな」
「ダンジョンじゃ車使わないでしょう」
「そういう意味じゃない」
二人が話していると、別の職員が資料を持ってきた。
「車の件なら、ちょっと気になるのがありますよ」
「何?」
「中国側の動きです」
暗渠周辺では、以前から中国側と見られる人間の動きが断続的に確認されていた。入口そのものまで掴まれている様子はなかったが、戸張の移動や周辺を探ろうとする動きはあり、日本側もそれを把握している。
それが途切れていた。
「最後に動いたのは?」
「この辺です」
指で示された日付と、古い車が処理された時期はかなり近い。その後は戸張周辺への接触も、暗渠周辺を探ろうとする動きも目に見えて静かになっていた。
三人は車両記録と中国側の報告を並べた。
「戸張さんの車が何かあって廃車になった」
「その直後、一回り大きい車へ買い替えた」
「同じ頃、中国側が戸張さんの周りから引いた」
そこまで言ってから、一人が眉を寄せた。
「……中国側に車壊されて、迷惑料込みで大きいの買ってもらったとか?」
数秒、誰も喋らなかった。
「まさかね」
「ですよね」
「そんなことがあったら、さすがに何か上がってくるだろ」
口ではそう言ったものの、三人とも資料から目を離さなかった。
事故の記録はない。新しい車の取得にも不自然な点はなく、中国側が静かになったことと結びつける証拠もない。戸張本人も普段通り暗渠へ出入りしており、監視上の異常は車が変わったことくらいだった。
「本人に確認します?」
「俺たちから?」
「車買い替えましたね、前のやつどうしましたって?」
「それはちょっと嫌だな」
「俺も嫌です」
監視していること自体は戸張も察しているだろうが、だからといって何でも直接聞けばいい関係でもない。男は少し考えてから、資料の端を指で叩いた。
「村瀬さんに共有しとくか」
「ああ、それなら」
「次に会った時にでも、車変えたんですねって聞いてもらおう。あの二人なら普通に話せるだろ」
正式な聴取にするほどの根拠はなく、確認したいのも結局は車一台の話だった。それなら普段の会話のついでに聞いてもらう程度でいい。
担当者は監視記録へ車両変更を追記し、その下に村瀬への共有欄を一つ追加した。入力を終えてから、旧車両の廃車日と中国側の動きが途切れた日をもう一度見比べる。
「……本当に迷惑料だったりして」
「まさかね」
今度も笑い話として流したが、村瀬への共有だけは消さずに残した。




